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生きていく強さ
アジサイの広場
ペー吉うき中3
 無理をするな。ありのままで生きなさい。あなたはあなただ。そんな言葉を
よく聞く。最近の受験戦争の激化や、多数の過労死などによって、こういった
言葉が流行になっているのだろう。私もこの言葉は正しいと思う。しかし、多
くの人間が知っているように、言葉とは、解釈の仕方でいくらでも正しくなる
し、間違いにもなるのだ。では、私が見出すこの言葉の中の「正さ」とはなん
だろうか。
 
 無理というのは、本来の自分ができる限界を見極めず、限界の上に目標を定
めてしまうこと。そして、時にその限界をそのまま超えてしまうことだ。無理
はよくない。向上しようという精神は大切だが、それによって過労死してしま
っては元も子もない。だが、忘れてはいけないのは「無理をするな」と「努力
するな」はイコールでないということだ。私は勉強が嫌いだ。だが、それは将
来のために必要なことであり、身につけておけば役に立つ。勉強ノイローゼで
自殺する学生もいると聞く。勉強のせいで病気になってはたまらないが、私は
勉強をやめようとはしない。適度に、「無理せず」「努力する」だけだ。無理
をしないことと努力することは同居する。それを見落とすような、過度に怠惰
な人間と過度に勤勉な人間は、結局どちらも同じくらいのレベルでしかない。
 
 また、無理をすることは無駄である。無理をすることによって無理をしなか
った人間よりも前に進めたように思える瞬間がある。しかし、それはまやかし
だ。無理によって手に入れたものは、いずれどこかで支払いを済ませなければ
ならなくなる。それは過労による病気かもしれないし、そこまでいかなくても
、体力の衰えから居眠りをしてしまうことはあるかもしれない。そして行動が
しばらく不可能になっている間、そこに組み込まれていた予定は当然遅れるこ
とになる。「できる」予定であったものが「できなくなる」分、無理をしなか
った人間よりもむしろ始末が悪い。無理は無駄であり無駄は無意味だ。
 
 だが、実際はそうでもないらしい。定期テストでいい点をとれば、翌日風邪
をひいても大勢に影響はないようだ。なるほど、確かにそれもまた正しい。だ
が、私はこういった社会に問題があると思う。テストとはそもそも自分の実力
を試すために行なうものだ。無理に詰め込んだ知識でいい点をとっても、それ
は実力ではない。だが、学校はテストまでの過程とテスト後の情勢を無視し、
点数という結果だけを評価にいれる。無理を強要(教養もあながち間違いでな
い。ビバ、誤変換)しているようなものだ。
 
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 「Brother, 生きていくだけだよ 躊躇うことなどなにもないよ今更 走れ
なきゃ 歩けばいいんだよ」
 
 </font></i>
 
 B'zの「Brotherhood」だ。無理はすべきでない。走れない人間が無理に走れ
ば、転んで怪我をするか、最悪の場合は心臓が止まる。それぞれのペースで、
それぞれが歩けばいい。走れる人は走ればいい。無理しない。そんな風に、前
を見て生きていくだけでいいのではないだろうか。
 
 無理をするな。好きなところへ行きなさい。ありのままで生きなさい。
 
 
 
 あなたはあなただ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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