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生きがい
ウグイスの広場
太公望うの中3
 学校について友人と話したとき、彼がおもしろい問いをぶつけてきた。幼稚
園じゃお歌とお遊戯ばかりだったのに、どうして学校に上がるとお歌とお遊戯
が授業から外されるんだろうというのだ。
 
 近代社会では、ひとは他人との関係の結び方をまずは家庭と学校という二つ
の場所で学ぶ。養育・教育というのは、共同生活のルールを教えることではあ
る。が、ほんとうに重要なのは、ルールそのものではなくて、むしろルールが
なりたつための前提がなんであるかを理解させることであろう。社会において
規則がなりたつのは、相手も同じ規則に従うだろうという相互の期待や信頼が
なりたっているときだけである。他人へのそういう根源的な(信頼)がどこか
で成立していないと、社会は観念だけの不安定なものになる。
 
 幼稚園のころの記憶はほとんどないがお遊戯、お歌ばっかやっていた気がす
る。面白かったようなつまらなかったような幼稚園生活だったと思う。私にと
って一番の生きがいのあったときは小学校六年のときだった。何もかも楽しか
った。友達が個性派ばかりだったのもそうだが環境がよかったのかもしれない
と思う。六年のときは、クラスの中でも色々と問題があったがそれなんか気に
せず生活できた。私は、この時非常に友達に恵まれていたと思う。それに結構
羽目を外す時間があったのもよかったのかもしれない。しかし、中学校に入る
と将来のことも考えるなければならないので勉強も真剣にやらなければならな
い。
 
 このように考えると今各地でいじめや学級崩壊がおきているがゆとりの問題
が原因なのではないかと思う。なぜならば中学校では、校則も厳しく羽目を外
す時間も小学校と比べて極端に少ない。他にも最近は我慢が足りないといわれ
てもいるが。ストレスを発散する機会が少ないのではないかと思う。それだか
ら、物・人に当たるようになるのではないかと思う。解決方法としては部活を
強制加入とする(一端)。もう一つは校則を必要以外は極力減らす。それを実行
すればかなり問題を減らすことができるのではないかと思う。
 
 生きるためにはゆとりが大切ではないかと思う。エリートコースで行っても
ばら色の人生があるわけではないのである。そして良い友を持つことが大切で
ある。小さいときにたくさんの人間と触れ合いいっぱい遊び勉強することが人
間にとって素晴らしきことではないかと思う。これからも生きがいがある学校
生活を送りたいと思っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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