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相互刺激しよう
イチゴの広場
惇平あはえ中2
 文化と言うことを、ここでは日常の生活に現れている面から考えていって、
どちらの長所も短所も、一般の人々における市民意識の堅固さに関係するので
あった。日本の生活意識においては、方法や手段においては種々の考え方があ
ろうが、到達点としては、全てが強い対等の人格となることが目標だと考えら
れる。このことをないがしろにしては、社会は外見的に整備されても、内実は
浮動をくりかえすだけだと思う。またヨーロッパの場合、長所は、同時に短所
となっている。強い市民意識は、非常にしばしば、せまくるしい、自己満足的
な、そして利己的なにおいを発散させる。飛躍的にいえばそれは、愛に乏しい
と言える。しかし長所と短所を分離して取り入れることは不可能だ。人格の確
立と言うことは、現代の人が現在における自分自身の生活の基盤から、自力を
持って追求していかねばならない。
 
 僕は夏にアメリカへいった。アメリカの人はあまりたいしたことのない店で
も「ここらで(あるいはアメリカで)一番おいしいとこだよ」とか「何でもあるよ
。ここは・・」といったりしていた。その時は「感じ悪いなぁ」と思ってたけ
ど、今思うとそれは自己主張的な所から出ているんだと分かった。
 
 それに変わって日本の人はとても控えめだ。僕のクラスでは学級会などの時
、ほとんどの人が黙ったままである。そして司会が「これでいいか?」と聞く
と「いい」と答えるのだ。でも日本の人はアメリカとは違い、すごく助け合っ
ていると思う。例えば、僕も気がつけばみんなのコップにジュースを入れたり
しているが、(←超パシリ(笑))アメリカではそんなことはなく、「自分の
ことは自分で」って感じだった。
 
 確かに互いの長所だけを取り入れてやっていくのは無理だと思う。生活のリ
ズムが狂いそれが相手にとっては不愉快になることもあるからだ。でも『ふた
りの人間が、つねに異質な部分を用意することによってのみ、相互刺激の可能
性は持続する』というように、日本とアメリカなどの国が互いの悪い所を刺激しあ
えば、自分の悪い所も分かるわけだから、これからはもっと交流を深めるべき
ではないかと僕は思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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