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ジャン イチゴ の広場
たこたこ こむ 高1

 世の中にはクラシック音楽は難しいと言う人が今でも結構いる。その人たちが口をそろえて語るのは、一曲が長いので途中で退屈してしまう。クラシック
音楽の真髄とはその反対、つまり長い一曲を聴きとおし、その時に、「作品」という包括的でドラマティックを意味連関が体験できることにある。  

 しかし、例えばば焼き肉のたれ「ジャン」のCM(古っ)でベートーベンの「運命」が流れているように、最近のコマーシャルの十五秒で鳴っているクラシ
ック音楽は親しまれやすいし、たしかに作品の一部には違いないが、その向こうに作品全体を暗示することのない。  

 コマーシャルのクラシック音楽が効果を上げたのは、たんにコマーシャルの世界でありふれていないので新鮮だったというだけではなく、今日では一曲を
有機的統一体として把握する構造的な聴き方のできない人、あるいは秘かな異和を抱いている人がしだいに増えており、十五秒ぽっきりという異端の聴き方 がその人たちの心の間隙をついた、という一面があったのではないだろうか。  

 全体を楽しむはずの物を一部しか楽しめないとはなんとももったいないことだ。「運命」もき凄い曲(のはず)なのに焼き肉のたれ「ジャン」では「じゃ
じゃじゃじゃん」だけしか流されていない。あ~~もったいない。そのことはクラシックだけにとどまらない。例えば「マトリックス」、あのものすごいリ ンボーな格好がよくテレビで放送されていた。あれを見て「すげー」とか思う人も多い。が!しかしあのシーンの後その人は足を撃たれてしまうのだ。その シーンを見てしまったらただ単に「かっこいい」などとは言えない。たしかにあの作品制作の技術、格好はかっこいいのだが結局そのシーンは弾を避ける失 敗のシーンなのである。  

 作品の一部だけを見るだけではその作品の全体を知ることはできない。本当にその作品を楽しむためにはやはりその作品をすべて見なければならないのだ
 

 
                                               
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