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問うとは アジサイ の広場
横浜太郎 あわか 高1

 有名な話に、発明王エジソンが、子供のころ「なぜなぜ坊や」と呼ばれるほど人に「なぜなぜ」と質問した、という話がある。エジソンだけではなく、世
の中の、多くの偉人たちが、同じように、まず人に質問をしていたそうだ。質問をする、つまり疑問を抱くということは、そんなに重要なことなのだろうか  

 大工や料理人など、いわゆる「職人」と呼ばれる人たちは、教えてもらうより技を盗め、と言われるらしい。以前、何の番組だったかはもう忘れてしまっ
たが、中華の料理人が、師匠のつくる料理の美味しさの秘密が知りたくて、遅くまで残って、鍋にこびりついた料理を食べ、研究している番組をやっていた 。そのときの率直な感想としては、「なんて熱心な人なんだろう」というものだった。教えてもらえばすぐ済むことなのにと。  

 が、今再び考えると、前ほどのカルチャーショック(?)は受けない。自分にも「相似点」があることに気が付いたからだ。いや、自分だけでなく、世の
中のほとんどの人にも、その「熱心」な人と同じ、「相似点」がある。その「相似点」とは、「好きなこと」だ。昨日も横浜市立中央図書館へ行ってきたが 、結局7時間近くそこにいたのに、全く飽きを感じなかった。自分の知りたいことが書いてある本を見つけると、夢中になって読んでしまう。これは、本に

「教えられている」、あるいは「本から教わっている」と言うことができる。実用本や、研究用の本は、明確に知りたいことがわかっている中で、自分の要
求を満たしてくれる本を探して読む。つまり、取捨選択し、自分の、今知りたいことが書かれている本を探していることになる。この場合、明らかに、直接 的に本から教わっていることになる。また、小説本やエッセイ集などは、自分の中に、明確な知りたいことがない場合でも(どちらかというとこちらのほう が多い気がするが)、著者の心情、考え方、生き方から、間接的に教わっていることになる。あるいは、本を読んで涙するように、隠喩的に組み込まれた主 張ではなく、直接的な主張が、読者の心を動かすことになる。これによって、読者はその著者が、生き方や主義がどういうものなのか知りたくなるはずだ。  

 話が「疑問をもつこと」ではなく、「読書」にいってしまいそうだったのでこの辺で戻るが、疑問を抱くということは、つまりそのことが好きだというこ
とだ。例えば、数学が嫌いで嫌いで、数学のことを考えると身の毛がよだつという人は、多分数学に関して、疑問など湧かないだろう。疑問を抱くというこ とは、それについて深く考えた結果生じるのであって、僕のようにフラフラとあまり深く考えず生きている人ではあまり疑問など抱かないと思う((^_^) 別にフラフラ生きているわけではないですよ)。結局、今まで「こうだ!」と思っていたことでも、それについて深く学び、教わり、考えることによって、だ んだんと別の見方ができるようになる、ということだ。  

 現在、質問をしない大学生が多くなってきていると、ある大学教授は言っている。受験が終わった今だから言えるが、あんな勉強では質問をしないのもう
なずける。質問できない、と言ったほうがいいだろうか。ただただ、暗記暗記の繰り返しだから。僕もそのような一人であることはなんとも残念と言うか、 歯がゆいと言うか、とにかく疑問をもてない、質問できないというのは情けなくてしょうがない。  

 質問と言って思い出すのが、受験ムード真っ只中の2月上旬のこと。塾に数学のB講師という人がいた。僕と友人は、その先生を嫌いとまではいかなくとも
避けていた。その先生は、いかにも「数学!」という顔をしていて、実際バリバリとほぼ独断で授業を進めていた(なんてったって、通常の授業のときに数 学オリンピックの問題を平気で出してくるような先生ですから(^_^;))。それで、文系人間の僕と友人が距離をおいていたのだが、さすがに受験2週間前 ともなるといろいろわからないことが出てきて、仕方がなく思い切って質問してみた。と、「おぬし、何でこんなところがわからないんだ!?」といわれる かと思っていたら、親切に教えてくれた。普段イメージしている像とはあまりにも違っていたので、驚くとともに、「本当はいい人だったんだな」と思うよ うになった。疑問をもち、質問することで、自身の向上とともに、対人関係がうまくいくこともあるのだなということが、そのときの体験でわかったことだ 。ちなみに、その先生の顔を、その日以来一度も見ていないのが残念だ。  

 「訊くは一時の恥じ、訊かぬは一生の恥じ」という諺があるが、一生の恥どころか、その後の人生後悔して生きていかなければならないこともあると思う
。確かに、全く質問せずすべて理解できるのなら、そうなりたいとも思わぬものでもない。しかし人間は完全なものではない。社会と関わらなければ生きて いけない動物だという。その中で、疑問をもつ、質問するということはごくあたりまえのことで、人生において、非常に大切なことだと思う。誰でもはじめ は初心者だ。疑問を抱き、質問するものをあざけ笑うのではなく、温かく教えてあげることが大切だと思う。そして、質問するものも、どうしてそう思うの か、(答えに対して)なぜそうなるかを理解するまで問い詰めることが、質問するものの礼儀だと思う。そうしたことが結局、自分の向上、世界の向上につ ながるのだ。  

 
                                           
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