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本来の父親像
アジサイの広場
りさあいす中2
 夜、静まった住宅地から父親が子供を怒鳴っている声が聞こえてくる。こん
な光景はいまではめっきり見ることができない。現代の父親は、父親の役割を
しっかりと果たせていないのである。その結果、家族はバラバラになり、善悪
の見分けがつけられない人間が成長し、無気力な人間が世の中に増えていくの
だ。
 
 確かに、甘い父も友達みたいになんでも話すことができ、交流は深まりやす
い。どちらかというと、私の父も甘い父親かもしれない。出張が多いせいか、
一週間のうち、会えるのは2,3回しかない。その都度、お土産を買ってきてく
れる。私の話相手にもなってくれる。とっても優しい父だ。しかし、反対にお
母さんが家を守る役目を果たさなければいけなくなった。母親の肩の荷が重く
なったのだ。私を叱る役目も母親となりつつある。昔ながらの、父が子を叱っ
て育て、母が愛を注ぎながら子育てをするという育て方は、今ではあまり見ら
れなくなってきているのだ。
 
 しかし、父親は昔ながらの厳しさがとりえなのではないか。昔ながらの文化
を伝え、生活規則、社会規模を教える、子供とは、上下の関係を保つそれが父
親の本来の役割なのだ。ただ、厳しければいいというものではない、きちんと
父親というものの役割を知った上でやっと子育てをするという役目を果たすこ
とができるのだ。例えば、「サザエさん」の波平さんが父親の鏡といえるのでは
ないか。子供がちょっとでもいたずらをすると、こっぴどく叱る。子供のいた
ずらだから、許してあげてもいいような気がするが、そんな気持ちは全くない
ようだ。波平さんのように、子供を叱る父親は今では全く見ることができなく
なった。ちょっとは、波平さんを見習うべきである。
 
 したがって、優しい父親は表面上好かれるが、本来の父親像とは違うのであ
る。「かわいい子には旅をさせろ」ということわざがあるように、子供が立派
に育ってほしいのならば、厳しくしなければいけないのである。夜、静まった
住宅地から父親が子供を怒鳴る声が聞こえてくるということは、とっても美し
いことなのだ。夜道を歩いていると、父親の怒鳴り声があちこちから聞こえて
くる、そんな光景をもう一度、この世の中に呼び戻せる時がきてほしいものだ