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本当の豊かさ
アジサイの広場
小山くさ中1
 地球上にはまだ浪費文明に侵されず昔ながらの素朴な生活を営んでいるとこ
ろがいくつもある。私たちはそういう土地に行き、その生き方になじむことで
、自分の生きている日本の大都会の生がいかに反自然な人工的なものかを知っ
た。と同時に彼らのその生のほうがいかに人間らしく、自然と調和しているか
を知った。また我々が生活の必需品のごとく思いなしている様々な文明の利器
など無くても人間は生きていけるのである。むしろ良寛、芭蕉などのように、
身を自然の中に置いた生活の方が、どれほど今自分が生きていることをしみじ
みと感じるものだろうか。
 
 私たちの生きている日本の大都会には自動ドア、自動販売機、エレベーター
等など、無くても不自由しないものが身の回りにたくさんある。さらに、これ
だけでは不満足なのか、まだ余計なものなどをこれからも開発しようとしてい
る。しかし、良寛、芭蕉、西行、などは、恐ろしいほどの無一物で単純な生活
を送ったにもかかわらず、今の私たちよりも豊かな心を持っているのである。
シンプルな生活で生きる方が心が豊かになるのではないだろうか。
 
 芭蕉や良寛などは、恐ろしいほどのシンプルライフを実践していた。彼らは
草庵に住み、乞食を食べ、黒衣一つという極限の単純さに生きた。しかし彼ら
の詩や歌、書を見れば、この最も貧しい生を選んだこの人物の心のうちがいか
にゆったりと満ち足り、一日一日を感謝の思いで生きているかが良く分かる。
 
 また、オーストラリアの原住民アボリジニが東京に来たときビルの入り口の
ドアに驚き、「何でこんなものが必要なのか。ドアなど手で開ければいいでは
ないか」と言ったらしい。いかに我々の生活が無駄なもので占められているか
を思い知らせてくれる一言である。しかし、いまだに無駄と思われるものの開
発が日々行われている。これが本当の豊かさと言えるだろうか。
 
 童話「ウサギとカメ」で、ウサギは物語通りどんどんと先に行く先進国のよ
うなもので欲を出して、無駄なものなどをたくさん作っている。つまり今日の
日本のようなものである。それに比べてカメはマイペースで休むことなくきっ
ちりと確実に一歩一歩に進んでいる。つまり、良寛や芭蕉のような、極限の単
純さに生きているものであるとしよう。そして、競争の結果、無駄無く歩きつ
づけたカメに軍配が上がった。本当の心の豊かさというものは、無駄が無く、
シンプルに生きるということだ。
 
 確かに、自動ドア、自動販売機、エレベーターなど、無くても不自由はしな
いといっているが、やはりあった方が断然便利だ。これも一種の豊かさといえ
るだろう。しかし、これらを今日の環境問題と結び付けて考えてみると、ゴミ
問題、地球温暖化、オゾン層の破壊、森林伐採等などの原因の一つになってい
るだろう。これを本当の豊かさといえるだろうか。本物の心の豊かさというも
のは、良寛、芭蕉等のように身を自然の中に置き、単純な生活で生きるという
ことである。