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スポーツの勝ち負け
アジサイの広場
さやかあおべ中3
 小学校の運動会の為に一生懸命かけっこの練習をしたりしたことはないだろ
うか。私は学校の球技大会の為に朝練や放課後練をしてがんばったことがある
。私の種目はバリボーだったが、朝、放課後のサーブ練習はとくに大変だった
。(まさに「巨人の星」状態である。)しかし、当日は一回戦負けでけっこう
空しかった記憶がある。しかし、今まで頑張ってきたことは決して損ではなか
ったと思うのだ。その球技大会の為だけに頑張ったとはいえその練習は私に「
みんなで頑張る」ということを教えてくれたのだ。その意味でスポーツの勝ち
負けとは目標と結果であると思う。
 
 まず、スポーツの負けというのはスポーツをやったあとの結果に過ぎないと
私は思う。私の学校で体育祭があったが、うちの学校は縦割りクラス対抗で、
桜組、菊組、梅組、百合組、で点数を競い合う。私は菊組なので中1~高3の
菊を頑張って応援した。おしくも菊組は2位だったが1位のクラスをぬくため
に体育祭はすごい盛り上がりを見せた。スポーツに勝敗がなくては盛り上がり
もなにもなく面白くないが、大事なのはその中身ではないだろうか。「負けた
」というのは結果であり、大事なのはそのスポーツのなかで自分はどうしたか
ということが大切である。「スポーツは結果ではなく、内容できめるものであ
る。」
 
 又、スポーツの勝ちは目標であると思う。1896年、第1回アテネ・オリ
ンピックからおこなわれたマラソンは、現在もオリンピックで行われている。
ベライモ・デンシモがだした世界最高記録2時間6分50秒の壁を、今もたく
さんの人が塗り替えようと頑張っている。そのたくさんの人は人に勝つという
事よりも、その「人に勝つ」という勝利を目標にかえて頑張っているのではな
いか。
 
 「今日という日は、明日という日の二日分ある。」という言葉どうり、スポ
ーツも、未来、結果を考えずに、今を精一杯がんばればよいのだ。私は、結果
を重視するよりも、その過程を大切に過ごしていきたいと思う。