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あとの祭りの一歩前
アジサイの広場
馬のしっぽはり中3
 子供たちが。とんぼ狩りを始めたとき、むげに禁止することは、身近な自然
を逆につまらない退屈なものと感じさせてしまうのではないか。環境の中に体
験ゾーンを整備することで、子供たちがそこで接したことによって彼らが大人
になったとき、日本中に多くの子供たちがとんぼ狩りに興じられる水辺を再生
されるに違いない。
 
 幼稚園から小学校にかけて、私はいつも家に帰ると近くの友達を呼んで公園
に行った。休日になると、朝からでも公園に行って、お昼御飯を食べるのも惜
しんでいたぐらいだ。私が行ってた公園は、裏山がある公園で、夏は蚊が大量
に発生する。だから、夏公園に行くときは、虫除けスプレーをしていくのが、
お決まりだったのだ。公園と裏山にある木を全部登り尽くしたときは、かなり
嬉しかった。家でテレビを見たり、トランプをやったりすることも楽しいけど
、外で、木に登ったり木が倒れた後を使って、基地遊びや、ままごとすること
の方が楽しかった。今はもうする時間も無く、家でテレビを見たり、友達と買
い物をするほうが楽しいが、その頃の私にとっては熱中できるもので大切なも
のだった。
 
 9.1週の長文に自然のことが載っていた。ラップランドの森の夏はあらゆ
る草木が一気に芽吹き、花開き、萌えるような緑に包まれる。しかし、実際に
私たちが森に入ったとき出迎えてくれるのは、そんな草木たちではなく、実は
多くの蚊やブヨの大群なのだ。その量は、都会に住みなれた私たちの予想をは
るかに上回るほどの量だ。自然はと人間は、共に生きてきた。でも、現代の人
間の生活の中には機械製品があふれており、自然と接する機会が少ない。私は
、急ぎすぎている今の社会には、自然のなかに入って、自然と接して、動物や
他の人と接して生命の大切さとかを感じることも必要だと思う。
 
 確かに、便利で生活しやすい過ごしやすい機械製品がそろった生活も捨て難
いけれども、『上天気の日に嵐のことなど考えてもみないのは、人間共通の弱
点である』というように、どんなに事がよく進んでも、その後にはその時には
見えなかった所が、積もりに積もって自分に降り掛かってくる。自然と共存し
てきた私たちが自然を壊し、機械に頼っているようになってきている今、何が
自分たちにふりかかってくるのだろう。また、昔から安らぎを求めてきた自然
を壊したら、私たちはどうなるか考えて欲しい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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