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本当の学力は大変だ?
アジサイの広場
吉見こと大3
 「学力」は貨幣のように機能している。私たちは「学力」をまるで財力のよ
うに意識し、貨幣のように機能させている。「学力」には貨幣と同じように「
評価基準」が存在する。「学力」は貨幣と同様「交換手段」として意識され機
能している。「学力」は貨幣と同じように「貯蓄」することが出来る。以上の
ような理由から今日の社会では「学力という名の貨幣」が広く流通している。
 
 私たちの社会は学歴社会だ。最近は随分と緩和されたが学歴社会は崩壊しな
いだろう。その所以が「評価基準としての学力」の存在だ。多くの企業は一流
大学から人材を求める。その背景には「一流大学=高い学力」という図式が存
在している。この「高い学力」は人事選考における一番の「モノサシ」になる
 
 私たちは、この「モノサシ」に合致するように必死に勉強する。必死に勉強
し一流の高校、一流の大学、一流の企業に入る。
 
 しかし最近では「学力」ではなく「センス」が注目されている。「学力」は
量であり「センス」は質だ。現在の日本経済は停滞している。その直接の原因
は平成不況だが「日本経済の特質」にも、その原因がある。発展途上国は先進
国の高度な技術を盗み(表現は悪いですが)、その高度な技術を使い安い労働
力を駆使し「性能が良くて安い製品」を作る事で経済を発展させる。しかし先
進国になると「モノマネ」は出来なくなる。それは欧米の技術を盗んでも日本
では賃金が非常に高いため「性能が良くても高い製品」しか作る事が出来なく
なるからだ。これでは国際的な競争力は落ちる。これが「日本経済の特質」だ
。この状況を打破するのが革新的なアイディアを生み出す「センス」なのだ。
その一番の良い例がマイクロソフトのビル・ゲイツだ。
 
 「学力」は確かに大切だ。しかし私たちは「学力」の本当に意味を忘れてい
る。「学力」は一流企業に入るために必要なのではない。自分が自分らしく生
きるために「学力」は必要なのだ。名著と呼ばれる古典を吸収し自分の精神を
強く豊かにする。これが「学力」だ。「学力」は自分で吸収する事が出来て初
めて、その「学力」を自分以外のモノに利用が出来る。私たちは「学力」の本
質を今一度、確認する必要がある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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