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体験することの意味 ウグイスの広場
はるるくあ中2 自然界にいる動物は、医者が診てはくれないから、自分で自分の体に気をつけて暮らさなければならない。いま、自分の体は食べ物を求めているか 、水を必要としているかといったことについて、自分の本能が内部でささやいている声を聞きとっているのだ。ところが、そういう本能を聞き分け る感度が、私たちの場合、一般に、恐ろしく鈍ってしまっている。それはそのまま子供たちの育て方や教育のあり方にも通じる話である。過保護が 依存を生む。そして自律が自立につながるのだ。しかし最近の子供がこれを学習するのは、至難のようだ。  

 確かに子供を危険から保護するのは悪いことではない。そうやって子供を守ることが親の義務でもあるからだ。例えば子供を連れて外に行く時は
、親がちゃんと子供の行動を見ていないといけない。あやまって車道に出てしまう恐れがあるからだ。  

 しかしそればかりではいけないと思う。身をもって知ることもあるからだ。前に読んだ本に書いてあったのだが、インディアンの子供たちは、つ
いているストーブの熱さを軽く触れてしるのだという。その時に  

 「熱い。あれは触ると危険なものだ。」
 

 と一回知れば、二度とついたストーブを触ろうとしないらしい。ナイフにも同じような教育が施されている。小さい頃からナイフの便利さと危険
さを実際にあつかって覚えさせるそうだ。こういう話を聞くと、どんなに日本の親は過保護なのだろうと思う。  

 確かに親は子供を守らなければいけない。けれどもそれが過保護にはなってならない。見て、触って、体験することが子供にとって一番の学習に
なるのではないだろうか。名言からは「経験は、最良の教師である。」を引用する。  

 
                                             
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