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心通じる手紙 アジサイの広場
有貴いおし小5

 このごろの手紙を見ると、昔に比べて手書きのものがかなり少なくなった。色々な礼状なども年賀状もうちに来るほとんどの手紙は手書きではな
い。手紙はパソコンができる前は手書きの心のこもった手紙が多かったが、今はすべてパソコンで打つような楽な手紙ばかりだ。パソコンでうつも のは、どんな気持ちでこの文章を打っているのか分からない。だから長々とした文章を書かなくてはならない。僕の意見では手紙を受け取る人と手 紙を書く人の気持ちが伝わって以心伝心になれば別にどんなに少しの文章でも良いと思います。手紙の中でだいじなことは字をきれいに書いたり、 字の間違いや使い方を間違えない事ではなく、心をこめた手紙を書き自分の気持ちを相手に伝える事だからです。  

 前にお父さんがお正月に年賀状を見ていました。その中に僕宛のがあって読むと字はなくて間違いだらけだったけど、とても嬉しい気持ちになり
ました。何故って僕のためにいちいち年賀状を、時間のかかる手書きで書いてくれたからです。その子はパソコンも楽々使えるのに手書きで年賀状 を書いてくれました。パソコンでも字を書いたらきれいだっただろうし読みやすかっただろうけど気持ちが伝わってこなかったと思う。なんかその 友達の書いた文字を見ていると「元気でね!僕は元気でやってるよ!」と聞こえてきそうでした。そのとき「やっぱり手書きの手紙は良いな」と思 いました。今は僕が川西から池田に引っ越したので違う学校だけど前にもらった年賀状をとても大切に持っています。メールのやり取りも時々やっ ているけど、やっぱり手書きの手紙は良いなと思う。また今年の年賀状も手書き又は裏面に何か「また今年もよろしく!」とか「元気でな!」とか 書いたりしたい。そしたらその友達の彬生君も僕の手紙で僕の気持ちが分かると思う。  

 手紙は気持ちを伝える物だから外見の字のきれいさなどで判断してはいけないし、そういう手紙ほど価値が低い。価値は、その手紙から分かる相
手の気持ちや思いで決まる。手紙は「山高きが故に貴からず」と言うように見かけで判断してはダメなのだ。                                                      
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