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人間は機械ではない アジサイの広場
太公望うの高2

 近頃の働いている人たちの背中は哀愁が漂っている。夜遅い時間だった。不景気が原因ということは考えなくても分かることだが他にも原因があ
るのではないか。日本人は、家庭の生活より会社での仕事を優先する考えがある。最近になってこの考えが見直されてきているが、ドイツやフラン スと比べると労働時間は長い。この日本の家庭生活を省みない構造が、今日本に山積している問題に大いに関わっているといえる。なぜ日本は生活 より利益を優先するのだろうか。  

 原因の一つに利益に対する考え方があげられる。日本は労働者を大事にしない。会社ばかり利益を得て労働者は低賃金、重労働で働かされている
。労働基準法なんてあまり意味を成していない。日本は多くの利益を生むには沢山働かなければならないという考えがいまだにある。そして日本は 、経済システムが貿易を中心としているため他国との競争に勝つには自国の労働者を苦しい立場に追いやらなければならない。企業が利益優先の考 えを改めないため労働者に高い賃金が支払われずまた労働者も低賃金、重労働のため生活にもお金にも余裕が出来ず必要最低限の生活しか出来なく  

 もう一つの原因として日本人の気持ちの持ち方である。人間なら誰もがゆとりある生活で幸せに暮らしたいと願うのは当然である。しかし、今の
社会は反対である。自分を削ってまで働こうとする。しかもそうしなければお金が入らない。この社会リズムが変わろうとする気配が無いためゆと りある生活をあきらめてしまっている風潮もどこと無くある。社会の流れを本来なら自分達で作るのに逆に社会の流れに流されっぱなしの状態であ る。自分達でこの社会を変えようとしなければ何も変わらないというのは分かっているが大きな壁にぶち当たっている気持ちがある。「なにやって もしょうがないよ」という考えが社会を衰退させている。この気持ちや考えを改める必要がある。  

 確かにこの不景気の中で労働時間を減らして賃金を増やすのはとても困難なことだがゆとりを持つことをあきらめてただの労働機械になるのは間
違っている。本当の人間らしい生活とはなんなのかを考え直すべきである。そして日本人は文化的生活を営んでいないということを自覚することが 今の利益主導の考えを改める第一歩である。  

 
                                                 
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