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言葉の本当の力 イチゴの広場
穂香すよ小5

 子どものころ、わたしは「ノー一語」という見出しの文を読んだことがある。一般に、「ください。」とか「おねがいいたします。」とかいう依
頼のことばや、「すみません。」とか「ゆるしてください。」とかいうようなわびのことばも、言いにくいものである。そういう真実になってもの を言うとき、そのことばはよく相手に通じるだけでなく、ことばのひびきもすがたもすっきりしてくるのである。  

 私がこの話を読んで1番文の中で頭に残っているところは、真実になってものをいうと言葉の本当の力がでる。というところだ。
 

 確かに、先生とかに「宿題を持ってくるのを忘れました。」と言えば、「あぁ、じゃああしたもってきてね。」と言われると思うが、もし「あっ
あの宿題わっすれました・・・。」など弱弱といったらなぜかと聞かれて「特に理由はありません。」といったら「じゃぁどうするの?」といわれ る。そうすると、もうドキドキして何を言っていいのか分からなくなる。そうなると、先生もなんかいい気には、ならない。このとき、私は言葉の 力が出ていないのだと思う。  

 言葉の本当の力というのは、自分で最初に真実を言う。そうすれば、相手は「なんだ、わすれちゃったの?」という反応になったり、自分も何で
忘れたかなどの、質問にもドキドキしないで答えられて、次々に言葉が出てくると思う。そうすると、相手もいい気分、にはなれないと思うけど、 悪い気はしないと思う。  

 私にも似た話がある。それは、何かの提出物を出し遅れたとき、いいわけを先に言ってしまい、「遅れました」という一言が後になってしまった
とき、相手に質問をされてどういうふうに言えばいいかと思って、考えて言おうを思った瞬間、また次の質問が出されてもうどの質問に答えればい いか分からなくなってしまう。最後には、「明日でいい。」ということになったのだが、相手も自分もいい気持ちにはならない。  

 私がこの話を読んで思ったことは、言葉というのは、心を動かしたり、気持ちが良くなる言い方・言い始め方などがあって、その条件がそろうと
相手は、悪い気持ちにはならないと思った。そして、言葉の本当の力を出すには、真実を言いだしてから、と言うことが分かった。                                                
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