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新しい考えかた
アジサイの広場
ひまわりあなつ高2
☆ 近代社会でのスポーツ、いわゆる体育は、まず何よりも軍事教練として始まった。いかに効率よく生産力を上げるかということこそ、近代体育の
隠された主題だった。オリンピックでは、その間の最大の話題が記録の更新とメダルの個数に他ならなかった。しかしだんだんと、より美しく生き
るため、消費するために人は生産するのだと、多くの人が考えるようになり、そしてメダルの数が話題にならなくなったわけではないが、それ以上
に、美しさと感動が話題になるようになったのだ、と作者は述べている。
 


 ☆ この作者の述べているスポーツの例でもわかるように、近代社会では、質はまったく重視されていなかったのだろう。物があまりなかった時代
だから、皆、その目的が果たされているだけで満足していたのだ。だが今の社会ではそれ以上に、より美しいもの、より良いものを求めている。例
えばただの移動手段として満足されていた電車も、最近ではプライベートの個室つきの電車を利用する客が存在するのだ。ただの鉛筆でも満足して
いたときとは違い、今ではより書きやすい方、かわいい方が望まれる。それだけ、社会全体の考え方が変わってきたことがわかる。
 


 ☆ このように考え方が変わってきたことによって、さまざまなことが成長した。化粧品は女性をより美しくするための高度なものが、どんどん世
に売り出されている。写真も撮るならより写りが良いものを求めることにより、インスタントカメラよりデジタルカメラ、録音する音楽も、美しい
音を手に入れるためにカセットテープよりMDという考え方が大半となっている。人が美しさや質を求めることにより、よりよいものが発明されてい
る。そしてこれからもより美しいものを求めて新しいものが売り出されるだろう。
 


 ☆ 美しさや質を求めることのできる時代にもかかわらず、昔の考え方がまだ残っている部分がある。よく名の通った学校に子供を行かせたい、行
きたい、という考えがそうである。勉強を楽しむのではなくて、学校の名前だけのために無我夢中で勉強する人は今でもたくさんいる。これこそ質
をもとめるべきである。どうせやるなら楽しんでやったほうが良いのだ。こういった古い考え方を新しくしていけば、人はより楽しく、充実した毎
日が過ごしてゆけるのである。
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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