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清書:西洋
アジサイの広場
日本太郎あねひ中1
西洋のように、喋ることが社交の基本になっている所では、話が途切れるとなにか気まずい思いをしなければならない。日本人なら、だまってなに
かを眺めることでも、会話は進行しうるのだ。
 


 日本人は、西洋の人達とは違い、感情表現が不得意な民族だと思う。それは相手に良いものではないと思う。
 


 第一の理由に、伝えたいことが聞き手に通じない場合、誤解を招いてしまうことがあるからだ。このことは、僕も日常でよく経験する。話を屈折
してしまい、本当に伝えたいことが伝わらなくなり、伝えたいことと正反対のことが伝わってしまい、勘違いされてしまう。国際関係の中でこんな
ことが起こったら大変なことが起こる。これは、日常から気を付けるべきことである。
 


 だけど、僕は百聞は一見にしかずというように、見ることによって、意志が伝わるのもいいことだと思う。 どちらも、うまく使い分けることが
、とても理想的で最高だ。
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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