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講評 題名: 障害は、才能を開花させる為の故である。 名前: クラシック さん( しふ 中2 アジサイ の広場
内容 字数 1206 構成 題材 表現: 主題: 表記:

 かっこいい題名だなぁ。これだけで「名言集」の仲間入りできそうだね。長文の引用がずいぶん長くなったようだけど
、前半がほとんど入っているね。要約するのか、フレーズを引用するのか、はっきりさせておこう。それとも、これから 要約をする予定だったのかな?"☆" まとめの「ダメ人間も、スーパーマンも……」で気づいたけれど、もしかしたら、 一人の人間の、能力の総和量はそれほど変わらないのかもしれないね。ハンディキャップがあるのは、マイナスととらえ る人が多いけれど、それを補う何かの部分は、ハンディキャップを持たない人を超えているわけだからね。そういえば、 病気で胃を切除した人は、引き上げた腸が徐々に胃の役割をするようになるらしい。マイナスの部分を補完するような力 が、人間の中には潜在しているとも言えそうだ。しかし、普段自分自身にはマイナスがないと思っている人は、その潜在 的な力に気づき、育てるということがないのかもしれないね。「気づき」がある分、才能の開花につながる道が明らかに なりやすいという考え方もできるだろうね。 ただ、最後の1行は、ここだけ少し突発的になった印象がある。結論への つなげ方(前の話題との関連性)は、ていねいに進めよう。"☆" ★日本語の敬語法では、身内には尊敬語は使わないね 。一般的には地の文では「母が言った」でいい。ここは、特別の意図があったのかな。もし、何かの意図を込めて、身内 に尊敬語を使うのであれば、逆に仰々しく「偉大なる我が母上様がこう仰せられた」などとすると、「あ、わざとこう書 いているのね。」と読み手も納得すると思うよ。△毎回のコメントになるけれど、しふ君の改行のし方は、意図的なのか 、たまたまなのか、判断に苦しむなぁ。★の敬語も同様。ノーマルな表記をしないのであれば、その必然性が伝わらない と、単に「規則を守っていない」と判断されてしまいがち。そういうことで、評価を下げるのはもったいない気もするよ けいこ 先生( なら
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