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先入観で学校の先生を見ることは アジサイ の広場
健太 いせつ 小5

 先入観で学校の先生を見ることは
 

 花の絵を描き始める時、心は画用紙のように真白でありたいと思っている。同じ名前がついている花でもよく見ると、一つ一つが人間の顔が違うように、
それぞれの表情を持っているからである。いくら見なれた花でも「この花はこういう形をしているんだ」などと先入観をもって描き始めると、花にソッポを 向かれてしまうことがある。しかし、私自身、「あいつは、ああいうやつなんだ」とほんのわずかしか知らないうちに決めつけてしまうことが、なんと多い のだろう。花の色が一日にして変化するのだから、まして心を持っている人を見るとき、自分のわずかな秤で決めつけてしまうのなんて全く間違っていると 思う。  

 僕とおなじくらいの年の人は、よく先入観で学校の先生を見をます。例えば「あの先生は怖い」といううわさが流れれば『あの先生は怖い』とみんな思う
ようになる。また「あの先生は優しい」うわさが流れれば『あの先生は優しい』とみんな思うようになる。  

 先入観で物(人)を見てはいけないことの例にさっき書いた「あの先生は優しい」うわさが流れれば『あの先生は優しい』と感じることだ。なぜなら『あ
の先生は優しい』とみんな思っていたら、とても怖かったら困るし、『あの先生は怖い』とみんな思っていたらとても優しい先生だったら失礼だからだ。ま たおとなしそうにしている子が新学期からとてもうるさくなったりする。  

 僕はこの文を読んでいちばん思ったのは僕とおなじくらいの年の人は、よく先入観で学校の先生を見る事だ。
 

 
 

 
                                             
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