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理不尽な境遇をどう乗り越えればよいか イチゴ の広場
○○○○ あう

 生まれた子がダウン症であることは当初知らされず、後になってから専門家を通して知らされた。当初は不憫で可哀想に感じていた。ダウン症協会から届
けられた本にあった詩を読み、考えを改めた。上の子を二人呼び、生まれた子供の現状をその詩の通りに伝えた。その際、子供に「死ななきゃいいじゃない 」と言われ、なぜ自分自身が泣くのかを問いただした時、世間の目を気にする自分しかいないと言うことに気づかされた。  

 「あなたの挫折した話を教えてください」
 

 就職活動のマニュアル本に目を通すと面接官に聞かれる問答集に必ず書かれている文句である。今年就職活動を行った私はこの問いを投げかけられること
はなかった。だが、もしこの問いを投げかけられたら、私なら「挫折したことはない。」と言うだろう。もちろん、人生全てが自分の思い通りにいったわけ ではない。しかし、自分よりはるかに理不尽な境遇に立たされながらも頑張っている人を私は幾人か知っている。身近にそのような人がいる中で、自分が挫 折したとはとても恥ずかしくて言えない。  

 しかし、人生の中で理不尽な境遇に放り出されることは必ずあるのかもしれない。人生トータルで見れば「プラスマイナス・ゼロ」になると言う話を聞い
たことがある。だとするならば、私自身の人生においても大きな壁が立ちはだかる日がいつか来るのかもしれない。  

 では、その時どのような態度で理不尽な運命を受け入れれば良いのだろうか。正直なところ、そのような境遇に立たされた経験がない私がそんなことを語
ることは恐れ多くて出来ない。先に言及した知人の奮闘振りをよく聞くが、その知人に感心すると同時に「気の弱い自分が同じ境遇に立たされたどうなって しまうのだろう」と考えてしまうことさえある。  

 だが、私自身そのヒントになるのではないかと考えていることがイザヤ・ベンダサン著の「日本人とユダヤ人」の中に書かれている。この中で、ある記事
を紹介している。ある発明家のもとへ人生相談の葉書が迷い込んで来た。この葉書に対して「どんな案でも構わないから解決案と思うものを30ほど書いて送 れ。その中から妥当な案に○をつけて返信する」と返事をしたところ、その人生相談の主から返事はこなかったが、トラブルは全て解決したと言う礼状が来 たと言う。過酷な歴史を歩んできたユダヤ人は思いつめる余裕がなかったため、どんな愚案・珍案であっても生き延びる策を考えなくてならなかったと、著 者は指摘している。このユダヤ人の考えが一つの対策になるのではないだろうか。  

 確かに、安易な発想と言われてしまえばそれまでである。しかし、先に述べた知人の共通点を挙げると、彼らなりに策をひねり出して人生を歩んでいると
いうことが共通点であると言える。この点は、ユダヤ人の発想と一致する。このようなことからも、「日本人とユダヤ人」の中に書かれている人生相談の逸 話は、理不尽な境遇を乗り越える上で重要なものを示しているといえるのではないだろうか。これが安泰の日々を過ごしてきた私がひねり出せた精一杯の愚 案・珍案である。  

 
                                           
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