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要約だけ(^^ゞ アジサイ の広場
たこたこ こむ 高1

 かつてフロイトは、二人種間の違いが実際には小さければ小さいほど、その差は想像のなかで不気味に増幅されていくと主張して、この現象を「微差のナ
ルシシズム」と呼んだ。だとすれば、その当然の結果として、彼らは相手との比較においてしか自己確認できなくなるはずである。自分はクロアチア人だ、 セルビア人とは違う。自分はセルビア人だ、クロアチア人とは違う、といった具合に。憎悪する敵なしには、信仰にも似た鮮明な民族意識は芽生えようがな いのである。  

 それにしても不可解なのは、このような民族主義者のこしらえ話がなぜ根づいたか、なぜ悲劇にまで発展したかという点だ。でっちあげだと、民衆はちゃ
んと知っているのだから。クロアチア人がみなウスタシャというわけではない、セルビア人がみなチェトニクというわけではない、と承知しているのである 。紛争勃発直前まで、両者は、隣人同士、友人同士、そして伴侶であったのだ。  

 
                                                     
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