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多面的な見方 イチゴ の広場
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 ふだん私たちは日常において、いつもある視点からある光景を見る。視点だけでなく、人間の認識一般は、ある立場からの有限のアプローチである。その
有限性は、たいてい、言語表現に反映してあらわれる。自分の認識が有限で一面的だと、いつも承知している人は、やがて、実験的に自分の視点を変え、多 様なアプローチを試みることになる。レトリックというものがあるが、それは多角的に考え、かつ多角的な言葉によって表現してみることである。レトリッ クは発見的な認識への努力に近い。レトリック感覚は、発見的な認識には欠くことができない上に、人をできるだけよく理解するためにこそ必要なのだ。も のの見方には、一面的なものの見方と、多面的なものの見方がある。僕は、多面的にものを見た方がいいと思う。  

 その理由は第一に、多面的にものを見ると、新しい発見があるからだ。例えば、ここにAとBがいたとしよう。ある日学校でAは、Bが授業中さわいでい
て、先生に「うるさい」と注意されていたのを見たとしよう。Aは、ものすごくまじめで、冗談も聞かないような人間のため、Bがすごく悪い人間だと思っ てしまう。しかし、Aは考えた。うるさいということは裏返せば元気が良いということ、と。翌日、Aが通学中に、Bが町内のゴミを拾居ながら通学してい た。このような場合だったら、人の悪い所ばかりを見ずに、良いところも見た方がいいと思う。これは、多面的な見方と結びつくであろう。  

 第二の理由として、一面的にものを見た場合には、他の物が見えない場合があるからだ。プロ野球で、ボールばかりを追っていて、フェンスに激突する選
手がいるように、一つのものを追っていると、他のものが見えないという場合が多いのだ。そう言った理由から、多面的なものの見方をしたほうがいいと僕 は思う。  

 確かに、一面的なものの見方をした時には、行動力が増すらしいが。しかし、前にも挙げたような理由から、一面的なものの見方より、多面的にものを見
た方がいいと思う。  

 
                                                 
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