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清書:謙虚 イチゴ の広場
潤之介 かな 中2

 日本人が、「あなたは英語が話せますか」と問われたら、たいがいの人は、「少しだけ」と答えるであろう。これが日本流「謙譲の美徳」である。
 

 私は、「謙譲」を「美徳」とする意識があってもいいと思う。
 

 謙虚になることが自身の成長につながるからだ。「速い者勝ち」の社会は、どれだけ人を蹴落とせるかで自分の未来が決まるから、「相手の長所を認める
=自分の負け、」という方程式がいつのまにか出来上がってしまい、相手の短所ばかりを見ようとする。こういうのは、ある意味で生きぬいていく力とかは つきそうだが、やっぱりなんかなぁと思う。それに比べて謙虚にやると、相手のしたことに素直に感動でき、これからの自分のいい手本や、資料になる。ス ポーツなどでもよく、「自分は上手いと思ったときには、もうすでに自分の成長は止まっている。」というようなことを言われる。自分が成長するためには 、まず自分から謙虚にならなければいけないと思う。  

 
                                                   
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