先頭ページ 前ページ 次ページ 最終ページ
経済大国が抱える人類史上初の社会問題 アジサイ の広場
UZI.SMG そお 高1

 人類始まって以来の、そしてまた現代日本が抱える重大な問題のひとつに高齢社会がある。労働人口は減る一方で、社会福祉費は増える一方というのがよ
く取り上げられる。ともあれ、敬遠されている問題である。確かに手放しには喜べないだろうが、なにか解決の手立てはあるはずである。    

 まず、社会福祉というものについて考察する。社会福祉とは老人をはじめとする生活困窮者、つまり社会的弱者を政府主導の元に保護するものである。その
保護の仕方というのはまさに年金制度が最たる例だ。その中の国民年金は20~60歳の人全員が平等に、月に13300円払うというもの。そして65歳 から月におおよそ5~6万円ほど受け取っている。単純計算で85歳まで生きれば約650万円納めて、約1300万円受け取ることになる。これがいつま でも続くのであれば何の心配も要らない。しかし、受け取るほうは額が同じでも人数は増えるわけで、逆に納めるほうは人数が減るから当然一人あたりの額は 増える。そこで問題になるのは、負担は増えているが将来の受け取れる額の保証は薄れつつあるということだ。こういう先行き不安が生まれるのは経済がなか なか好況にならないなど、国民の、日本国政府に対する不信感・不安の表れでもある。高い年金を払っていてものちのち大きな見返りがある、という期待が あるからこそ安心して納めるのであり、その期待をつぶすようなことをしているようではいけない。  

 また、老人ホームや介護サービス、バリアフリーなどの問題もある。ニュースなどを見ると、年金だけでは払いきれないほど高い費用がかかるそうだ。老人
にも貧富の差があるのは確かであり、年金だけでは対応しきれないはずである。もっとそういった老人介護産業を民間企業による自由な競争を促進させる事に よって活性化し、サービスにかかる費用を下げるべきだ。またそれは同時に経済効果も狙える。まずはお金を使わないで貯めこんでいる老人たちが使ってくれ れば、企業に資本が集まり、紙切れだったお金が息吹を吹き返す。    

 つぎに、経済的な事情から離れ、老人を活用する方法を考察する。よく、老人は頭を使わなくなってボケるとか、社会的孤立に耐え切れず精神的に死んでし
まうといった話を聞く。また、「老人」と聞いていやな印象を受ける理由を考えてみる。第一に、老人らは老人社会を形成し、中にこもっているという印象が あるから。第二に老人らが何のために生きているのかわからず、また意欲的・生産的に生きているという雰囲気がないということ。この二つの理由から、老 人に対して理解不可能で排他的な、そして肉体的に衰弱した人間というイメージを持ってしまい、つまりいやな印象を受けると考えられる。このような考察 から、老人の活用とはつまり老人の社会における地位の獲得に他ならない。これは確かに難しいだろう。その理由を挙げよう。  

 日本の経済成長期にサラリーマンは、年功序列制であるがためにひとつの会社にほぼ一生涯いて、また同時に会社での生活がそのまま人生であり、社会的
地位が会社の中でのみ存在していた、とよく言われる。このため、会社を定年退職した後その人は社会的地位を全て失いさらに人生も終わったことになる。 精神的にその人は死人である。このことは、リストラされた人が自殺する直接的原因とも言われている。もちろん全てのサラリーマンがそうではないが、こう ならないためにも会社以外のところでも人間関係を築いておいたほうがいい。  

 さて、老人の社会的地位の獲得法だが、子供と接するとか自分の趣味を利用して人との輪を広げるなど、とにかくいろいろな人と付き合うことが大事だと思
う。そうやって人間関係を築き、つまり社会的地位の獲得をすればまず自信が生まれ、向上心も芽生えると思う。最近「癒し系~」がおじさんの間ではやって いるというが、やはり人間関係が希薄で乾いているのではないだろうか。なんといっても僕らからすれば、同じ社会に暮らし、「亀の甲より年の功」的人間なら 安心して付き合えるし、やはり価値ある人間に見える。    

 人類史上初の社会問題である高齢社会問題の解決法をまとめる。まず、経済的は面では政府が国民に信頼される政治を行い、そして社会福祉制度というもの
を見直し、それにより国民を納得させ安心させ、年金を安心して払えるようにすべきである。また、民間企業の競争による老人介護産業の活性化を図ることも 忘れてはならない。また、老人側の改善点として、社会的地位の獲得を積極的に行うこと。それには老人になる前にいろいろな人間関係を築き、また趣味など で自分の特技・能力を磨いておくべきである。  

 「亀の甲より年の功」というが、そうなるように上手に年を取れるように努力しなければ、「年の功より亀の甲」になってしまう。現代のIT技術発達を
利用して、102歳にしてなおビジネスマンという人もいる。これに習ってくれればむしろ「若者が老人に職を奪われる」という歓迎すべき問題が起きるの だが。  

 また、政府の政策の指針を決める閣僚たちの平均年齢が60を超えているというのは皮肉である。例えば福祉政策にしても、いくら老人の視点で考えなくて
はいけないとはいえ、老人だけでは決められないはすだ。支えるのは若者なのであるから。それにいくら彼らが  

 政治家とはいえその年になれば保身や残りの人生の心配を相当するはずであり、偏見を持つことは間違いない。そういった点においても政府は先行き不安と
みなされてしまうのではないか。      

 
                           
ホームページ