森リンの丘 森リン大賞の記録


森リンの丘


 


12月の森リン大賞と上位入賞者(小1の部59人中)

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12月の森リン大賞と上位入賞者(小2の部103人中)

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12月の森リン大賞と上位入賞者(小3の部131人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 新しいクリスマス やまくん 72 72343676484
2 なんでも上手なさわちゃん! あずき 71 82441566587
3 お手つだい隊 あいねわ 70 61944517086
4 こいの口 マカロンピョン 70 78143456690
5 平和な世界 プリエ 70 74842636674
6 ひみつだらけのおばあちゃん家 金メダル 70 54744516590
7 友だち姉妹 あやポケ子 70 73946456189
8 私のやさしいおもしろい友だち あいかり 69 70741516881
9 三人しか知らないひみつき地 もりちゃん 69 82349446584
10 げんきにそだったてんとうむし あいまみ 68 52141477290

 


12月の森リン大賞と上位入賞者(小4の部153人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 「カチカチ山」 昔話法廷より がりがり 80 74254787790
2 習うより慣れろスポーツへん わのき 79 80048798192
3 お米を炊く あんみつ 78 84147728489
4 アインシュタインの言葉から わみわ 74 72248767583
5 お父さんにはないしょ m u m u 69 65047445680
6 もうすぐクリスマス 苦ちゃん 68 48651565881
7 協力してできること ああての 65 37746455496


12月の森リン大賞と上位入賞者(小5の部127人中)


仲間は最高の調味料
早雲
 「ハァックションッ。ゲホッ、ゲホッ。」みんなが一斉にくしゃみをし始めた。僕はおかしいな、と思って手に持っている粉末をまじまじと見つめた。
僕は今年の夏休みに探検キャンプに参加した。探検キャンプとは、全国からいろいろな学年の小学生が長野県に集まり、四泊五日でテントに泊まったり、川の源流を探したりするものだ。二日目の夜、僕の班ではカレーを作ることになった。食材や調味料は、一か所にまとめて置いてあり、そこから取っていくようになっている。最初は食材もうまく切れたし、火もちゃんとついた。そして、ルウもごはんも順調に作ることができた。最後に、ルウにかくし味のコンソメを入れた。それがいけなかった。僕が調味料置き場にコンソメの袋を返しに行ったときに、他の班のコンソメの袋を返しに来た人とすれちがった。そこで僕の頭は混乱してしまった。コンソメの袋は一つしかないはずなのに、どうして彼も持っているのだろう、と。自分の持っているものは何なのか他の班の子に聞くと、それはコショウだったことに気づいた。どうしよう、と僕は頭をかかえた。ルウにコショウを少し入れただけなら良かったが、派手に入れてしまったのだ。とりあえず僕は班の子にあやまった。カレーはできた。僕は、カレーがまずくなってしまったと罪悪感を持ち、ほとんどしゃべらず一人で食べた。意外なことに仲間は、「おいしいじゃん。」とか「いける、いける。」などの声をかけてくれた。彼らの言葉を聞いているうちに、まるで霧が晴れていくように、僕は段々罪悪感から解放されていった。班のKさんは「このカレーをコショレーと命名する。」などといって班を盛り上げてくれた。コショレーはピリッと辛かったけれど、仲間のおかげで徐々に辛さを感じなくなり、むしろおいしく感じられるようになっていった。
 母は学生だった頃、一人暮らしをしていた。一人暮らしは何もかも自由で楽しいにちがいない、と思っていた。そのため最初はとても楽しかったらしい。しかし、一週間、一ヶ月と続くと段々とさびしくなっていった。特に食事のときに寂しさが増した。どんなにおいしい物を食べても味気なく、おいしく感じることはなかったそうだ。その上、当時はあまりお金がなかったので自炊をしていた。そのため大根を一本買ってしまうと、一人では一日で食べきることができないから、一週間も大根料理を食べ続けなければならなかった。それに比べて今は、料理の作りがいがあるし、家族と一緒に食卓を囲むことで何でもおいしく感じるわね、とにっこり微笑んだ。
 たしかに、おいしさは料理の素材や調理の仕方に左右されるかもしれないが、みんなと料理を作ったり、仲間や家族と一緒に食べたりすることもおいしさにつながることがわかった。「同じ釜の飯をたべる」という言葉があるとおり、これからも寝食をともにしてきた仲間や家族との食事を大切にしていきたいと思う。僕は台所にあるコショウを手にとり、今度は家族にコショレーを作ってあげようと、思った。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 仲間は最高の調味料 早雲 83 124153647789
2 中国のIT りのりの 80 75951969890
3 郷に入っては郷に従え 清正 80 109549939287
4 味覚は人それぞれ スライム 80 82849778490
5 もうすぐクリスマス ピンクレモン 79 81948787689
6 おいしいということ あうみか 78 99241628479
7 手紙の良さ 幸村 78 80261626892
8 いただきます あいりす 77 83642588089
9 好きな食べ物 あうみく 77 89442527990
10 数年前のことに(感) リンゴアイス 75 80543617486

★1位の作品は、要約が入っていましたが、量が少なく自分なりに短くまとめていたので代表作品になりました。
12月の森リン大賞と上位入賞者(小6の部106人中)


好きなこと
らあき
 性格は、経験や努力によってある程度変えることができるが、資質はその人だけの泉のようなものだ。誰もがすぐれた資質をもっているのに、一生かかっても掘りあてられない人がいる。若いきみたちは自分のすばらしい青春の目標がどこにあるのか探している時期だ。自分の資質にあった目標を選ぼう。
 私の好きなことは、「習字をすること」だ。私はいつも、字を書いていると時間を忘れて、しまう。そして、気がついた時には「もうこんな時間!」となってしまう。また、習字をしていると、いやなことが頭や心からすぅっと消えていって、習字をしている間は忘れることができる。しかも、書けば書くほど段々上手になってきて、たまに一回書いただけでオッケーを貰えるようになってきた。また、いっぱい練習すればいっぱい練習するほど字が上手になるため、学校でも、習字の教室でも、「字がすごくきれいだね。」とほめてもらうことが度々ある。普通の人はみんなそうだろうが、私は他の人にほめてもらうと、すっごくうれしくなる。もしかしたら、私の資質は、「字をきれいにかくこと」なのかもしれない。もしかしたら、「集中力があること」なのかもしれないし、「筆」や「すずり」などの、「習字道具に関係する職人系のこと」なのかもしれない。または、習字に全く関係ないかもしれないが…。 
ところで、私の習字の先生は、張先生という名前だ。私は、張先生は才能のかたまりだと思う。誰でも張先生のことを知っていたらすごいと思うに違いない。なぜかというと、実は張先生のやっている習字の教室は、張先生にとって副業なのだ。張先生の本当の職業は、大学の先生なのだ。午前中や、大学の仕事がある時は、習字の授業はなくて、大学の仕事が終わる夜の頃になったら、習字の授業が始まる。しかも、張先生にはもう一つすごいところがある。なんと、すごい努力家なのだ。まず、大学の仕事がいそがしいのに、習字の先生をやっていることからも分かるだろう。また、普通にすごすだけでもいそがしいのに、毎日必ず、三十分から一時間程度英語の勉強までしている。もう、約三百日間も続けているそうだ。そして、私の習っている習字の教室は、先生が一人ひとりに教えるのではなく、パソコンの動画を見てどう書けばいいのかを知る、という主旨なのだが、その動画は先生が一つずつ撮っているのだ。もしかしたら、先生の資質は、「努力し続けること」ができることなのかもしれない。
 「玉磨かざれば器をなさず」ということわざがあるように、みんながもっている資質も、自分が探しあてなければ発揮されない。私はまだ、自分の資質を見つけ出せていない。しかし、好きなことが沢山あればいいなと思う。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 好きなこと らあき 84 111356617686
2 朝と寝坊 くらくら 79 1497469310287
3 台風警報 ころ 79 103942658490
4 本当の自分を探すには… おむれ 79 99152848479
5 勉強について ああおよ 73 69943596887
6 頑張ることが大好きな ああつさ 64 42541495477

 

12月の森リン大賞と上位入賞者(中1の部73人中)


言葉は変わる
サーサ
 「白墨、わからないんだ。」
僕は、正しく美しい日本語の良さを意識して使うことは大切ではないとおもう。
 その理由は第一に、言葉が変化しないと時代に対応できないからだ。茶道や、古典の授業とは違い、日常の自由な時間は古文などを使う必要は無論なかろう。日常で「使う」のと昔の文化を味わうことは違うのだ。世の中の進歩に対応できるように、自分の知見を広げるべきなのだ。例えば電子工学や量子力学などという学問は二十世紀頃に生まれた学問だ。したがって、昔はこのような学問は一つの学問として捉えられていなかったのだ。無かったと言っても過言ではない。このような学問を語る上では、どうしても新しい言葉を使わざるを得なくなる。このように考えると、古いものを補うために新しいものが生み出されるのかもしれない。語学の発展も、従来の言い方で足りない点、不都合な点があったからこそ、新しい言い方が代わりに生み出されたと言える。ここで言う足りない点や不都合な点というのは在来語で表現するには無理があるということだ。何事でもそうかもしれないが、この足りないところを判断し、補えるということは不可欠だと僕は、思う。そして、新しい言葉でそれを表現する。その例としては「半導体」や「虚数時間」などという複合語や新しい言葉が挙げられる。それらを生かしていく方が、言葉が変化しないよりもより熱心に学問に取り組めるのではないだろうかと、僕は感じる。
 また第二の理由としては、言葉が変化しないとかえって分かりにくくなるからだ。例えば長文にも出てきた「下駄箱」という言葉でいうと、今は下駄を履いている人はあまりいない。だから未来人に於いては下駄というものを知らず、直感的にわかりにくくなってしまうということが起こってしまう可能性もある。他にも、「白墨」や「黒板」、「筆箱」もそうだ。例えば僕も、学校で若い先生に、
「白墨を取りに来ました。」
と言うと、
「白墨って何。」
と言われた。そもそも長文の通り、今の白墨は白くないものもある。だから分かりにくくなってしまうのだ。このような実態からかけ離れた言葉を使い続けるのも問題と言えよう。日本は、明治維新で大きく日本語を変えた。西洋の文化を取り入れるために、欧米のもので日本に元来なかったものを片仮名や新しく作った漢語で表して文化を吸収し、取り入れていったのだ。そのため、日本は植民地にされずに済んだのかもしれない。そう考えると、変化を拒み続けていたならば外国と対等に渡り合える関係を築くことはできなかったのではないだろうか。やはり言葉は、その時代に応じて変化させるべきなのだ。また、現在は「日本海側」「太平洋側」と海の名前で呼ばれている日本列島だが、かつては「裏日本」「表日本」と表裏でよばれていた。しかし、日本海側を「裏」と呼ぶことは差別ではないかということで今は呼び変えられている。これと同様に、「支那」という呼び方もなくなってきている。昔は拉麺のことを「支那蕎麦」と言っていた。しかし、語源が「秦」の当て字だと言われているにも関わらず、別の意味に捉えてしまう人が増えたため、差別用語になったとも考えられる。それは、中国は那、即ち日本の支流である、というような意味だ。このように、人に対する思いやりや、語源とは少し違う捉え方をして言葉が変化する場合もあるのだ。
 確かに、自分になじんでいる言葉を使った方が実感がわき、語源を尊重できる、という意見もある。しかし、「できあがった規則をなんとか守ろうとするよりも、実態に合わせて規則を変えていくことが真に規則を生かす道である。」という名言があるように、使い易く時代に合わせた言葉を活用していけば良いのだ。だから僕は、正しく美しい日本語の良さを理解して使うことは大切ではないと思う。これから僕は、日本語改革をした人の苦労が水泡に帰さないよう、日常では今使っている日本語を使いつつ、日本語の歴史的な語源を学んでいきたい。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 言葉は変わる サーサ 92 163468969893
2 行列という存在 あいあき 89 160663859187
3 方言で「つるべ」清書 honeysnow 89 126559778290
4 タイムリミットは予測不能 ゆり 86 109554767889
5 行列はなんのために作るのか らよろ 83 112352698189
6 慣れ親しんだ名前 まがり 81 105858759387
7 人生を楽しく生きるため あえあく 81 114152656881
8 死を意識して生きる きのあい 78 92347778284
9 生きること (清書) リヨーシャ 77 92548546586
10 タイムリミット なっち 77 90251626290

 
★1位の作品は、要約の部分が多かったため代表作品になりませんでした。
12月の森リン大賞と上位入賞者(中2の部61人中)


言葉の能力
なゆの
   言葉の能力   
                なゆの
 経験と言葉が結びついて行動が起こる。スポーツで「腰を入れる」などという言葉は、その経験がないと実行できない。逆に「失敗すると大変だ」という言葉を考えると、それが過去の失敗の経験と結びついて実現してしまうことがある。僕たちは絶えず自己暗示によって行動している。
 確かに、言葉が行動にプラスの影響を与える面はある。例えば、野球選手とそのコーチの間では、「もっと腰を入れろ」というアドバイスですぐにポイントが伝わるだろう。そういう言葉の役割を生かしていくことが必要だ。僕にもこんな経験がある。僕は小学生の時に、ミニバス部に所属していた。市内では敵なしで、全ての試合でスコアが相手の得点の三倍だった。だから、僕たちは余裕で勝てる楽な試合しかしてこなかったのだ。そのことがあとで思い知らされた出来事があった。市内で勝ち上がった僕たちは県大会へとすすみ、その決勝は、六年生の僕たちにとって最後の大会になるかもしれない試合。ここで負けると全国大会への道は閉ざされる。だから、どちらのチームも必死だった。試合は、点を入れては入れられ、入れては入れられの繰り返しだった。そんな中、最後の四クオーター目の残り四十秒の時に、八点の差をつけられてしまった。誰もが負けを半分覚悟したとき、監督がタイムアウトをとった。
「おまえら何あせってんだ。今は我慢するところなんだ。もう一回流れは絶対に来る。大丈夫だ。」
監督は僕らを元気づけ、送り出した。それからチーム全体の気合スイッチが入った音が聞こえたような気がした。みんなの動きが機敏になったのが、手に取るようにわかった。八点差をいっきに追い上げ、延長戦にまでもつれ込んだ末に勝利した。監督の一言で試合の流れがかわり、勝負がついたのだ。
 しかし、言葉が行動のブレーキになることもある。例えば、失敗したらどうしようと思えば失敗しやすくなる。昔話の桃太郎は、犬や猿やキジにきび団子をあげるとき、次のように歌っている。
「あげましょう、あげましょう。これから鬼の征伐についてくるならあげましょう。」
既にこのときに桃太郎の頭の中には、鬼の征伐と言う成功イメージが言葉としてていちゃくしていたのである。これがもしも、「これから、鬼と勝つか負けるかわからない厳しい戦いについてくるならあげましょう」などと歌っていたら、誰もついてこなかっただろう。
 確かに言葉には大きな力がある。しかし、大事なことは言葉自体にあるのではなく、その言葉を実感できるような体験を蓄積していくことではないだろうか。そのためには、小さなところから成功体験を積み重ねていくことが必要だ。『短所をなくす一番良い方法は、今ある長所を伸ばすことである』という言葉がある。言葉のもつプラス面を生かしていけば、そのマイナス面も自然になくなっていくはずである。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 個か全体か すが 85 100872767681
2 言葉の能力 なゆの 84 120154869184
3 言葉の重み イクラ 84 111556688083
4 れりか 83 123056658690
5 「手」を挙げよう K・Y 80 106149707581
6 満足のいくもの らろこ 72 63152516099
7 本当の勉強の意味 あういさ 71 60551535793

 

12月の森リン大賞と上位入賞者(中3の部42人中)


希望を持つ
あええる
生命とは、何かのことで一瞬にして消えていってしまうものであり、そこには「死」以外何も残らない。これ以上ないというほど大切にしていたものも離れ去るのは一瞬で、二度と戻ってくることがない。人生の中でそういった一瞬は突然来る。失われるのは生命や幸せ、平穏や恋であることもある。筆者は、人生は時にまったく別の相貌を現すものであると言っている。私は、筆者の言うような「一瞬の変転」の運命に対しても明るく受け入れられるように生きていきたい。
そのための方法として第一に、自分のやりたいことをしっかり満喫することだ。日本人は忙しくなるとどうしても「自分のしたいこと」を二の次にしてしまうことが多い。そして、後々になって「なぜあの時に行動しなかったのだろう」などと後悔するのだ。自分もこれと似たような経験をしたことがある。その日は、学校で行われる大きな会議により、四校時で帰ることができる日だった。私は、明日の朝までに返さなければならない借りた小説があったため、いつもは使わないバスを利用してまで早く帰った。だが、家についてふと考えてみると、学校の宿題がたくさんあることを思い出した。私は、読みたかった本をしぶしぶ放棄し、「集中すればすぐ終わるだろう」という安易な考えのもとで勉強机についた。しかし、予想以上に宿題は難航し、終わったのは夕方で、本を読む時間はほとんど残されていなかった。さらに、翌日学校について宿題のことを話すと、期限は来週末までだということだった。なにも急いでやるほど切羽詰まっていたわけではなかったのだ。結局、本も宿題もなくなり翌日からは何もすることがなくなってしまった。
第二の方法としては、学校教育でも、世の中には理不尽な運命があるということを教えることだ。最近の学校では、「努力で何とかなる」ということを強調しているように思われる。物事をネガティブにとらえてしまう人を少なくしようとしているのかもしれないが、これは逆効果のような気がする。なぜなら、努力したのに報われなかった人が、二度とはい上がれなくなってしまう可能性があるからだ。時には、悲劇を現実として冷静に受け止め、そこから光を見出すことも必要だ。黄熱病の研究で有名な野口英世さんも、子供のころ、火傷してしまった片手が不自由だった。しかし、くっついてしまった五本の指をある名医が手術によって回復させ、物が持てるくらいの手に治してくれた。野口さんはこの手術をきっかけとして、医者の道へ足を踏み出したと言われている。彼は、自分のコンプレックスに悩まされるどころか、それを利用して将来に生かしたのだ。このように、悲劇が別の方向に好転することもあるのだ。
確かに、悲劇が起こってしまったとき、悲しみ落ち込むのは人として当たり前のことだ。それにより、弱い人に対する共感の気持ちも持てるようになるかもしれない。だが、「あなたの人生を代わりに生きてくれる人はいない」という名言にもあるように、いつまでも悲しんでいたら前に進むことはできない。私は、つらいことがあっても前を向いて進み続けるべきだと考える。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 希望を持つ あええる 89 128163778093
2 死を意識して生きる あうほひ 87 120658839090
3 どんな運命も前向きに捉える生き方 られし 82 213853748389
4 考えてみると、私の家では(感) うらら 80 129146718292
5 言葉に愛を込めて のび太 79 88346827992
6 今日という日 みいた 77 97453656574

 

12月の森リン大賞と上位入賞者(高1高2高3社の部124人中)


ジョークを裏切れるか
ああけえ
 あるジョークがある。各国の人を海に飛び込ませるにはどうすればいいか、というものだ。例えばアメリカ人なら、「まだ誰も飛び込んでませんよ」といえば飛び込み、フランス人なら「ワインが流れてますよ」、イタリア人なら「美女が流れていますよ」という感じに続くものだ。その中で日本人はなんといえば飛び込むのかというと、「もうみんな飛び込みましたよ」といえば飛び込む。これは少し偏見の入るものかもしれないが一般的に何人がどういう風に見られているのかというのを表している。つまり、日本人は何も自分からはじめられない、またはみんなと同じことをする、と思われているということだ。これは実際にもそうではないか。何かを先頭にたってやる人は少ないのではないか。自分から率先してリーダーシップを持てる人が少ないのは問題だ。
 まずその理由として日本人は周りの目を気にする傾向にあるからだ。何かを始めようとすれば反対派も賛成派も出てくるし、自分が目立ちたがり屋だと思われてしまうのではないかと恐れることさえありそうだ。小学生の時、体育の授業でサッカーをしていた。ある授業の時に最後15分ほど時間が余った。そこで、先生はサッカー部員であった私に何か小さな練習、ドリルみたいなのを知らないか、と聞いてきた。何個か知っており、言おうと思ったものの、サッカー部員だからといって調子に乗っているとか思われるかな、とか思ってしまった。結局そばに座っていたもう一人のサッカー部員のやつにわざとらしく話しかけ、あれがあるよね、とか言いその人と二人でやっと言えるような感じになった。今振り返れば、二人いれば周りも納得するのでは、という風に考えたのだと思う。なぜそこまで周りの目を気にする必要があったのかと思う。ましてや小学生で、特に恥ずかしがることもなかったのに、結局終止周りを納得させるように気を使っていた。教育の現場で、意見が違うことは当たり前であるのを強調する必要があるのかもしれない。
次に、教育において協調性を重視し過ぎていること、そして横並び意識を植え付けているのが原因だ。体育座り、前ならえ、出席番号などなど、いくつも上げられそうだが、特にこれらは軍隊か刑務所のようだ。軍隊ならまだ一人リーダーも出てきそうなのだが、考えてみると、前ならえ、などにおいてリーダーは先生だ。号令からはじまりすべての指令を飛ばす。生徒たちは皆同じような従順な歩兵か何かだ。動物園で育てられる動物、特に集団で育てられる個体たちは自然界に戻してもなかなか適応できないというデータは多くある。これはある意味必然だろう。すべて与えられる人がリーダーの一律の環境で同じように育ち、同じような動物になる。そんな奴らが自然界に戻ったらたまったものではない。自立できないのは当然で、それに加えみんながみんなぼーっとしてきたからリーダーシップのかけらもなく自然界で端に追いやられていく。かわいい子の旅の案内はありがた迷惑になっている。そろそろやめてはどうだろうか。
 確かに、集団意識の強い日本人は皆が同じようにやって集まればいいのかもしれない。ただそれだと皆同じ故一人でも違う方向になるとどんどん崩れていく可能性がある。そのずれを是正してまた立て直す人がいなければいつか必ず回っていかなくなる。別に皆がばらばらのことを同じタイミングでやれ、というような難しいことを言っているのではない。先頭に立てる一人が求められているだけだ。皆が横一列で走るのを一人先にたつ一人だ。リーダーシップを持つことは目立つことではなく、周りに気を配れるということだ。それを肝に銘じて恐れずに先頭に立てる人が出てくるのが待たれる。あのジョークの下りを良い意味で裏切れるのはいつになるのだろうか。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 ジョークを裏切れるか ああけえ 90 154864728886
2 ボランティア おしゃべり君 90 129661818295
3 便利な社会の裏側 しろめウサギ 89 160361798386
4 世界観を広げる方法 らめき 88 114864818184
5 一瞬の閃き レモン 87 132958758590
6 それまでの蓄積を ゆこぷん 85 104156727992
7 身近にある言葉とは何か? あうみね 84 104958717486
8 本来、特許制度は(清書) ジャスミン 83 97857707495
9 小さな幸せ 音花 寧々 82 105954908286
10 人は二足歩行で わよつ 79 13277313513897



2019年12月の森リン大賞 |  2019年11月の森リン大賞 |  2019年10月の森リン大賞 |  2019年09月の森リン大賞 | 
2019年08月の森リン大賞 |  2019年07月の森リン大賞 |  2019年06月の森リン大賞 |  2019年05月の森リン大賞 |  2019年04月の森リン大賞 | 
2019年03月の森リン大賞 |  2019年02月の森リン大賞 |  2019年01月の森リン大賞 |  2018年12月の森リン大賞 |  2018年11月の森リン大賞 | 
2018年10月の森リン大賞 |  2018年09月の森リン大賞 |  2018年08月の森リン大賞 |  2018年07月の森リン大賞 |  2018年06月の森リン大賞 | 
2018年05月の森リン大賞 |  2018年04月の森リン大賞 |  2018年03月の森リン大賞 |  2018年02月の森リン大賞 |  2018年01月の森リン大賞 | 
2017年12月の森リン大賞 |  2017年02月の森リン大賞 |  2017年01月の森リン大賞 |  2016年12月の森リン大賞 |  2016年11月の森リン大賞 | 
2016年10月の森リン大賞 |  2016年09月の森リン大賞 |  2016年08月の森リン大賞 |  2016年07月の森リン大賞 |  2016年06月の森リン大賞 | 
2016年05月の森リン大賞 |  2016年04月の森リン大賞 |  2016年03月の森リン大賞 |  2016年02月の森リン大賞 |  2016年01月の森リン大賞 | 
2015年12月の森リン大賞 |  2015年11月の森リン大賞 |  2015年10月の森リン大賞 |  2015年09月の森リン大賞 |  2015年08月の森リン大賞 | 
2015年07月の森リン大賞 |  2015年06月の森リン大賞 |  2015年05月の森リン大賞 |  2015年04月の森リン大賞 |  2015年03月の森リン大賞 | 
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2013年10月の森リン大賞 |  2013年09月の森リン大賞 |  2013年08月の森リン大賞 |  2013年07月の森リン大賞 |  2013年06月の森リン大賞
2013年05月の森リン大賞 |  2013年04月の森リン大賞 |  2013年03月の森リン大賞 |  2013年02月の森リン大賞 |  2013年01月の森リン大賞
2012年12月の森リン大賞 |  2012年11月の森リン大賞 |  2012年10月の森リン大賞 |  2012年09月の森リン大賞 |  2012年08月の森リン大賞
2012年07月の森リン大賞 |  2012年06月の森リン大賞 |  2012年05月の森リン大賞 |  2012年04月の森リン大賞 |  2012年03月の森リン大賞
2012年02月の森リン大賞 |  2012年01月の森リン大賞 |  2011年12月の森リン大賞 |  2011年11月の森リン大賞 |  2011年10月の森リン大賞
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2006年9月~2009年8月までの森リン大賞


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