森リンの丘 森リン大賞の記録


森リンの丘


 


10月の森リン大賞と上位入賞者(小1の部41人中)

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10月の森リン大賞と上位入賞者(小2の部108人中)

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10月の森リン大賞と上位入賞者(小3の部137人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 電車祭りのビンゴ大会 ああのせ 72 127242679781
2 実るほど頭をたれるいなほかな ツチノコ 70 79437537681
3 どきどきがつづくオーディション らゆみ 70 71846456286
4 さわやかなきんもくせいのかおり マーガレット 69 78942456383
5 大好きな秋 エルサ 63 32941485589
6 アルバート さとタン 62 27743465096
7 どきどきいっぱい音楽のつどい なゆら 60 23038505471

 


10月の森リン大賞と上位入賞者(小4の部146人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 ピアノ教室 わあま 79 79652647593
2 ドキドキしたあとは…ホッ M.Kミッキー 78 80044698480
3 ドッキドッキ! りよと 78 88153637984
4 ドキドキしたつなひき わこあ 75 77544558084
5 ドキドキガイド ころ 75 71939777877
6 今飲んでいる水は雨水 ララ 74 61651587290
7 春から秋にかけて らみの 74 74046527189
8 森、水田は大事 らあき 74 737545158100
9 たいせつな米 くるみ 73 76448516686
10 お母さんのお仕事 らよあ 73 78143556680


10月の森リン大賞と上位入賞者(小5の部141人中)


コチョコチョだけは……
わにわ
「キャハハ」
 私は、二人の友達と一緒にいつも遊んでいる。が、いつのまにか五人や七人になっていることもしばしばだ。いつも思いつきで何かをやることが多い。例えば、今日やったのは動物園ごっこ。私はブタゴリラ役で、いつもの二人はお客さん。いつのまにか来ていた二人は、飼育係。私は、おりからだっ走した。そんなブタゴリラを、コチョコチョでたおし、にげるゲームだ。こんな遊び方が出来るほど、私はコチョコチョに弱いのだ。
 今日はもう1つの遊びをした。死んじゃったぜゲームだ。名前はこわいが意外と面白い。車にひかれて死んじゃった人がいた。なので、おそう式が開かれた。そこにいるおぼうさんが面白いのだ。お経をあげた後、しめとして、コチョコチョするのだ。もちろん死体は私。なんと悲しい役なんだ。お別れコチョコチョで笑ってしまったら、プラス十秒。というふうにどんどん追加されてしまった。
 私へのコチョコチョこうげきは日常で、ずっとつきまとう。体育コチョコチョだ。体育着の着替えでは、お友達と競う。負けたらコチョコチョだ。(プラス十秒)。二人と競うのだから、勝ちにくい。そして二人はコチョコチョに強い。その上着替えまで速いから、最強だ。私はその真逆だから最弱だ。なんだこの差は……。だから毎日私は、コチョコチョにつきまとわれる。私の宿敵コチョコチョと毎日戦う。
 昔、公園で遊んでいたころの話だ。私と二人の子と一緒におにごっこをした。その名も、『回れ!周れ!ゲーム』だ。円の形をした遊具のところで、同じ間かくで三人が立つ(二人でも良い。)そして同じ方向へ周る。うしろにいる人にはタッチ出来ない。前の人に追いついたら、タッチできる。止まってはいけないが、休けいゾーンでは、一人が続けて入ってはいけないのだ。自分で考えたルールのわりに、私が真っ先につかまってしまう。しかし、利点もあった。一つ目は、足が速くなること。足の速さだけで勝敗が決まるので、とても良い運動になる。また、円は常にカーブなので、カーブに強くなる。
 私は、最近、遊ぶことは大切と分かった。お友達といると、自分とはちがう考えの人もいると感じる。そして、何よりも楽しい。そして、ケンカにもなる。でも、『雨ふって地固まる。』大丈夫だ。
 「キャハハ」
今日も楽しい笑いが教室にひびく。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 コチョコチョだけは…… わにわ 80 96241668574
2 かっこいいイルカのトレーナー わせや 79 947438911577
3 心の手仕事 コスモス 79 1256429711390
4 手作業と機械 あめの 79 89643729779
5 おいしいのは手作りの味 つ~たん 79 84543689283
6 あなたがたはとくと ああひめ 79 87851668093
7 山高きが故に貴からず(清書) らりこ 79 109342647690
8 昔と今で流行っている遊び 白うさぎ 79 94346656892
9 今日もやろうかな ななとや 77 85642697786
10 NAO 77 83747627080


10月の森リン大賞と上位入賞者(小6の部147人中)


大きな看板を背負って
イクラ
 「弟の名前、どうしよう。」
これは、私の隣の子の声である。その友達は、今年の十二月に二人目の弟が生まれるそうだ。そこで、家族一丸となり生まれるこの名前を考えているという。それを聞いて、私は、名付け親になるなんて良いなぁと思った。生まれた赤ちゃんに死ぬまで持たせる大切な名前を与えることができるのだ。私は、憧れて仕方がない。私は、今までの経験で、大好きな人形には名前を付けたりはしたが、弟や妹ペットという長い間、色々な感情をぶつけ合う者に対しては、名付けたことがない。私には、生憎、弟も妹もペットもいないし飼っていない。
ちなみに、私の名前は、一ヶ月かけて、両親が考えてくれた。私が、自分の名前で好きなところは、数え切れないほどある。名字と相性がよいこと、筆記体でサインをすると格好良いこと等々、様々だ。そんな中でも、私は、特に両親が一ヶ月ものときを費やして、生まれたての私のために頭をふりしぼって素敵な名前を愛情たっぷりに名付けてくれたと言うことだ。
 そんな私の名前は、「麗」で有る。「麗」と書いてうららと読む。
よく、学校では、
「うらっぴぃ。」
と呼ばれる。日本人なら、多くの人が、「春のうらら」という曲を聴いたことがあるだろう。私の小学校でも卒業式の式の始めに、
「♪うらぁらかにぃ・・・。」
と言う出始めの歌を歌う。私は、今、六年生で来年の春卒業を迎える。今では、式の始めに自分の名前を全校生徒・全先生方・保護者の方々に歌ってもらえることを誇りに思っている。だが、一年生の頃は、その歌詞を歌うとチラッチラッと私の方をを振り向くクラスメートの目があり恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。その私の気持ちに変化が起きたのは、小学二年生のときだ。私の小学の二年生は、毎年、授業参観で大勢の保護者の方々の前で、今までの成長をふり返り、当時の写真などを使って成長の記録を発表する。そこで、まず、自分の名前とその名前の由来を発表する。宿題で自分の名前の由来を両親に聞いてくることになり、私は、その時、初めて自分の名前の由来や付けられた経緯を知った。私の姉の名前は、「きりん」
と言う読みであるそこで、両親は、姉の名前と相性をよくしようと思い、当初、「きらら」と言う名前にしようと思っていたそうだ。しかし、きららでは、名前に相応しい当用漢字が無かったという。困っていたときにテレビのドラマで「うらら」と言う名前の役を演じている綺麗な女優を発見し、両親は、これだとお互いの顔を見合わせたそうだ。それに加えて、私は、四月生まれで、春に歌われる「春のうらら」と言う他は、落ち着いた感じのとても綺麗な歌なのでちょうどよいと思ったそうだ。そして、生後一ヶ月の私に、すくすくと心も体も綺麗で春のような美しい女性に育って欲しいと言う願いを込めて、「麗」と名付けたという。私は、それを母から聞いたとき、まるで、春のように優しい色をした心が和む涙がこぼれ落ちそうになった。私は、生まれてからこんなにも沢山の愛情をもらっていたのかと思うと胸がじんわりと熱くなった。それから私は、あの卒業式の歌を歌うたびに私もこの歌の生き身込められている人間になっているかなぉと思うようになった。そして、多分、両親は、自分の名前が歌詞に同じ意味で入っていることに私に胸をはって欲しいと考えているのではないかと思った。世界には、名前も付けられず出生届も出されず、捨てられ死んでいく子もいるという。私は、大人になったら、いつか、世界に邪魔者扱いされるその子達に微笑んで救いの手を差し伸べ名前を付けて、この世に星を増やしたいと思っている。私が、両親に与えられた無限の愛情は、誰もが経験すべき者だと思う。名を与えることによって、世界に羽ばたくことができ、世界のために貢献することも可能になる。聖マザー・テレサの言葉に
「私達が与えているのではなく私達が与えられている。」
と言う言葉がある。私がそうすることによって、個々は、世界に何かを与える存在となり、世界に住む私に何かを与える存在になるだろう。そんなことを思いながら、隣で嬉しそうに頭を抱えている親友に、
「生まれた赤ちゃんにこう成って欲しいと思う願いをそのまま名前にのせたら、きっとよい名前になるんじゃない。」
と私なりに精一杯アドバイスをしてみた。親友は、私の言葉を聞いて、
「そうだね。それが、一番よいよ。私は、生まれる弟に元気で強いけど優しい心を持っている人になって欲しいなぁ。」
と親指を立てた。私は、今から、決まった名前が楽しみである。
 私に素敵な名前を与えてくれた一人である母は、「麻紀」と書いて「まき」と読む名前を持っている。何だか賢そうな感じのする名前である。祖母が名付けたそうだ。名前の由来には、麻という葉は、強いらしく母にも強いたくましい子になって欲しいという願いが込められている。それを聞いて私は、確かに母は、私が困っているときでも、
「がんばれっ。諦めちゃダメだよ。」
と励ましてきてくれる。それは、母の体の中に、どんな苦難でも諦めず頑張ると言う精神が根付いているからではないだろうか。私は、名前負けをせず、しっかりと祖母の思いに答えている母に対して、心の中だが、拍手を送った。もし、私が、母の名前なら、私は、朝に生まれたので麻と言う名が付いたという由来になるのだろうかとにやついてしまった。
 名前とは、人間にとって、個人個人の看板の様な存在である。「名は体を表す」と言う言葉が有るように名と実体は相応する。そして、相応するためには、自分の名前の由来を知り、名前に相応しい強い気持ちでいることが必要である。これから私は、その言葉を胸に「麗」と言う名前が尊い者であるよう努めようと決意した。
「弟の名前、どうしよう。」
年が明けた頃には、その言葉は、大きく変わって、産まれた弟の名前が発表されているだろう。私は、この星空の下、輝く星が無数に増えつつけることを祈る。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 大きな看板を背負って イクラ 85 244756678187
2 努力を積み重ねて なゆは 80 126246768584
3 昔の柿と今の柿 なゆの 78 105039629490
4 今の遊びと昔の遊び ゆとえ 78 77746698484
5 笑う門には福が来る ああうい 73 66447607189
6 運はオプション ゆえめ 73 77659575686
7 運が良い人悪い人 ゆやわ 71 72542526387
8 頑張ること らろこ 69 62742535581
9 私の好きな遊び【清書】 ああそか 68 46437656889
10 明るい表情をもつこと なほら 68 55141505883

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(中1の部82人中)


不思議に思うこと
らこむ
(元の文章が20文字ずつ改行されていたので、段落ごとの改行に直しました。)
 たくさんの物事に、「何故?」と不思議に思うことはとても大切な事だ。
 第一の理由は、新しい発見に間接的につながるからだ。新しい発見というのは、たさんすればするだけ自分の知識へとなる。よく、知識が豊富な人がいるがそういった人たちはたくさん「何故?」と様々な事に思ってきたからではないかと思う。僕も、普段生活していて「何故?」と不思議に思うことがたびたびある。最近、理科の授業で力の大きさの単位でパスカル(Pa)というものを習った。そのパスカルという言葉を聞いた時、僕は「何かで似たような言葉聞いたことがあるな。」と思った。よく考えてみるとヘクトパスカル(hPa)、天気予報だと気が付いた。しかし、パスカルとヘクトパスカル、一体何が違って何故天気予報にはヘクトが付いているのかとても不思議に思った。残念なことに、それは授業では習わないことであったため、授業終了後に聞いてみることにした。「先生。パスカルと天気予報のヘクトパスカルは何が違って、何故ヘクトを付けているのですか。」と、思った通りに聞くと「なかなかするどいですねぇ。」と、先生が一言おいた。それから先生はわかりやすく簡潔に解説してくれた。「実は、ヘクトパスカルとパスカルというのは同じ意味を表しているのですよ。ヘクトというのは、百倍を表す記号で面積の時にヘクタールという単位を使ったのを覚えていませんか。それと同様で、一万パスカルとかだと分かりにくいので簡単にしているのですよ。」その話を聞いて僕は、深く納得した。そして、また一つ新しい知識となった。
 不思議に思うことが大切な第二の理由は、生活が楽しくなるからだ。ただ、「生きているからいいや。」というようにのほほんと生活していても楽しくないだろう。何故これはこうなるのか、というように不思議に思った方が脳も刺激を受けることが出来る。海外旅行者数のデータによると一九九八年では年間日本からの海外旅行者数は千五百万人を超えている。一方で海外からの日本旅行者は三百万人程度。このことから、日本人は世界の中でも結構積極的に不思議を求めていると言ってもおかしくはないであろう。
 しかし、「何故?」と不思議に思うだけで、調べようとしないで終わってしまうのは良くない。それでは「自分の心のうちに持っていないものは何一つ自分の財産ではない。」という名言のように全く無意味なことである。不思議だなと思い、調べてみて初めて新しい発見になるのだ。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 不思議に思うこと らこむ 87 105769757990
2 「ふしぎ」こそ不思議 白いごはん 85 97664758086
3 喧嘩は良いか? られし 85 112257617589
4 不思議に思うことで 赤髪のとも 82 103057718580
5 喧嘩とは何か にえけ 81 97351627586
6 科学文明の発展とその一方 たろろ 80 103558566590
7 自分で想像 みいた 80 116467616386
8 けんかで得るもの ああなは 79 104346598089
9 自己家畜化は必要か。 ああえり 79 77254757581
10 科学進歩がもたらす危険 わくゆ 78 90751748295

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(中2の部71人中)


感情の皮が脱げたなら
ゆめた
 幼い頃は、泥遊びが好きだった。何も私に限ったことではなく、幼稚園児ほぼ全員に共通する趣味だったのだろう。私は今も昔も、自分の手が汚れる、というのが嫌いで、それは単なる洗うのが面倒くさいということに繋がるだけなのだが、何故か自然に対してだけは寛容になれた。絵具やペンが手についただけで泣きわめいていたのにも関わらず、自然に触れる時には自ら汚れにいっていたようにも思う。
 残念ながら、その思い出の山はもう切り崩されてしまって、利益のためか、建売住宅に変えられてしまったのだが、まさか今またその山で遊びたいとは到底思わない。ただ、私の中の「思い出」として居座り続けているだけだ。悲しいかな、もう自然をあんなに無邪気に見ることはできないであろうと思う。
 確かに人間には、無邪気な子供時代も必要だ。自然には、人間ではつくり出せない「雄大さ」が存在しているように思える。包容力、とでも言えようか。虫や花や木々、それにきれいな空気。そして少なからずの危険。子どもというのは素晴らしく多感な生き物であるから、それらの中でたくさんのエネルギーを吸収して、影響されることができる。伸びきってしまった大人の背では捉えることのできない視野が、子どもの目の前には広がっている。記憶に見える喜び、怒り、悲しみ。我が幼き日々の四分の三以上は「自然」の感情で占められている。『環境が人格をつくる。』とはよく言うが、子どももそうした自然の時間の中で、人格を構成されていく。むしろ感情というものは、子どもが自然の雄大なエネルギーに突き動かされた瞬間、初めて生まれるものではないかと私は思う。
 しかし、人間には独りで自己を冷静に見つめる時間も大切だ。
 一寸法師だって、両親が嫌がるものを無理にでも、自立しようとして勇敢に旅に出たからこそ、最後に幸福が訪れたのだろう。
 子ども時代の無邪気で多感な時期も、大人になってからの冷静でやや無感動な時期も、どちらも必要不可欠だ。『脱皮できない蛇は滅びる』。人間に脱皮は無いが、人間の反抗期、思春期などは脱皮と表現することも可能なのではないか。
大事なことは、それぞれの時期を精一杯、自分なりに生きていくことだと思う。まだ「死」も知らぬ子ども時代も、脱ぐべき皮を探し歩いて迷子になりかけている今も、脱皮しきって少し冷めてしまった後も、世の中、人生に絶望して死を望んだ瞬間も、みんな生き尽くすのだ。生きて、生きて、生き尽くして、それでもまだ足りなくて、私達はまた、何回目かの脱皮を求めるのだ。そう、渇ききった喉が何度も水を求めるように。
 

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 感情の皮が脱げたなら ゆめた 86 107661728689
2 スポーツ わせえ 84 103859888093
3 子ども時代、大人時代 はや 84 112257657089
4 戦いをして成長 ゆこぷん 82 115651768584
5 勝負 らたち 82 112951688187
6 両刃の剣 ふう 82 110159606489
7 子供時代と青年時代の必要性 くあゆ 81 92056667290
8 勝ち負けとは? レモン 80 114248808683
9 一生懸命 ひなえ 80 105246758487
10 それぞれの時代を生きぬく マーフィー 80 99746627779

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(中3の部62人中)


人との関わり
よろも
 私は他人との関わりを大切にできる人間になりたいと思う。
 その方法の一つ目として、人とたくさん話をすることだと思う。人と話をするのは日々を生活している私たちにとって当たり前のことであると思う。しかしそんな当たり前のことでも私たちにとって、それは貴重な経験となる。それによって得ることはたくさんある。例えばたくさんの人と話す機会があればそれだけ新しい考え方を知ることが出来、それを身に付けられる。そのことを実感できるようなことは日常生活で身の回りにあると思う。例えば誰かと話しているとき、相手をよく見ていないとその人がどのような気分でいるのか知ることはできない。相手の気分がいいときはいいが、しかしそこで相手の気分があまりよくなかったりして怒らせるようなことを言うのは危ない。しかし、ただ相手の様子を見て判断するなんて言うのは難しいことだ。そのためには経験が必要となってくる。経験を積むというのはそこまで難しいことではない。ただ、たくさんの人と話をするようにすればいいだけなのだ。
 二つ目は信頼関係を築くことだ。では、信頼関係とはどんなものだろう。互いに心を許しあえる存在になること。私はそれが信頼関係だと思う。しかしそれはそんなに簡単にできるものではない。たくさんの時間をかけて作っていくものだと思う。また、信頼関係は気を付けていないとちょっとしたことで壊れてしまう。例えば借りたものをいつまでたっても返さなかったり、約束をしてもやぶったりなど些細なことだ。しかし、それらをすることなく有言実行していれば信頼関係は少しずつ作っていくことが出来ると思う。それを実際に行い、成功を収めた人物がいる。松下幸之助だ。彼は現在のパナソニックを作った経営の神様ともいわれている人だ。そんな彼は松下電器を経営していたころ、松下電器はとても苦しい状況にあり、人員削減をしなければいけないというときがあった。そんな時、彼は人員削減はせずに工場のラインを止めた。それは会社にとってほとんど利益のないことだったが、そのことを聞いた社員たちは皆泣いて喜んだという。彼らはくびにされると思っていたからだ。その後、幸之助と社員たちは深い信頼で結ばれ、持ち直した。
 確かにいつだってほかの人と一緒にいることが出来るわけではないし、正直に言ったら自分の周りにいる人は皆他人である。それなのに関わりを持つ必要なんてあるのかと思うこともある。しかし、今まで他人と一切関わりを持たずに生きてきたという人はいないと思う。人は必ず他人と関わり合いながら生きていかなければいけないのだ。それならばその関係を大切にして自分が楽しいと思えたほうが自分にとってとてもプラスになることだと思う。「過去と他人は変えられないが自分と未来は変えられる」という言葉がある。これはそのままの意味で、過去と他人というのは変えられないけど、自分と未来は変えることが出来る。もし何か変化を求めるならば自分が変わればいいということだ。もしも周りに苦手だったり自分の嫌いな人ばかりがいたとしてもそのことに悲観するのではなく、自分の考え方や態度を変えてみれば自分も他人も楽しく、幸せな気持ちになれると思う。私は自分のためにも、他人のためにも、周りの人との関わりを大切にできる人になりたいと強く思う。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 人との関わり よろも 88 136564717589
2 本質 きろせ 87 116363717590
3 幼少時代から今考えたこと はーちゃん 86 127558667686
4 季節感 おしゃべり君 85 112054697887
5 自分らしさを表現する しろめウサギ 84 143953828590
6 季節を感じる りすっぴ 84 101356707792
7 他者への歩み寄り 彌織 84 101957717793
8 移り変わる季節を感じて リリー 81 112347607186
9 思いやりの心 リロ 79 98144717890
10 事象の原理 かほや 79 88456747579

 
★1位の作品は要約の部分が多かったため、代表作品にはなりませんでした。
10月の森リン大賞と上位入賞者(高1高2高3社の部127人中)


意味がなくてもいいもの、なくてはならないもの
れたす
 「なんで歴史なんて勉強しないといけないの。」
これは、試験前になると必ずと言っていいほどよく考えるテーマだ。沢山の人や事件などの名前を覚えることにどのような意味があるのかわからない。過ちを繰り返さないようにするためというのがこれまで一番私の中で有力だった。しかし、仏像の名前を覚えているときにこの理由では不十分だと気づいた。ときには、わけのわからないゴロで名前を覚えさせられることもあり、そのような時にはこのテーマについて考え込んでしまう。私は、勉強で得た知識が自分の身に役立っていることを実感できない今日の社会は問題であると思う。なぜそのような社会になってしまったのか。それには、二つの原因が考えられる。
 第一の原因は、国や教育者が勉強する目的をきちんと理解していないことだ。日本での英語教育は文法が中心だ。国は、英語を正しく書けることが重要だと考えているのである。だが、実際に外国に行ったとき、英語を正しく書けることがどれぐらいのアドバンテージになるのだろう。手紙を書く、論文を書く、筆談をする。考えてみると、英語を書くという機会は、あまり日常にはないように思える。それに対して、「話す」という行為はごくごく日常的だ。話せなければ、何も始まらない。英語を話せるようになるための基礎として、文法を学ぶことが必要不可欠であるのは間違いない。しかし、現地では使われていないような表現まで文語として学習したり、英語の授業をしているにも関わらず日本語ばかりが教室に響いているという状況はいかがなものか。私たちは本当に、時代で移りゆく言語を学習しているのだろうか。そのような疑問を持つこと、そしてより実践的な授業の充実が今の日本の英語教育に求められている。
 第二の原因は、自分が興味を持っていることや好きなことについて学習できないことだ。私が通う高校は、二年生になった段階で理系と文系にクラスが分かれる。私の友達は、もともと理系に進むことを希望していたのだが、そのことについて先生と面談をしたときに、
「あなたは理系科目の成績が特別に良いわけじゃないから、理系で受験したら大学に落ちるかもしれない。それだったら文系で受験した方がいい。」
と言われたらしい。そうして彼女は、先生の言葉を受けて渋々文系を選択した。しかし二年生に進級し、文系科目の授業ばかりを受ける日々を過ごしてみると、やはり理系を選択すればよかったと後悔したという。大学に受かることを優先し、好きだった理系科目の勉強をやめてしまったことへの後悔が彼女をずっと同じ場所に留まらせているように思える。彼女は、入りたい学部や将来の夢もよくわからなくなってしまったという。私はこの話を聞いて、すべてが受験のために存在しているかのような現状に疑問を抱いた。学歴社会であるこの世の中では、有名大学に進学することで有名企業に就職できる可能性が高くなる。そして、有名企業に就職すれば高収入が期待できる。人々はみな、このような道を歩んで、安泰な暮らしができることを幸せと呼ぶ。しかしこれが一番幸せな道というならば、なぜ幼稚園の先生は低収入にも関わらずあんなに優しい笑顔で子供たちと接することができるのだろう。なぜ、お笑い芸人は客が少なくても全力で笑いを取ろうとするのだろう。受験に合格することが誰にとっても一番大切なこととは限らない。好きなことを好きなだけ学び、それが他のことにも影響し良い結果を生み出す。これが理想である。しかも、これは実現できない無理な理想ではない。結果ばかりを求めて足元をすくわれないように、自分の足元にある興味や関心をしっかり見つめていくことが理想を現実にさせるカギである。
 確かに、勉強には役立つ役立たない関係なく、知るという行為自体に意味があるという側面もある。しかし、人間とは例えるならメモ帳ではなく、粘土のようなものである。吸収した知識をアウトプットさせなければ人間としての存在価値はないと言っても過言ではない。だから私は、勉強で得た知識が自分の身に役立っていることを実感できない今日の社会は問題であると思う。私はこれから、自分が興味を持っている難民問題についてより深く調べていきたい。そして、得た知識を利用して、より難民に寄り添った解決策を考えていきたい。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 季節を感じて生きる(感想)清書 ああまむ 90 12077310111086
2 意味がなくてもいいもの、なくてはならないもの れたす 90 176866928595
3 人生における価値 そうき 89 102872828592
4 人間にとっての幸福 きろる 88 132064687986
5 幸せの形 りなこ 85 135153657289
6 人間にとっての幸福 わいし 83 114053948296
7 豊かさの基準 にゃーみ 83 89757777995
8 使わない学問はない ぎんぎつね 82 10465811210897
9 拡大・飽和した世界での価値 Qちゃん 82 121852939795
10 相互に理解をするために ティガ 80 14525111010986



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2015年07月の森リン大賞 |  2015年06月の森リン大賞 |  2015年05月の森リン大賞 |  2015年04月の森リン大賞 |  2015年03月の森リン大賞 | 
2015年02月の森リン大賞 |  2015年01月の森リン大賞 |  2014年12月の森リン大賞 |  2014年11月の森リン大賞 |  2014年10月の森リン大賞 | 
2014年09月の森リン大賞 |  (2014年7~8月は未集計) |  2014年06月の森リン大賞 |  2014年05月の森リン大賞 |  2014年04月の森リン大賞
2014年03月の森リン大賞 |  2014年02月の森リン大賞 |  2014年01月の森リン大賞 |  2013年12月の森リン大賞 |  2013年11月の森リン大賞
2013年10月の森リン大賞 |  2013年09月の森リン大賞 |  2013年08月の森リン大賞 |  2013年07月の森リン大賞 |  2013年06月の森リン大賞
2013年05月の森リン大賞 |  2013年04月の森リン大賞 |  2013年03月の森リン大賞 |  2013年02月の森リン大賞 |  2013年01月の森リン大賞
2012年12月の森リン大賞 |  2012年11月の森リン大賞 |  2012年10月の森リン大賞 |  2012年09月の森リン大賞 |  2012年08月の森リン大賞
2012年07月の森リン大賞 |  2012年06月の森リン大賞 |  2012年05月の森リン大賞 |  2012年04月の森リン大賞 |  2012年03月の森リン大賞
2012年02月の森リン大賞 |  2012年01月の森リン大賞 |  2011年12月の森リン大賞 |  2011年11月の森リン大賞 |  2011年10月の森リン大賞
2011年09月の森リン大賞 |  2011年08月の森リン大賞 |  2011年07月の森リン大賞 |  2011年06月の森リン大賞 |  2011年05月の森リン大賞
2011年04月の森リン大賞 |  2011年03月の森リン大賞 |  2011年02月の森リン大賞 |  2011年01月の森リン大賞 |  2010年12月の森リン大賞
2010年11月の森リン大賞 |  2010年10月の森リン大賞 |  2010年09月の森リン大賞 |  2010年08月の森リン大賞 |  2010年07月の森リン大賞
2010年06月の森リン大賞 |  2010年05月の森リン大賞 |  2010年04月の森リン大賞 |  2010年03月の森リン大賞 |  2010年02月の森リン大賞
2010年01月の森リン大賞 |  2009年12月の森リン大賞 |  2009年11月の森リン大賞 |  2009年10月の森リン大賞 |  2009年09月の森リン大賞
2006年9月~2009年8月までの森リン大賞


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