森リンの丘 森リン大賞の記録


森リンの丘


 


10月の森リン大賞と上位入賞者(小1の部64人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 Zまつりのじゅんびをしたこと あじさい 61 36541435592
2 はがぬけた ながた 61 22841435099
3 おとうとのこと ルビー 60 28638435876
4 トリケラトプスときょだいガメ なりと 60 62138435292
5 バイオリンほんせん 清良 59 38641434790
6 シチューがぐつぐつ きよれ 58 17538435379
7 サッカーのこと きゆけ 58 59938435281
8 たあしゃ まあや 57 24038434873

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(小2の部112人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 うまれてはじめて金しょうとったぞー ありりん 66 52941506586
2 はや足トムくん、歩きぎらいカールくん とらたいがくん 66 60243476386
3 ハムスターがうちのかぞくになかまいり なおみ 65 87038467181
4 モササウルスのは みやま 65 46941446887
5 九州は楽しい みりまりん 65 60746446279
6 習字で賞をとったよ! コッピー 65 43538546080
7 ザリガニ釣り みるく 65 59641475980
8 自由けんきゅうが学校の発表会にえらばれたこと アリス 65 60843475984
9 SLやまぐち トム 65 69338505690
10 鳥にかんじた木のぼり しゅうちゃん 64 65243507179

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(小3の部156人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 私の朝は きよい 71 64143497792
2 台風の目でどきどき かなろ 71 60543607181
3 小さな小人のアリエッティー はーとちゃん 71 95948537176
4 急に寒くなった アルセウス 71 67146506886
5 びっくり きらり 71 71252496881
6 聞こえたよ、虫の音色。 きやも 70 58438457884
7 駐車場のホオズキ タカ 70 49842617190
8 九年間のドキドキ りすっぴ 70 90039576883
9 行ってみたいな、アインシュタインの学校 ゆっちゃん 70 92642446392
10 さみしい季節 ふうこ 70 61542536290

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(小4の部141人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 富山和子さん著の「お米は生きている」を読んで! MANCHESTER U 80 81451738789
2 私が好きな食べ物 クリスタル 78 96743609477
3 ドキドキ調理部抽選、○か×か ダイヤモンド 78 72844699186
4 けんかするほど仲がよい スヌーピー 75 97041557787
5 秋のお困り ゆかり 74 65639597997
6 どきどきわくわく! みゃんこ 74 75241567389
7 戦争と平和について MANCHESTER U 74 196144577287
8 お母さんの仕事 ざぶとん 74 66647606989
9 フレーフレー母さん うっちー 74 102243546884
10 ドキドキがあふれている フックー 73 71543477692


10月の森リン大賞と上位入賞者(小5の部145人中)


チームワークは大切だ
ひんこ
「ピー。始め!」
 私たちは体育の時間で、キャプチャーザフラッグというゲームをしている。そのゲームの目的は、相手のチームのボールを取ることだ。だからと言って、相手の基地に歩いて行ってボールを取るだけでは、つまらない。そこで相手のチームの人は、ボールを取られるまい、と私たちを追いかけてくる。私たちは、タッチされるとこおってしまうのでできるだけタッチされない方がいい。私の仲間が来て、タッチしてくれるまで動けない。そこは、こおりオニにそっくりだ。こおりオニプラスボールを取る、というゲームだと考えるといいと思う。
 その時、女子と男子に分かれていた。男子は足が速い。おそい人もいるが、みんな仲が良いからチームワークが見事にできている。女子も足が速いが、仲が悪かったり体を動かすのをあまり好きじゃない人が
「え?、なんで?。」
といったりするからチームワークがなってない。私はいつでも、男子を追いかける役目をもっている。足が速いからだ。入ってきた男子はみんなつかまえる。もしかしたらみんなは私が見えないのか、足音が聞こえないのかもしれない。相手の基地に入っても気付かれない。
 でも今度はちがった。あまりにも行きすぎたのか、気が付かれた。私はかけだした。私のじん地が近づいてくると男子らは止まる。私をつまえられないと思うからだ。
 今回もいつも通りインホーがじん地に入って来た。インホーは足の速い男子だ。私はなぜかつかまえられなかった。つかれていたのだと思う。インホーはかん国人だ。男子のうち三人はかん国人。私のクラスのかん国人は足が速い。私は女子の中では速い方だ。インホーよりも三秒ほどおそいだけだ。私のせいで女子チームは負けた。私がぼーっとしていたからだ。くやしい。私のせいで負けてしまった時は、自分に対して私はおこる。やっぱりぼーっとしない方がいい。女子がみんな仲良くてチームワークができていたら、インホーはつかまれられていたと思う。
 私は日本の体育の時間によく遊んだボールおにが大きらいだ。ボールおにはチームワークがいらない。ドッジボールに似ている。ちがうことは、当たったらその人がおにになる、ということだ。ボールおにで得するには、ボールを受けたりよけたりすることがじょうずでなければいけない。私は運動場よりもジャングルジムでやるほうがまだ好きだ。高い所に向かって投げるとスピードが落ちて受けやすくなるからだ。ボールおにはかんたんすぎて、つまらない。そのかわり、体力を使わない。中国に来て、初めてキャプチャーザフラッグを知った。
 チームワークは社会や国語、理科の授業でも必要だ。グループプロジェクトをする機会がたくさんあるからだ。
 この学校に来てキャプチャーザフラッグをして、女子チームが負けて、チームワークが大切だということがわかった。次の体育の時間にまた遊ぶのが楽しみだ。
「ピー。終了!」

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 チームワークは大切だ ひんこ 81 120652627580
2 遊びの楽しさ りょうたろう 80 101742597884
3 ユーモア感は、私の憧れ言葉 my favorite ユーモア みっくまっく 80 211043607686
4 いたずら ジョーカー 79 82541708881
5 機械と手仕事 まーりん 79 97249587883
6 パワプロ十一 トレジャーハンター 79 95642707879
7 私の好きなスピード なむき 79 104948617784
8 手作りの気持ち ききほ 78 1004468310892
9 ブーム アレックス 78 100243598283
10 手作りはいいね かこちゃん 78 119346618189


10月の森リン大賞と上位入賞者(小6の部134人中)


運というものは
ひたえ
 「これか・・・?いや、こっちだ!!」なにかとオーラ(?)を感じ取った一本の線に私は念をこめた。一本の・・・・あみだくじの線に。毎月一回の席替えで、私のクラスではあみだくじできめる。そういえば、私は最近、「幸運が来ますように」と願ってもその反対に悪運が訪れてしまうようなことが多くあった。そのためか、いやいや、運に裏切られてしまったため、やはり今回もあたらなかった。というか、これかと思ったのだがあきらめた方の線が当たり(友達と同じ班)だったようだ。なんなら、最初から悪運を願っていればいいのかな?なんてことを思っていたりするのだが、私は一瞬で走り去って行った幸運を逃した悪運者の一人だということは変わらない。でも悪運ばかりだと思っているのは、ちょっとした幸運が訪れていることに気づかないからだ。運というものは、要するに気まぐれにおこる奇跡なのだ。このじゃんけんで勝てたのも、負けたのも、宝くじで大当たりだったのも、大はずれだったのも、ここで起こったラッキーチャンスに過ぎないのだ。
 人々は、なぜ、「運」というものを信じるのだろうか。決してそれが叶う確率は分からないのにどうしてそれを願うのだろうか。いい子にしていても、どんなときでも助かるとは限らないし、逆に悪い子には悪運がやってくるとも限らない。そもそも人間は、いつもいい子にしていることはできないのだ。やっていることがいいことなのか、悪いことなのか、毎日の積み重ねをしていても、していなくても幸運はやってくるかは分からない。でも人々は不運、幸運すべてをくるめて「運」と言い、皆が毎日願っている。
 幸運を自分が持ってくるのか、他人が持ってくるのか、それとも自然現象の為か、まるで人々は、運をもののような言い方をする。それが重大でとても貴重なものなのか、かるく、すぐにでも忘れてしまうような、でも、その「運」の感じ方は人それぞれ。ある人が「なあんだ。」と思うような運でも、ある人は、「やった!!」と思うことがあるのだ。もちろん皆大きい幸せのほうを望むだろう。白と思っていた箱でも、反対側は黒だったりする。ちょっとした幸運でも視点を変えてみれば自分を変えるような大きな幸運になることもあるのだ。
 運というものは思ってもいないときにやってくるものだから、でも、だからといって無心になっていればくるというものでもなくて、非常に、ごくまれに、やってくる。でも、よくよく考えてみたら実はやって来ていたなんてこともある。でもそんなことが通用するのも百パーセント中の一パーセントにも過ぎない。だけど、私は、皆は、「運」を願い、信じている。「こんどこそ」と私は一本の線に願いをこめた。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 運というものは ひたえ 82 111348577189
2 幸運について けん道少年 80 98044739080
3 福を手に入れる人 トリウム 80 94944739092
4 かねめ 80 99751708593
5 幸せを呼ぶ けん 80 97252617983
6 努力の大切さ ちはや 80 102746677487
7 幸運を呼び寄せるための努力 ブレイド 79 86041697986
8 私の名前 クローバー 79 101843547790
9 世界に通じる果物 サスケ 79 91548747790
10 名前にこめられた願い ふっくー 79 102241677586

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(中1の部87人中)


良質な喧嘩の推奨
闇の女帝
 私たちが毎日生活する上で常々行っていることは、他人との関わりである。自らの成長のため、また他人との交流を深めるために、我々は日々コミュニケーションをとっているのである。しかし、他人と交流するに於いて、いつもそれが甘美なわけではない。時としてそれは我々を精神的に負傷させる武器となりうる。だが、今の社会はコンピューター化が進み、対人関係が薄れてきているように感じる。今では、学校から帰宅してすぐにゲームのリモコンを持つ子供が増加傾向にありつつなっていると思う。ゲームの世界では自分の存在が無条件に受け入れられ、自分を中心に世界が回っている。自分中心では成り立たない対人関係よりも、我儘に振る舞えるゲームの世界でコミュニケーションをとる方が容易いのは確かであろう。すると必然的にゲームの世界に固執するようになり、他者との関わりが薄くなる。それは喧嘩をすることを拒否することと同等である。私は喧嘩はよいものであると思っている。
 第一に喧嘩をするということは、自分に正直になるということだからだ。喧嘩というのは、相手と自分の主張がぶつかり合ったときにおこるものである。喧嘩をすることを恐れて、自分の主張を持たずに付和雷同になることは、自分という存在を抹消したことになる。傷つくことを恐れて、他人に同調する姿は決して美しいとはいえない。それよりも己の信念を曲げない姿の方がよっぽど美しい。自分の主張は、自分の感性の賜物だ。それを簡単に捨てるとは卑怯だと思う。自分の心を偽装して、そこから生まれるものは果たして何なのだろうか。喧嘩の何を恐れているのだろうか。私は3年ぐらい前に大喧嘩をした。掃除の時間の最中であった。私の小学校では、掃除の分担はお掃除ルーレットで決めていた。しかし、仮にAとする人が一つ多くルーレットを回して、自分が楽な仕事になるようにした。本来、モップだったはずの私の役割は雑巾がけになってしまい、私はとても憤慨した。なぜならば、本日の掃除が簡単なモップということで、私はその後先生とのミサのリハーサルに参加することになっていたからだ。私はミサの司会役であったので、リハーサルには絶対参加しなければならず、慌てて掃除に来たのに、掃除分担が変わっていてカチンときてしまったのである。周りの人もそのことに気付き始め、ざわざわし始めたが、当の本人は気持よさそうにモップをかけている様子。私は完全にキレて、Aにつかつかと歩み寄り、モップを取り上げて言い放った。「今日のモップは私なの。勝手にルーレットを回さないでくれる?」するとAは逆上して次々に私を非難する悪言を吐き始めた。しかし、運はもう私の味方。たまたまそこへ通りかかった6年生が「何やってるの」と私に聞いてくれたのだ。Aはむっつりと押し黙ってしまった。一人の6年生がルーレットを見て「誰がルーレットを一つ多く回したの?」と尋ねたことでAはますます押し黙っていった。私はAが本当のことを吐きそうにないので「Aが自分が雑巾がけをやりたくないばっかりにルーレットを回したんです」と言った。傍から見れば、私の行為は告げ口と一緒だと思われるだろう。しかし私は告げ口魔の汚名を着せられることよりも、掃除当番を勝手に変えさせられてしまうことの方が嫌だったので喧嘩をしたのである。これは私が行動を起こさなければ、掃除が間違ったまま行われたと思う。喧嘩は必ずしも悪いものではない。自分に正直に意見を言って行う喧嘩はいいのではないかと私は考える。
 第二に喧嘩は相手のことをより深めるきっかけとなるからだ。私たちは人の心を読み取ることが出来ないので、その人にとっていやなことをしてしまうことがある。しかし、それが発覚する道具が喧嘩であったら良いのではないだろうか。喧嘩は私もできればしたくないものだ、しかし問題は喧嘩のその後なのだ。喧嘩後もそのままであったらその喧嘩の質が悪いということだ。喧嘩後にお互いがもっと深まったらどうであろうか。良質な喧嘩は、その後に様々な良いことをもたらすに相違ない。そのためには、相手を許す寛大さや、自らの行動を見直す謙虚さも必要になるのではないだろうか。
 確かに喧嘩は暴力沙汰になることもあるかもしれない。しかしそれは自分の主張が亡くなった時に、少しでも相手の優位に立ちたいと思い手が出てしまうのだ。自分の主張をしっかりと確立していれば、喧嘩はよいものになるはずだ。「一人の敵も持たない者は一人の友ももたない」という名言があるように、私は良質な喧嘩を推奨する.

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 良質な喧嘩の推奨 闇の女帝 91 186768778995
2 ドラえもんからのメッセージ チョコボ 85 110359708895
3 人間らしい生き方 きぬこ 85 1302517881100
4 不思議に思え リザードン 85 110866697184
5 清書 なかく 85 115557616999
6 科学の頭はカチンコチン? なつみかん 85 123958586896
7 おかしな科学 魔王ハデス 84 98068658381
8 ケンカするほど中が良い さおりん 83 129358557790
9 不思議 ヤヨイ 82 107352637092
10 ジコチュー ことのは 81 139458769890

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(中2の部68人中)


失敗を支える孔子の言葉
きとみ
 今、私はバレーボール部でセッターとしてコートの中心に立っている。チームの中で司令塔として活躍するセッターというポジションは、高度なプレーの上に大きな責任感がのしかかる。新人大会も近くなり、対戦校は近隣の、実力は互角の学校に決まっている。勝つか負けるか、正直なところはわからない。そんな私たちが今考えるべきことは、本当に勝敗がすべてなのか、ということだ。スポーツの世界はすべて勝ちと負けで成り立っている。稀にドローという引き分けのときには勝敗をつけないでそのまま終わるサッカーのような競技もあるが、ほとんどのスポーツではきっちりと勝敗をきめる。だから、不意に勝利こそがすべてであるという考え方に偏ってしまう時がある。しかし、本当に勝敗は大事なのだろうか。今回はこと勝敗の良しあしについて考えていきたいと思う。
 まず一つ目に勝敗をきっちりと付けるのは良いことだという考え。スポーツというのは、やる気や活気などで大きくプレーが左右される、精神的な影響が大きいという特徴がある。この精神状態は勝敗によって大きく変わってくるものだ。勝てばやる気がわいてきて、負けるとまた頑張ろう、絶対に次は勝とう、という気持ちになる。私もそうだった。私は小学校までテニス、スキー、陸上など様々な個人競技に取り組んできた。中でもテニスとスキーは小学校1年生から6年間通して取りくんだ。つらいときもあったが、大会での勝利だけが楽しみであり、つらい練習の救いであった。このころ、勝利とはとてもうれしいものであり、敗北とは単に悲しく、心がいら立つだけのものだった。しかしこの考えが変わったのは中学校に入ってからだった。私は今までしてきたテニスをきっぱりとやめ、バレーボール部に入った。バレーボールは以前からクラブにはいって練習していたので、不安やためらいもなく入部した。たしかにバレーボール自体には何もためらいはなかった。しかし一番大変だったのは競技系統の変化だった。個人競技から団体競技への変更はたやすいものではなかった。一人で自由に練習し、自分ひとりが頑張ればよかった個人競技と、いくら自分が頑張ってもそれは大きな塊の一部でしかない団体競技とでは精神面で雲泥の違いが出た。つらいこともたくさんあった。けれどそのぶんみんなで挑んだ公式戦での勝利は格別だった。結局2回戦でまけてしまったが、その負けにも学ぶことが多かった。穴のある部分をどうやってカバーしたらいいのか、そんなこともあらためて考えるいい機会になった。このように、勝敗にはそれぞれ特別な意味があり、そのどちらからも得るものがおおきいのだ。
 2つ目は勝敗をはっきりつけるのは良くないという考え。私はテニスというスポーツに6年間の毎日をつぎこんだ。みなさんはテニスがどんなスポーツだかご存じだろうか。テニスはいわゆる頭脳プレーが大切とされる。相手のいないところにボールを打ち込むのはもちろんのこと、相手を走らせ、体力を消耗させるなど作戦が大切とされるのだ。また相手の精神面を揺さぶるために自分のショットが決まったら大声で喜んだりする選手もいる。これは本来テニスというスポーツのなかだけで考えることであって、それは生活とは離して考えるべきなのだ。しかし私の場合はそのテニスとおなじような考えが、生活の中でもでてしまった。勝利だけを目指すテニスと同じように何にでも牙をむいたり、相手の嫌がることをしてしまった。これは私がテニスの中であまりにも勝敗にこだわり過ぎた結果であった。その結果テニスでは功績を残したもののクラスでは浮いた存在になり、信頼関係も壊してしまう結果となった。このように、勝敗はきっちりつけすぎると、それにばかりこだわる人がでてしまうのだ。
 確かに、どちらの意見が悪いというわけではない。だからこそドローという結果もあるのだと思う。しかし最も大切なことは、勝っても負けても、何かしらの学ぶべきものを得ることである。
勝っても負けても大切なことは溢れている。私が尊敬している、論語をかいた『孔子』の教えに、こんな言葉がある。「善なる者を択びて之に従ひ、不善なる者にて之を改む」良い人であればその長所を見習い、悪い人であればその短所を見習って自分で反省しなさい、という意味である。つまり私たちのまわりにはかならずどんなことからも学ぶべきものがあるということなのだ。私はまだまだ未熟で、これから失敗もたくさんあるし、大きな挫折だってあるはずだ。その中でも何かを学び、貴重なものを得て、その後の自分に生かしていけたらいいなと思う。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 失敗を支える孔子の言葉 きとみ 86 188763739490
2 知恵と知識 タケル 86 122562637389
3 自然と共に生きる まりりん 84 102664677393
4 「情報」「知識」「知恵」 hikari 83 1339589410690
5 スポーツの勝ち負け 文鳥 83 224953668583
6 脱皮のタイミング たけたけ 83 111551617396
7 本当の勝負 なまず大使 83 112256616989
8 激しい雨が降りつづくなかで みゆあ 80 102248667692
9 けん ななみ 80 102358547081
10 行動の原点 ハオハオ 79 94249999980

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(中3の部53人中)


原理の追求
おむふ
 新江ノ島水族館(神奈川県)には相模湾を模した大水槽がみられ、そこではイワシから大型の肉食魚までありとあらゆる魚が生態展示されている。サメ、エイ、カンパチ、ミノカサゴ、ウツボなどの魚が見る者の目を楽しませる。こうした魚の中でもひときわ目立つのが約8000匹のマイワシの群れである。群れをなし、渦を巻いたり広がったりする様子はえもいわれぬ迫力に満ちている。
 この水族館に訪れた多くの人がこのマイワシに魅了され感銘を受けることだろう。そして、この展示に対してなんの疑問も抱かず次の展示へと向かうのではなかろうか。だが、この大水槽には大きな疑問が抱かれるべきだ。「なぜマイワシは、大きな肉食魚に食べられないのだろうか?」聞いた話によると、マイワシは一日に一匹くらいの割合で食べられているそうだ。肉食魚の食性から考えても、わずかこれだけしか捕食されないというのは不思議な話である。
 これにはいくつかの理由がある。一つに、マイワシが群れをつくって全体として大きな生物に見せかけることによって捕食者に攻撃をためらわせているというものがある。これを幻影効果という(いわばスイミー効果だ)。
 また、水槽の大きさとも相関関係がみられる。肉食魚であるイワナを飼っている小さな水槽に小魚をいれたらすぐに食べられる可能性が高い。なので、大水槽で魚を飼育することによって食べられる確率を下げているのかもしれない。
 このようにしてマイワシは水槽でも自然界でも同様にしてクライシス(危機)を回避していたのだ。
 こうしたように普段我々が目にしている現象には深い原理・要因がある。この問題もさらに深く追求することも可能であるはずだ。しかし我々は往々にして、これらを深く追求せず見過ごしている傾向にある。しかし先述したように事象・事物の奥にある原理・原則を追求してゆくと思わぬ発見がみられ、それは好奇心を満たすだけでなく我々の生活を充実させてくれるものでもあるはずだ。
 ではものごとの背後にあるものを追求するにはどのような方法があるのか。それを考察していく。
 第一に「日常の中でもよくものごとを考えてとらえてみる」という方法が挙げられる。例えば梅雨。梅雨の季節の何日にもわたる雨は人々を憂鬱にする。表面的にみればあまり好ましいものではない。だがこの梅雨が稲作を中心とした日本の文化を形作る上で重要な役割を担っていることをわすれてはなるまい。こうしたように表面上だけでものごとを判断せず、その奥まで考えてみることが重要だろう。
 第二に社会全体でものごとを追求する動きを高めるという方法もある。例えば近頃なにかと話題のエコ活動。ハイブリットカー・コージェネレーションシステムなど様々なエコ活動が実施されている。CМなどでも頻繁に出てくるが、これらのものは実際どういったメカニズムでエコに一役かっているのか。そういったことが詳しく説明される機会は実にすくない。こうした奥に潜む原理・原則に関する報道・情報をさらに増やしていくべきだろう。
 確かにものごとの表面上の姿にも学ぶことは非常に多くそれを見つめることも大切である。だがそれに伴ってものごとの奥に潜む原理・原則も考えていくべきではなかろうか。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 原理の追求 おむふ 95 133674879889
2 奥行きの大切さ おのそ 93 162274899184
3 思いやりを育む想像力 ハーマイオニー 90 147767728293
4 知恵と未来 だるまー 87 118363698087
5 知恵を得るまでに得るもの トウモロコシ 84 147256638489
6 季節感 AIRIOKA 81 109348707883
7 科学への信頼 ちえのわ 80 2186538110089
8 季節の楽しみ方 いちごサクラ 79 110644668393
9 ひとりじゃない ポチト 79 91246677686
10 肌で感じる季節感 むさし 79 90051547289

 

10月の森リン大賞と上位入賞者(高1高2高3社の部142人中)


知識に支えられた知恵
さくら
 確かに、自分で考えることは必要だ。自分で考えないと人はすぐ忘れてしまう。先日、ノーベル医学、生理学賞の受賞者が発表された。日本では、iPS細胞の研究をしている山中伸弥氏ではないかと騒がれていたが、ロバート・エドワーズ氏が体外受精で受賞した。勿論、私の友人たちの間での話題もiPS細胞で持ちきりだった。山中伸弥氏は元々、整形外科医だった。しかし治療できない患者を目の当たりにして現代医学の限界を感じ、研究者に転身しiPS細胞の研究をしている。私は、iPS細胞とES細胞の相違点を聞かれたのだが、答えられなかった。今年の四月にiPS細胞について調べ、何冊も本を読んだのにだ。あわてて帰宅し、資料を読み直すと、まったく苦も無く理解できる。何故、忘れたのか、分からなかったのか。考えると答えは単純で、「単に字面を追っているに過ぎなかった」からだ。頭で理解しなければ、記憶にとどめておくことは困難だ。エビングハウスの忘却曲線からも分かる様に、無意味な単語を一所懸命に覚えても一日後には記憶したうちの74%を忘れてしまう。
 しかし、頭で考えるためには、ある程度の基礎知識も必要だ。人は言葉でものを考える。その言葉自体の意味が分からなければ、ものは考えることが出来ない。たのきゅうでは、たのう村のきゅうべえさんが色々な物や人に変身することでヤマタノオロチの弱点を聞き出し、退治する。もし、きゅうべえさんに変身する技術がなかったら、ヤマタノオロチを退治するどころか、きゅうべえさん自身が食べられていただろう。このように基礎知識がなければ知恵には発展し得ない。
 知恵も情報も知識もどちらも必要である。しかし、一番大切なのは、知識や情報に支えられた知恵である。つまり、情報や知識を取り入れ自らの頭で考え知恵を出すことが最も大切だ。「辞書のような人間になるのではなく、辞書を上手く使えるような人間になることが勉強の目的である。」という名言にもあるように、勉強の目的は単なる暗記ではない。勿論、勉強には暗記的側面があることも否めない。しかし、真の勉強の目的は、先人たちがどのように考え閃いたのかを学ぶことで、自分自身で考えることの出来る頭を持つことである。近所でも、某大手学習塾に通う小学生は大勢いる。電車内での彼らの会話に耳を傾けてみると、何をどれだけ知っているかが賢さの基準らしい。球の体積の求め方が4/3πr^3であることを知る小中学生は少なくないだろう。しかし、何故その公式で球の体積が求まるのかを知る者は少ないし、まず何故そうなるのか考えないらしい。知識ばかりが先行していることが今日、目立つように思う。知識問題で生徒に優劣を付けるのではなく、誰もが知る知識に関連させた思考問題で生徒の実力を測るような配慮が学校側に必要なのではないか。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 知識に支えられた知恵 さくら 91 11647311411089
2 人間にとっての幸福 いすも 89 135569668487
3 幸福貯金 ゆりん 87 99963929093
4 お遊戯 はっピー 86 113467657393
5 季節と暮らす えひな 84 102557687893
6 ふしぎは学問の最初の一歩 くこう 83 1696569910287
7 褒められて伸びるタイプ きへあ 82 86258818183
8 価値観 PINK 81 11175410210289
9 幸福とは ちな 81 90853747886
10 幸福の意味 野球小僧 79 101252749087



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2018年10月の森リン大賞 |  2018年09月の森リン大賞 |  2018年08月の森リン大賞 |  2018年07月の森リン大賞 |  2018年06月の森リン大賞 | 
2018年05月の森リン大賞 |  2018年04月の森リン大賞 |  2018年03月の森リン大賞 |  2018年02月の森リン大賞 |  2018年01月の森リン大賞 | 
2017年12月の森リン大賞 |  2017年02月の森リン大賞 |  2017年01月の森リン大賞 |  2016年12月の森リン大賞 |  2016年11月の森リン大賞 | 
2016年10月の森リン大賞 |  2016年09月の森リン大賞 |  2016年08月の森リン大賞 |  2016年07月の森リン大賞 |  2016年06月の森リン大賞 | 
2016年05月の森リン大賞 |  2016年04月の森リン大賞 |  2016年03月の森リン大賞 |  2016年02月の森リン大賞 |  2016年01月の森リン大賞 | 
2015年12月の森リン大賞 |  2015年11月の森リン大賞 |  2015年10月の森リン大賞 |  2015年09月の森リン大賞 |  2015年08月の森リン大賞 | 
2015年07月の森リン大賞 |  2015年06月の森リン大賞 |  2015年05月の森リン大賞 |  2015年04月の森リン大賞 |  2015年03月の森リン大賞 | 
2015年02月の森リン大賞 |  2015年01月の森リン大賞 |  2014年12月の森リン大賞 |  2014年11月の森リン大賞 |  2014年10月の森リン大賞 | 
2014年09月の森リン大賞 |  (2014年7~8月は未集計) |  2014年06月の森リン大賞 |  2014年05月の森リン大賞 |  2014年04月の森リン大賞
2014年03月の森リン大賞 |  2014年02月の森リン大賞 |  2014年01月の森リン大賞 |  2013年12月の森リン大賞 |  2013年11月の森リン大賞
2013年10月の森リン大賞 |  2013年09月の森リン大賞 |  2013年08月の森リン大賞 |  2013年07月の森リン大賞 |  2013年06月の森リン大賞
2013年05月の森リン大賞 |  2013年04月の森リン大賞 |  2013年03月の森リン大賞 |  2013年02月の森リン大賞 |  2013年01月の森リン大賞
2012年12月の森リン大賞 |  2012年11月の森リン大賞 |  2012年10月の森リン大賞 |  2012年09月の森リン大賞 |  2012年08月の森リン大賞
2012年07月の森リン大賞 |  2012年06月の森リン大賞 |  2012年05月の森リン大賞 |  2012年04月の森リン大賞 |  2012年03月の森リン大賞
2012年02月の森リン大賞 |  2012年01月の森リン大賞 |  2011年12月の森リン大賞 |  2011年11月の森リン大賞 |  2011年10月の森リン大賞
2011年09月の森リン大賞 |  2011年08月の森リン大賞 |  2011年07月の森リン大賞 |  2011年06月の森リン大賞 |  2011年05月の森リン大賞
2011年04月の森リン大賞 |  2011年03月の森リン大賞 |  2011年02月の森リン大賞 |  2011年01月の森リン大賞 |  2010年12月の森リン大賞
2010年11月の森リン大賞 |  2010年10月の森リン大賞 |  2010年09月の森リン大賞 |  2010年08月の森リン大賞 |  2010年07月の森リン大賞
2010年06月の森リン大賞 |  2010年05月の森リン大賞 |  2010年04月の森リン大賞 |  2010年03月の森リン大賞 |  2010年02月の森リン大賞
2010年01月の森リン大賞 |  2009年12月の森リン大賞 |  2009年11月の森リン大賞 |  2009年10月の森リン大賞 |  2009年09月の森リン大賞
2006年9月~2009年8月までの森リン大賞


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