森リンの丘 森リン大賞の記録


森リンの丘


 

5月の森リン大賞と上位入賞者(小1の部36人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 一ねんせいグループにいったこと あじさい 60 35544435576
2 やきゅうをみにいったこと あおの みき 59 49639435381
3 きれいになったよ きしせ 59 44541435281
4 こくごのべんきょう きおら 59 30242435180
5 はつかだいこん(ふたば) あやね 59 27539435081
6 たまごやきのこと きもれ 59 29338435092
7 おもちです きよれ 58 15338435092
8 中あてのこと きゆけ 57 28241435074
9 マリーゴールド きやに 55 10637504973

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(小2の部98人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 山口に行ったよ! じんか 67 61639506495
2 流れ星見つけた みり 66 54543445995
3 遠足 トム 65 48738476586
4 遠足 リリー 65 73242436489
5 見上げるほどでっかいナガスクジラ とらたいがくん 65 29942556387
6 ゴールデンウィークに行ったしょうわきねんこうえん おはなちゃん 65 72943466177
7 おばあちゃんの四十九日 ダイアナ 65 71139445989
8 ねこのメイク パンダ 65 62143475986
9 かるいざわ キューピー 65 55443435787
10 竹の子ほり きむち 64 40138446589

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(小3の部145人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 ゴールデンウイーク きすけ 71 45338639176
2 かるいざわの星 りすっぴ 71 85141507296
3 みんなで作っておいしさ百倍 ふうこ 71 61041527199
4 初めてのしおひがり かなろ 71 58848496787
5 楽しい関西 ぷっくりん 71 65346626574
6 犬をかうためのしゅ行 ゆいゆ 71 90853546384
7 牛の天国インド レモネード 71 80844556190
8 天国と地ごく おゆな 70 74938447787
9 牛のお通りを読んで ともひ 70 453464867102
10 コルテオ ちーちゃん 70 61039556592

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(小4の部140人中)

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 ピッチは宝物 レモン 76 81143568580
2 かわいそうだったプップ なっち 75 68751588090
3 アサガオとの出会い ふじ山 74 82042488279
4 江ノ島特製の海苔羊かん ゆかり 74 104039477987
5 コツコツ進む なるちゃん 74 68944566792
6 理科で飼っているカブトムシ 音ぷちゃん 74 78947486486
7 あっ、あぶない!! ななみ 73 62442547897
8 ベランダの生態系 なえ 73 90643487387
9 仲よし家族 スヌーピー 73 91243517179
10 たまごやきは簡単? みいこ 72 84841477481


5月の森リン大賞と上位入賞者(小5の部141人中)


機械と人間
まーりん
 人間は機械に無意味ではないのだ。計算ができたり、記憶できたりすることが、脳をすぐれた脳と思うようになる。私がこの話を読んで感心したのは、機械と人間は同じではないことだ。人間は機械よりずっと前に生まれているから、ガンの治りょうは成功していそうなはずなのに、その治りょうはあきらめざるをえなかった。一方、機械のほうは火星ロケットを作るのに成功している。後の方にできたのになぜだろう。まるで、うさぎとかめみたいだ。
 最近、いろいろなパソコンができてきた。パソコンの画面をタッチするだけで操作ができたり、ノートパソコンや、会社で着るスーツの内ポッケトに入るぐらいコンパクトな小型パソコンもあって、昔の人が見たらびっくりすると思う。今の時代、パソコンがないと困るぐらいどこにでもある。ところで、パソコンはどれほど便利だろうか。私は考えてみた。パソコンは文字を打って文章にしたり、インターネットで知りたい情報をすぐに検索できる。非常に便利だ。しかし、みんながパソコンを使うようになってちょっと困ったことがある。それは、漢字が書けなくなることだ。パソコンは言葉を入力すると勝手に変かんして漢字になる。そのシステムばかりにたよっていたら、いつのまにか漢字が書けなくなるだろう。みんなが書けなくなったら、日本の経済は良くならないと思う。ではどうしよう。パソコンを使っていても漢字を書けるようにするにはどうすれば良いか。私が考えたことは、勝手に変かんしないようにすることだ。すぐに変かんするのが悪いと考えたからだ。また、パソコンで目を悪くする人がいる。多分、画面が暗すぎるのだと思う。だから画面をもっと明るくすればいい。私はパソコンで目が悪くなったことはないが。明るい画面で操作すれば絶対目は悪くならないと思う。
 次に、もし子守りロボットがあったらなと私は考えた。そのロボットとは、母親が買い物に出かけている時に子供の母親代わりにみていてくれるロボットだ。しかし、一つだけ問題がある。赤ちゃんをだくとき、母親は愛情をもってだくから、赤ちゃんはおちつくのだと母が言っていたが、機械にはそんな愛情がない。だから、いくら機械がだっこしても赤ちゃんはおちつかないのだ。機械は役にたつこともあるが、役にたたないこともある。人間も機械を助けなくてはいけないときもあるなと思った。
 未来はいったいどうなるのか知りたいと思うときがある。もし、みんな機械にたよっていたら、頭も体も力も使わなくなって死んでいくのではないかと私は思った。だから、機械がないと困るときはあるけれど、機械ばかり使っていると大変なことになることが分かった。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 機械と人間 まーりん 80 110054577684
2 バナナジュースが! シャーロック・ホームズ 79 124739749580
3 人類の長年の工夫 なぞのたびびと 79 77349798284
4 ワッ八ッハ? 大笑い 四葉のクローバー 78 100939578483
5 人間は人間 ぴょんぴょん 77 131948487484
6 パクリが大好きな人間 孫悟空 76 188038526689
7 楽しかった長瀞 ベースボール 75 95841587980
8 人間とは何だろう ネッシー 75 72456576492
9 感情をコントロールして・・・ ピッピ 75 81747556386
10 楽しい料理つくり いなりずし 74 108952466481


5月の森リン大賞と上位入賞者(小6の部133人中)


スゴイぞ・・・言葉!
あんこ
 私は、十二月の下旬ごろから年賀状を書き始める。一人一人にちがうメッセージを書きたいのだが、ついついかぶってしまう。それが、どうしても気にくわない。仲の良い友達には、できるだけ多く書きたい。例えば、「今年もヨロシク! また、たくさん遊ぼうね。」と書いたとする。最初はこれでいい! と思うのだが、後ろから他の子には一体なんて書いたらいいのだろう? とすごく悩んでしまう。すごく仲の良い子には、誰にもかぶらないにしたいのだが、それが思う以上にすごく難しいことなのだ。他の人には、「今年もヨロシク! たくさんおしゃべりしようね。」と書いたとしても、やはり二、三人とは同じになってしまうのだ。でも、他には言葉が思いつかない。同じになってしまうのは仕方がないことなのか? そんなことをいろいろ考えていたら、あまり書けずに時間がどんどん過ぎていた。まるで夜、すごく眠れない時みたいに。すると、突然大きな声がした。
「年賀状を書くのに、そんなに時間をかけないの。ペンとたくさん出したら、片付けが面倒くさくなるでしょ。早くパパッと書きなさい。そんなに考えこむなら、必ず書く文は印刷してあげようか? そこに一、二行自分で書けばいいじゃない。」
と母に見本を作ってもらいながら言われた。印刷だったら、その子の好みの色が上手に出せないじゃん! と思った。ペンをたくさん出していたのは、それぞれの子が好きな色で書いていたからだ。メッセージをパソコンで印刷した年賀状は、どうでもいいので担任の先生に渡すことにした。結局、そこまで仲の良い子ではない人には、全員統一して、「今年もヨロシク! これからもナカヨクしてね。」と書くことにした。ものすごく気にくわなかったが仕方ない。言葉というのは、帯に短したすきに長しなのだから。
 私はいろいろなキャンペーンに応募するのが大好きだ。今までに、二回当たったことがある。景品が来るころには応募したことを忘れている。だから、当たるとよけいうれしく、びっくりするのである。一人で留守番をしていた時に、宅配便で私宛に小包が届いた。すぐに開けてみると、そこには商品券が入っていた。何だ? と思うと、前に応募したものが当たっていたことに気づいた。それが初めて応募して当たったものだったから、言葉に表せなかった。この喜びをどう伝えたらいいのか? 結局、何も浮かばず、
「見て! 前に応募したものが当たったよ!すごくない?」
と母に言った。何かものすごく物足りないが仕方ないので、この喜びは自分だけしか知らないものにしようと思った。
 「言葉」は、思う以上にとても難しいことだと思う。すごく相手に伝えたい時に限って、ちょうどよい言葉がないからだ。だからと言って、自分で作ってしまうのはどうかと思う。でも、言葉はすごいと感じる。少し間違えると相手をきずつけてしまうこともあるけれど、自分の気持ちや考えをしっかり伝えることができるのは、言葉だけだ。人間にとってことばとは、とても力があるものだ。
 明日から、誰かが元気になるような力がある言葉をたくさん使うぞ!

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 スゴイぞ・・・言葉! あんこ 83 127747567084
2 日本語で気持ちを伝える ピロシ 82 121251648084
3 私のコレクション クローバー 81 125946658095
4 論より五感 まかじろう 80 12535112112084
5 不思議! コレクション けん 79 125146879786
6 キャンプへ行ったこと ひたえ 79 111449628283
7 ああもどかしい! はるりん 79 125743617579
8 ヒャハハハハ コレルリ 78 1347469911183
9 マニア道 しもん 78 65949789074
10 世界で最も欠かせないもの さしみ 78 99252537583

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(中1の部100人中)


物事はお金に換えるものではない
さおりん
 私は物をお金に換算してその価値を考えることには賛成ではない。
 その理由は、お金に換えてしまうと素の状態だった時、新たな発見ができたことも見失ってしまうからだ。たとえばリンゴが一個自分の目の前にあるとする。そしたらこれをお金に換えるといくらになるだろう。また、その採点基準は何だろう。人は(私も)リンゴの色合い、つや、におい、そして味、というようにまだまだあるかもしれないが様々なことを元に価値をつける。その例はセリだ。セリをする人々は今挙げたようなことを情報として仕入れ「はい、これ○○円ね。」という風にやっていくかもしれない。しかしそのたった一つの今、値段をつけられたリンゴを百円としてみよう。では本当にこのリンゴには百円分の価値しかないのだろうか。そうではない、と私は言い切れる。本で読んだが農家は自分の育てた作物にわが子に対するような思いがある。今、宮崎県で起こっている口蹄疫という病気。これは作物ではなく家畜だが、テレビで自分の育てた動物が法律により処分されることに涙を流していた。それは家畜に対する言葉では言い切れないような思いがあるからこそ流せた涙だ。もし何の思い入れもなかったらそんな感情になるはずがない。だからこの一個百円という価値をつけられたリンゴは実際農家の人からとても大切に扱われてたに違いない。また農家の人たちの苦労。そんなこともリンゴには込められている。こう思えば本当は百円以上の価値のリンゴを百円で食べているのだ。このことをたくさんの人が知ればこのリンゴを百円だからいいやと言いながら粗末にする人はいなくなるだろう。
 第二の理由はお金に変えてしまうとそのものの真のよさが分からなくなってしまうからだ。私の住んでいる神戸の街の夜景。正確には忘れたが確か百万ドルの夜景と呼ばれていたと思う。実際に私も見たことがあるが実にきれいだった。なぜ百万ドルと呼ばれているのかというと、景色を見たとき、そこにある光の量などを計算してこう呼ばれるようになったのだ。私はこの夜景をいろんな人に教えたいし見せたいと思う。しかしこんな反応だけはやめてほしい。それは百万ドルの夜景と言ったら「へぇ?すごいね」というのに神戸の夜景は奇麗だよと言ったら「ふ?ん」という明らかに対照的な反応をする人だ。他しかし百万ドルといったほうが情景もイメージしやすいし、余計にきれいなのだろうなという想像も膨らますことができるしかし私にとってこれらは、ただ百万ドルという言葉にだけ反応しているように思えてしまう。神戸は昔阪神淡路大震災という大きな地震があった。だからこの時はもちろん今のような夜景なんて見えなかった。しかしこんな素敵な夜景が今、見られるということは、震災から人々が協力し合ってここまで立ち直って来たという証拠なのだ。だからいつでも明るい暮らしができ、百万ドルという夜景が人々の手で出来上がった。それを百万ドルという値段にたとえられた価値ですごいと思ってほしくない。このきれいな夜景の裏には真の価値が隠れているということも知っておいてほしい。
 確かに物事を「○○円」という風にするとわかりやすくていいかもしれない。しかしそれはあくまでも一時的なことでしかないと思う。「自分の心のうちにないものは何一つ自分の財産ではない」という言葉のように、お金という事柄で価値を表わせないことがたくさんある。その例が思い出だ。思い出なんかに「○○円」という価値なんて誰にもつけられはしない。いわば、物に価値なんて付けようがないのだ。私は自分なりに物事の判断をしていくつもりで価値なんて付けるつもりは一切ない。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 物事はお金に換えるものではない さおりん 89 149963748089
2 心に置く「間」 はるかぜ 87 130059828892
3 「間」というのは重要で… あまぐり 86 116258718490
4 学習の意義 闇の女帝 86 99959818387
5 「間」と書いて「ま」と読む ことのは 84 127666578092
6 真の教養 カモミール 84 104857777790
7 201005.4数年前、森林関係の研究所に(清書) コッペパン 83 97156717984
8 かさぶただって先生だ なつみかん 82 115961578486
9 難しい日本語 チョコボ 80 89249627797
10 ゴミ リザードン 79 81147697990

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(中2の部74人中)


父親の在り方
たけたけ
 今、父が父でなくなってきている。父の役割というもは家族を統合し、理念を掲げ、文化を伝え、社会のルールを教えるというものであった。しかし、こういう父でなくなった父の典型である「友達のような父親」は、上下の関係を意識的に捨ててしまって価値観を押しつけることは絶対にしなくて子供の自主性を重んじようとする。こういう「友達のような父親」は、実は父ではない。父とは子供に文化を教えるものであって、伝えるとはつまり、価値観を押し付けること、と言う事も出来る。自分が真に価値あると思った文化を教え込むのが父の最も大切な役割であって、上下の関係があり、権威を持っていて初めてそれが出来るのであって、対等の関係では文化を伝えることも出来ない。「もの分かりのいい父親」は父の役割を果たすことが出来なくなった父と言うべきである。
 頑固で厳しい価値観を押し付ける父親は良い。何故かというと厳しい父親に育てられた方が逆境に負けない心が出来るし父親とこの上下関係が出来ることで目上の人に対しての態度をわきまえることができるからだ。このような父親の良い例が「サザエさん」の波平さんだろう。子供のカツオが悪戯をした時に「バッカもーん!!」と言いながら説教をしているところを見ることは少なくない。こういうシーンを見ると上下関係がはっきりと区別されていることが分かるし、今の父親には見えなくなってきている価値観を伝えようとする姿が見える。僕の父もどちらかというとこのタイプだと思う。流石に波平さんのようには怒鳴りつけたりはしないが、甘やかすようなことは絶対にしない。しかし、相談に乗ってもらう時もあるから、時と場合に応じてこの二つを使い分けているような感じがする。
 一方、物分かりの良い友達のような父親にも良さがある。「サザエさん」の中で波平さんと正反対と言えるお父さんとしてマスオさんがあげられるであろう。お父さんというよりはお兄さんといった感じで、いわゆる、典型的な「友達型お父さん」である。怒鳴ったりすることは絶対にしなくていつも子供たちと対等な位置関係となっている。(実際はカツオとマスオさんは義弟の関係にあるのだが。)このような父親は、だれとでも親しみやすく、上下関係がないから遠慮がそんなにいらない。だから、気軽に相談することが出来たり、気軽に話すことができる。しかし、上下関係が逆転して父親が子供に従うようになっては困るが(笑)
 確かに、波平さんのような本来の頑固な父親にも、マスオさんの様な物分かりの良い友達型父親にもそれぞれ良いところがある。しかし、一番大切なことは、「他人から尊重されるには、まず、自分で自分を尊重できなければならない。」という名言があるように、父親が自分の子育てに自信を持っていること。そして、子供たちが安心してついていくことが出来るような父親がどんな父親よりも良い父親なのであろう。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 父親の在り方 たけたけ 87 119764647686
2 便利の裏に潜むもの なまず大使 86 189959647590
3 島国言語と大陸言語 ゆうたん 84 113551737889
4 古きもの知るこそが新しい きとみ 84 111654617783
5 便利な生活 パダワン 83 114052858587
6 私たちの生活 かりる 81 104456607489
7 島国と大陸の言語 チョコ 80 99449616496
8 偏りのない生活 201系 79 118152769892
9 ベストライフ ハオハオ 79 91549637280
10 こゆき 79 95549626589

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(中3の部62人中)


読書
おむふ
 本の歴史とははるかなる上古にまでさかのぼる。だが、製本技術が発達しはじめる時代とは比較的現代に近い時代である。製本技術がまだ発達していなかった時、本は王侯貴族、僧侶の占有物であったそうだ。ヨーロッパの古の図書館においては本に鎖をつけて保管するようなこともあったという。しかし歴史とは変わりゆくものだ。イギリスのジョン・ニューベリーという人物はある時子供の本の出版を取り組んだのだ。十八世紀のなかごろ、ロンドンのセント・ポール寺院の境内にて本屋を営んでいたそうだ。 とはいえどもこうして考えてみると人々が本を楽しむようになった歴史とはそれほど長大なものでもない。わずか二百五十年ほどである。本が人々に流布することのなかった時代にも偉人、賢者は多くいたのだ。人々は書物を知らずとも浄福なる文化をなしてきた。しかし現代では「子供の読書活動の推進に関する法律」といったものが施行されるなど本を読むことは社会的な活動にまでなっている。だが真に本を読むことは必要なのだろうか。娯楽の一環という意見も挙げられるが今日ではテレビや漫画といったもののほうが娯楽として人気を博している。では読書の意義とはいかなるものなのか。 これは私自身が考えたこの問いに対する答えではないのだが共感できるものなのでここに述べておく。本とはなにかを伝えるがためにあるのかもしれぬ。己の信念、強健なる心意気、ほんわりとした思い。そうしたものを鮮烈に伝えることができるものこそ本であろう。書き手から読み手へとなにかを伝える。それこそ本のある意義である。
 もちろんテレビや漫画でもなにかを伝えられるだろう。だが本にはこれらにはない一面がある。それは自由感である。テレビ、漫画はもとから視覚的な刺激(映像など)を与えてしまっている。つまり常になにかを与えられるという受身の状態である。だが、本は想像を掻き立てる。自ら文字の意味することを想像することにより積極的に本の内容を感じようとする。これぞ本の真の豊麗な味彩だろう。そして想像により伝承をなしてゆく。まさに読書の奥義だ。故に我らは本を読まねばなるまい。読み手と書き手のこの伝承という形でのつながりはしいては宇宙のつながりにもなりゆくはずだ。そうとも、私は読書にいそしむという意味での賢者となりたい。しかしそうした生き方をしてゆくにはどうしたらいいのだろうか。これからそれを考えてゆく。
 一つの意見として自分にはなにが必要であるかをしっかりと判断してゆくということが挙げられる。 南アフリカ連邦の南方での話しだ。いつしか失われてしまった古代のこと。この国のある部族は「伝える」という行為を口承という形で行っていた。氏族の誉れ、規範や習慣そうしたものを大人が子供たちを集めて語っていたそうだ。つまり本の役割を語りが果たしているということだ。しかしそうした語りの習慣は破局しつつあるそうだ。テレビが部族の家庭に普及することにより、子供たちはいつしか語りに興味を示さなくなり、テレビに熱中するようになってしまったのだ。しかしよくよく考えてみるとこれは単なる読書離れではすまされない問題をはらんでいる。子供らの生きてゆくための知恵や知識といったものは大人からの語りによって組み成されていた。大人の様々な配慮によって年齢、状況に応じて適切に子供たちにはものごとが伝えられていたのだ。しかしテレビにそうした配慮はない。テレビは必要としていない情報も当然のこととして放映されている。つまりあるべき知識や知恵を取り入れることができないのだ。本の便利さとは語りに似た一面を持っている。いつでも好きな時、場所で必要な情報だけを取り入れることができる。自分の判断の及ぶ領域での情報収入源というわけだ。がむしゃらになんの判断もなしに本を読んでいてはテレビとなんら変わらない。自分になにが必要であるかを適宜に判断することによりはじめて読書に血が通い意味のあるものとなるのだ。この読書法とは同時に私を含めた“人々”に読書を「推進」させることとなる。自分が必要とするものはどこにあるのか。そうすればおのずと本にたどりつき伝承の中で必要な知識がとりいれられていくはずだ。
 しかし読書が我々にもたらすものは現実の事象には劣るかもしれない。「事実は小説より奇なり」という言葉もある。テレビ、漫画、スポーツそうしたものから得る喚起は実に多彩であり偉大でもある。それは直に感じるものであるからかもしれぬ。だが読書をその中に織り交ぜてみてはどうだろうか。読書で得たものはスポーツ、音楽、テレビの楽しみをより一層豊かにしてくれるはずだ。行動の中で人の思いを書物で感じてゆく。それこそあるべき生き方なのではなかろうか。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 読書 おむふ 92 194481848686
2 言語の違い もさん 83 98153788093
3 研磨剤『父親』 arugebak 82 125151818489
4 強い意志を持って生きる いちごサクラ 81 109546566886
5 感性と豊かな表現 ショウ 80 87554607492
6 難しいねボールの投げ方 トウモロコシ 79 122554679277
7 進化した人間と自然 音楽大好き少年 79 91244698384
8 やりとげる心 ポチト 79 109046597586
9 オノマトペ 疾風 78 77856697381
10 僕のあつめているもの なりし 74 64144627783

 

5月の森リン大賞と上位入賞者(高1高2高3社の部148人中)


時計の針と時の速さ
いさせ
 「時について考えるには、時をまずその原初の意味についてとらえ直す必要がある。そうすると、時は『もの』である。手で捕まえらることのできる『もの』、眼で見、耳で聞くことのできる『もの』である。時はタンジブルなものである。桜の花の咲くとき、梅の実の黄ばむ時である。そういう時に逢う時、それが時である。古池や、蛙とびこむバッシャ という音、それが時である。『もの』を離れて時はない。」
 時間、とは何者なのだろうか、この世で唯一全ての人間に対して平等に与えられるもの、絶対に止まることのなく、何人にも止められないものだ。それが解っていても、時間とは何かと聞かれて、すらすら答えられる人は、かなり稀だろう。つまりそれだけ時間というものは、人間の身近にありながら、理解されていない存在なのだろう。
 たいていの人は、時間の話をする時、時計を想像するはずだ。なぜなら、われわれの生活は、このチクタクと進む針によって動かされ管理され、振り回されているからだろう。時間が絶対的だと考える理由はここにあるかもしれない。ところがこの分の著者はそうは思ってはい無いようだ。どういうことなのだろうか。
 「桜の花の咲く時、梅の実の黄ばむ時、それが時である。」この著者は、時間は本来もっと感覚的で感じることのできるものだと考えているらしい。確かに私いたちの感じる時間には緩急がある。楽しんでいるは一時間もあっという間に過ぎ去るし、苦しんでいる時は一瞬が永遠にも感じられる。まぁ当然のことながらそう感じているという心理的な問題であって、本当に時計の針が速く進んだり、遅く進んだりするわけでは無い。
 話題が少し脱線してしまうが、時計とはなんなのだろうか。時計は地球の自転の周期を正確に区切ったものだ。昔々は地面に棒を立ててその影の角度を見る、なんて粗末なものだったが、今や誤差何億分の一なんてレベルの時計すらある。いずれにしてもそれらは人が造ったものだ。と、言うことは、我々が時間、だと思っている概念も、人の手によって造られたといえる。
 つまり、感情の変化と時間の経過という問題は一見何の関係もないように見えて、密接にに関係しているのだろう。そう考えると、時間というものは人が「あぁ、もう夕がただなぁ」と夕日を見て思ったり、寒くなってきたので「もうふゆだな」と思った時、感覚的な時間の針は進むのかもしれない。時計の針は、人間の計測したものであって、現実ではあるが、人の心理とは無関係であり、時計を見て意識するのは時計上の記号だ。計ったものと、感じたものは違うのだということだろう。時計の針はすべての人に平等であるが、それをどう受け取るのかはその人のその時点の感情によってすすむのだ。
 もしこの世から時計をなくしたらどうなるのだろう。どこかの推理小説では、『時計から解放された人は、かえって時計に忠実になる』だそうだ。かつては人間も時計などもっていなかった。もしこの言葉が事実なら、時計を持っている人々が自ら造った時計という物体の針のリズムに踊らされている様は、時計を持たない人々や動物たちには、何とも滑稽に見えるかもしれない。

順位題名ペンネーム得点字数思考知識表現文体
1 時計の針と時の速さ いさせ 88 130168668187
2 集団の統一 LOLLIPOP 87 129557748593
3 劇は、つねに宗教的な(感)   まいう 86 130754778790
4 言葉とは さきか 85 109166587690
5 休息の取り方 ゆうちゃり? 85 118457607487
6 散らかった部屋を片付けるような時代 くま王子 85 128756687281
7 日本人の美徳 さくら 82 100157979990
8 共感すること さくら 81 101456627192
9 宝の持ち腐れ? ゆりん 80 81654798293
10 お金の価値 サマー 79 86946658297



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2016年05月の森リン大賞 |  2016年04月の森リン大賞 |  2016年03月の森リン大賞 |  2016年02月の森リン大賞 |  2016年01月の森リン大賞 | 
2015年12月の森リン大賞 |  2015年11月の森リン大賞 |  2015年10月の森リン大賞 |  2015年09月の森リン大賞 |  2015年08月の森リン大賞 | 
2015年07月の森リン大賞 |  2015年06月の森リン大賞 |  2015年05月の森リン大賞 |  2015年04月の森リン大賞 |  2015年03月の森リン大賞 | 
2015年02月の森リン大賞 |  2015年01月の森リン大賞 |  2014年12月の森リン大賞 |  2014年11月の森リン大賞 |  2014年10月の森リン大賞 | 
2014年09月の森リン大賞 |  (2014年7~8月は未集計) |  2014年06月の森リン大賞 |  2014年05月の森リン大賞 |  2014年04月の森リン大賞
2014年03月の森リン大賞 |  2014年02月の森リン大賞 |  2014年01月の森リン大賞 |  2013年12月の森リン大賞 |  2013年11月の森リン大賞
2013年10月の森リン大賞 |  2013年09月の森リン大賞 |  2013年08月の森リン大賞 |  2013年07月の森リン大賞 |  2013年06月の森リン大賞
2013年05月の森リン大賞 |  2013年04月の森リン大賞 |  2013年03月の森リン大賞 |  2013年02月の森リン大賞 |  2013年01月の森リン大賞
2012年12月の森リン大賞 |  2012年11月の森リン大賞 |  2012年10月の森リン大賞 |  2012年09月の森リン大賞 |  2012年08月の森リン大賞
2012年07月の森リン大賞 |  2012年06月の森リン大賞 |  2012年05月の森リン大賞 |  2012年04月の森リン大賞 |  2012年03月の森リン大賞
2012年02月の森リン大賞 |  2012年01月の森リン大賞 |  2011年12月の森リン大賞 |  2011年11月の森リン大賞 |  2011年10月の森リン大賞
2011年09月の森リン大賞 |  2011年08月の森リン大賞 |  2011年07月の森リン大賞 |  2011年06月の森リン大賞 |  2011年05月の森リン大賞
2011年04月の森リン大賞 |  2011年03月の森リン大賞 |  2011年02月の森リン大賞 |  2011年01月の森リン大賞 |  2010年12月の森リン大賞
2010年11月の森リン大賞 |  2010年10月の森リン大賞 |  2010年09月の森リン大賞 |  2010年08月の森リン大賞 |  2010年07月の森リン大賞
2010年06月の森リン大賞 |  2010年05月の森リン大賞 |  2010年04月の森リン大賞 |  2010年03月の森リン大賞 |  2010年02月の森リン大賞
2010年01月の森リン大賞 |  2009年12月の森リン大賞 |  2009年11月の森リン大賞 |  2009年10月の森リン大賞 |  2009年09月の森リン大賞
2006年9月~2009年8月までの森リン大賞


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