森リンの丘 森リン大賞の記録


森リンの丘


 
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10月の森リン大賞と上位入賞者(小1の部54人中)

とても長かったSLの汽笛
とらたいがくん
 九月二十三日、京都の梅小路じょう気きかん車かんへ、兄、母と三人で行きました。
 一番楽しかったのは、D五一というSLきかん車にのったことです。どうしてかというと、今までにのったどの汽車よりも大きな音がする汽笛だったからです。
「ぼくのおなかがはれつしそうに、ぴくぴくするよ。」
と母に思わずいいました。
「ポーー。」
と一分ぐらい長い時間なりつづける汽笛でした。
 汽車にのってびっくりしたのは、さいしょに後ろにむかってはっ車したことです。
「どうやってバックするのかなあ。」
ぼくはふしぎでたまりません。
 車両の後ろには「昭和二十一年」ときざまれたプレートがついていました。
「むかしはどうしてこんなきかん車をつくったのだろう。」
もっとしりたいので、またきかん車かんへ行きたいです。

学校のおいしいザクロ
リリア
今日は、とってもとってもとってもうれしいことがありました。
 それは、ザクロがたべられたことです。とってもとってもおいしいザクロでした。口に入れてかんてみるとまるでいくらのように「プッチ」っとかわの中からあまいしるがでてきました。ザクロはいくらとかたちもおなじだし色もおなじでした。まだかわと実の中に入っている時は、赤いかわしか見えないけどわるとはだ色のたからばこの中に赤のダイヤモンドがキラキラかがやいているようでした。
 先生がりょこうへいったときザクロジュースをのんだ話しを、ききました。
 おともだちと、
「ザクロジュースってあるんだね」
って、びっくりしました。
「わたしもザクロジュースのんでみたいなー。」

きゅうしょく
きせあ
十月十六日のきゅうしょくは、中かどんとコーンスープでした。わたしは、コーンスープがすきです。なぜかというとコーンがあまくて、とろとろくちにとけるようなかんじだからです。
 きゅうしょくのじかんにクイズがでます。クイズががりさんが、
「クイズをいってもいいですか。」
といって、その日のこんだてのざいりょうがどこからきたかというもんだいをだします。こたえは、ばんごうでえらびます。そのよう子は、まるでテレビばんぐみのようです。わたしは、あまり正かいしません。
 わたしは、さいしょきゅうしょくがいやだったけど、さいきんは、のこさないでたべられるようになりました。あと生のトマトもたべられるようになりたいです。

はろうぃんぱれーど
きてや
 ぼくは、がっこうにまずいった。ともだちとおんなじいしょうをきていった。それのなまえはじぇすたーおやった。おれはおもわず、
『やったーーーーーー』
と大きなこえでいってしまったのです。つのがすごくぼよよんだったのです。おもわずこおいったのです。
『はっははっははっはっははあ』
リードといっしょにきめた。
こんぴゅうたあでかった。いろはあかとくろ。ぱれえどはぜんいんで三百十五にんぴったりきました。ぼくは、びっくりした。なぜかというといままで三百十五にんぴったりこなかったからです。ぐうぐうねているあいだにもおあさになりました。ぼくのいよううのみみがまるでおにみたいなつのでした。

ごめんね、バッタ
クリーム
 十月十四日におねえちゃんがかなへびをつかまえました。あとバッタとオオカマキリもつかまえました。
 わたしはかなへびをみたとき、
「さわってもいい?」
とききました。おねえちゃんは、
「いいよ。」
と、いいました。
 さわってみるとおもったよりかるくて、まるでちいさなきょうりゅうみたいでした。
 おともだちのはっとりわかなちゃんと、はせやまあやこちゃんといっしょにバッタをさがしにいきました。どうしてかというと、かなへびにあげたかったからです。
 わたしはみつけられなくて、おともだちもみつけられなかったけど、おねえちゃんたちはみつけました。みつかっていいなーとおもいました。
 だけど、カマキリもバッタもみつかってしまってかわいそうです。でもかなへびもおなかをすかせてしまいます。だからやっぱりしかたありません。
 つかまえたときバッタは、あしをバタバタしていました。ちょっとかわいそうでした。
 バッタは食べられちゃうからかわいそうだけど、かなへびもおなかをすかせたらかわいそうなのでしかたないよね。ごめんね、バッタ。

せいかつかけんがく
おはなちゃん
 十月二三日金よう日、わたしは、せいかつかけんがくにいきました。8じ30ぷんにいきました。
せんせいが、
「そとに、でて、ならんでください。」
といいました。金よう日はあさうんどうがありましたが、せいかつかけんがくのため、一年生だけ、ありませんでした。せんせいが、
「リュックサックのなかに、こくばんにかいてあるものいれましたかー。」
といいました。まるでえんそくではないのにえんそくみたいでした。すいじょうこうえんでは、まつぼっくりをひろったりどんぐりをひろったりおにごっこをしたりしました。うんどうこうえんでは、ゆうぐをしたりおにごっこをしたりしました。まるでキャンプみたいでした。
ひろってきたものはまつのき、まつぼっくり、どんぐりをひろってきました。ひろってきたものでクリスマスツリーをつくろうとおもいました。はやくクリスマスきてほしいなーとおもいました。もっとあそびたいなーとおもいました。

うんどうかい
トム
 九月二十六日は、うんどうかいだった。たけもとせんせいがいわれた。  
「今日は、ほんばんなので、じぶんの力をぜんぶ出しましょう。」
一ばんどきどきしたのは、かけっこだ。かけっこは四人ではしる。いよいよかけっこのときがきた。ぼくは白ぐみで、十二ばん目にはしる。ぼくは白ぐみのたに口くんにいった。
「たに口、おれらが本気ではしれば、あかをばいばいできるだろ、だから、本気だせよ。」
ぼくはじゅんばんをまっているあいだ、ずっと足がぶるぶるふるえていた。いよいよ、ぼくのばんがきた。ぼくはスタートラインにたった。ますますさっきよりも足がぶるぶるふるえて、とりはだがたってきた。
「いちについて、よういドン。」
とピストルがなった。ぼくは足がふるえていたので、でおくれた。まるで、かめにぬかされたうさぎみたいに一しょうけんめいにはしった。けっきょく、れんしゅうとおなじ三ばんだった。つぎの二ねんせいでは、一ばんになりたい。スタートのれんしゅうをしようとおもった。どうしてかというと、ついよそ見をしてしまうからだ。

運動会
ききら
十月四日に、運動会がありました。かけっこと玉入れと朝礼と応援合戦とリズムがありました。そのなかで一番楽しかったことは、かけっこです。どうしてかというと走るのが好きだからです。一番べべだったけどみんなが、「がんばれ」と言ってくれたのでうれしかったです。まるでみんながうさぎのように、速く走っていました。かけっこが終わったとき汗をいっぱい体中にかきました。私は、汗をかくのが好きです。なぜかというとさわやかな気持ちになるからです。お母さんとお父さんに、「かけっこの練習しようね」といわれました。私も練習がんばろうと思いました。やっぱりべべは、くやしいからです。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 とても長かったSLの汽笛 とらたいがくん 62 34539485993
2 学校のおいしいザクロ リリア 61 31037465690
3 きゅうしょく きせあ 61 30339435590
4 はろうぃんぱれーど きてや 60 29041435289
5 ごめんね、バッタ クリーム 60 46241435090
6 せいかつかけんがく おはなちゃん 60 40044464793
7 うんどうかい トム 59 45242435576
8 運動会 ききら 59 27844435176
9 ドーナッツ きてや 59 18139435083
10 あかちゃん きはる 59 26143434883

 
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10月の森リン大賞と上位入賞者(小2の部94人中)

お母さんのしごと
ひなた
 わたしのお母さんは、しごとをしています。「N整形外科」というびょういんで、月、水、ときどき土曜日にしごとをしています。もも色のふくとズボン、大野とじぶんのみょう字がかいてある名ふだもつけてはたらきます。お母さんは、びょういんの中で何のかかりをするかというと、おいしゃさんの手つだいをしたり、ちゅうしゃをしたりするかかりです。そんなしごとをしているお母さんを見て、楽しそうなので、わたしはいっしょにやってみたいなと思いました。まるでしごとはちえあそびみたいです。理ゆうは、いろいろ考えてむずかしいけれど、あそびみたいに楽しいからです。水曜日など、学校がたんしゅく日かの日は、早くかえるので、手つだいをします。何の手つだいかというと、ちゅうしゃのはりをこていするテープを切って、紙にはる手つだいをします。あと、すいている時は、うけつけの手つだいをしたりします。おわったら、やさしくて大好きなうけつけのNさんが、
「ひなちゃん、きょうもよくがんばったね。こんどくる時を楽しみにしているからね。」
と、まるで、シュークリームのとろけるクリームのようなやさしい声で、ほめてくれます。わたしは、しごとというものは楽しいとわかったので、大きくなったら、お母さんやNさん、それからN整形外科ではたらいている人たちのように、すてきなしごとをしたいと思いました。

神戸のおじいちゃん、おばあちゃんち
ちーちゃん
秋のシルバーウイークにパパのおじいちゃんとおばあちゃんのうちへ行きました。車で行きました。家族みんな、
「えーっ。」
とおどろいた顔をしても、パパは、
「車で行った方が楽ちんだよ。」
とへいきな顔で言いました。そして、とうとう、車で仙台から神戸まで行くことになりました。ママが地図を見せてくれて、
「ここから。ずうっと通って。神戸まで行くんだよ。」
と、教えてくれました。パパとママがかわりばんこに、運転しました。福島県の会津若松を通って、新潟県ヘ入りました。新潟県は見わたすかぎり、たんぼでした。まるで黄色いじゅうたんみたいでした。次に富山県に行きました。富山県には山がいっぱいありました。次に石川県に行って、サービスエリアでお菓子とミニカーとキーホルダーを買ってもらって、さらに、金沢市では海にしずむ夕日を見ました。すごくきれいで、まるで絵みたいだなと思いました。金沢市のあと、福井市を通って、滋賀県に入るとじゅうたいしてきました。そして、京都府を通るころねむりそうになりました。やっと、神戸のおじいちゃん、おばあちゃんちにつきました。夜の十時すぎだったので、おじいちゃんはねまきのままでした。「よく来たね。」
と笑いながら言いました。お部屋でおばあちゃんも
「よく来たね。」
と、いってくれました。うれしかったです。次の日、お昼になって、みんなで、あわじしまに行きました。ブリッジをわたるとき、まるで空を飛んでいるみたいにきれいで、速かったです。みんなで、サービスエリアによって、かんらんしゃにのりました。ながめがすごくきれいでした。そこで、おばあちゃんとおじいちゃんとお別れしました。帰り道はちがう道をとおりました。楽しかったけど、十時間も、車に乗ているのはもうあきあきです。

七五三のこと
アルセウス
 ぼくは、十月のれん休に、山形けんのおばあちゃんの家に行きました。お母さんと妹とぼくで行きました。お父さんは、しごとだったのでつぎの日にきました。飛行機で行きました。その日は、たい風だったので、ひこうきがゆれてこわかったです。おばあちゃんの家について、すぐにねました。夜中はあらしだったので、ねるときもこわかったです。まるで、おばけが家のすぐ外にいるみたいでした。
 つぎの日は、妹のリコの七五三をしました。かわいくおけしょうをして、きものをきおわったと思ったとたん、
「あついー。」と言って大なきしました。お母さんは、
「あらららら、どうしましょう。」とあわてていました。妹のほっぺになみだの線がつきました。ぼくは、おけしょうがだいなしだと思いました。リコはきものをぬいで十五分くらい休んだら、またきものをきれました。
 じんじゃについたら大雨がふってきました。リコは、千とせあめをもらってよろこんでいました。ぼくは、妹のきげんがなおってよかったと思いました。
 その日の夜は、いとこもきてくれて、おすしを食べました。
 ぼくは、妹がうらやましくなりました。それは、あめももらったし、みんなにかまってもらっていたからです。ぼくもまた七五三をやりたくなりました。

たんにんの先生
ゆまちゃん
私の学校にはとくべつな先生がいます。名前はジョン先生といいます。私のたんにんの先生です。ジョン先生はスリランカからきています。ジョン先生はえいごとしゃ会をおしえてくれます。ときどき、クラスで一ばんせの高い私をかた車してくれるほどラグビーで体をきたえているそうです。でも私は心ぱいになるときがあります。なぜかというと、ラグビーをしたあとに、かたや足をいためて学校にくるからです。そんなとき私は、「ラグビーをやめてピアノか、ギターかトランペットをやれば。」と言います。でもジョン先生は、「だいじょうぶだよ。」と言ってばかりです。 ジョン先生はおこると私がとびあがるほどこわいです。たとえばちゅういされたことをやりおえるまで、ゆびをさしつづけています。そうするとクラスがシーンとしずかになり、みんなぼうぜんとしてしまいます。 でも、いつもはやさしい先生です。私とカードゲームのスピードをしてくれて、おもしろいジョークを言ってわらわせてくれます。 ジョン先生は私たちクラスのまるで太ようのようなそんざいです。これからも光ってくれたらいいなと思います。

うんどう会のこと
パルキア
 十月十二日、体いくの日にうんどう会をし
ました。ぼくのチームは、みどりです。そし
ておにいちゃんは青です。パン食いきょう走
、リレー、つな引き、かりものきょう走、し
ょうがいぶつきょう走、ふうせんわりきょう
走、玉入れなどがありました。その中で一ば
ん楽しかったのは、リレーです。ぼくは、二
回走らなければなりませんでした。なぜかと
いうと、ぼくのクラスの友だちが一人休んだ
からです。ぼくは、二回走ってつかれました
。さいしょは一いで、二回目は四いでゴール
しました。まずおにいちゃんが、     
「後ろにむいたらぬかされちゃうよ。」  
と言いました。そしておかあさんが、   
「ゴールのほうだけ見て。」       
と言いました。             
 ぼくの顔が赤くなりました。なぜかという
と、力いっぱい走ったからです。おうえんの
声は、まるでかみなりのように大きくひびい
ていました。

こわかったたいふう
エルマー
 十月八日のあさの五じごろたいふうになりました。
 前の日の十月七日の日、学校で先生が、
「あした、ニュースでぼうふうけいほうがでたら、お休みになる
 か、とちゅうから学校に来ます。」
と言っていました。わたしは、それをきいて、そんなにつよいたいふうなんだと思いました。
 十月八日のあさ、わたしは、まどにあめがどんどんとあたっている音で目がさめました。でも、そのときは、おきる時間ではなかったので、ごろごろしていました。まどにあめがどんどんとあたる音は、まるで、だれかがまどをたたいているみたいでした。
 あまりに風がつよかったので、ぶるぶるとふるえながら、わたしは、一人ごとで、
「こわい。」
といいました。
 たいふうがだいたいおさまったのは、七じごろでした。
 でも、ぼうふうけいほうがかいじょされたのは、十じぐらいです。だから、学校はお休みでした。
 わたしは、こんなに強いたいふうは、すごくこわいんだなあと思いました。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 お母さんのしごと ひなた 66 57241475992
2 神戸のおじいちゃん、おばあちゃんち ちーちゃん 65 74239576474
3 七五三のこと アルセウス 65 53141446180
4 たんにんの先生 ゆまちゃん 65 47147436183
5 うんどう会のこと パルキア 65 40544435889
6 こわかったたいふう エルマー 65 41538445797
7 わんちゃんたちがいっぱい はーとちゃん 64 34838465987
8 中秋の名月 かなろ 64 52139455881
9 さる島 み月 64 40537435881
10 台風十八号 タカ 64 77738485884

 
★固有名詞などで個人が特定される可能性のある部分は、言葉の森事務局で編集しています。

10月の森リン大賞と上位入賞者(小3の部128人中)

アルバートのきらいな学校
コロン
 ぼくが、この「でもね、おかあさん」の長文を読んで一番つらかっただろうと思ったところは、学校へ行くことです。きそく第一でぐんたいのようにきびしいからです。しかも、アルバートは体育が苦手で、友達もできなかったからです。
 お父さんの学校では、ぐんたいみたいではないけれど、おこられる時、おうふくビンタ、グラウンド一周、ろうかに立たされることなどされたそうです。お母さんの学校では、先生のせいかくや、先生の目指すクラス作りによって、先生のしかり方がちがうそうです。だから、今より少しぼう力てきでした。内ようは、おうふくビンタ、わすれ物をするとみんなの前でおしりをぺんぺんたたいたそうです。あと、ろう下に立たされていたそうです。
 アルバートは自分から勉強していたけれど、僕が自分から勉強していることは歴史です。歴史では、そうり大臣をならべたりするのが好きです。ぼくは、好きな勉強をしている時は、まるで勉強をしているという感かくではなくなります。つまり、とてもおもしろくなります。ぼくがきらいな勉強は、漢字です、なぜなら、字を書くのがめんどうだからです。つまり、おもしろくないからです。ぼくも、いろいろなものにきょうみを持ちたいと思いました。アルバートを見習いたいです。
 「ねえ、おじさん、『代数』ってなんのこと?」アルバートがしつ問しました。多分自分が学んで頭が良くなりたいと思ったとぼくは思います。そのように、もっとぼくも学びたいとおもいました。ぼくは、この話を読んで、アルバートはふつうの小学生が知らないほどのことまで知っていて、ど力したんだなと思いました。

キャンプ場の秋
なっち
 「夏葉ー。そろそろキャンプ行く時間だよー。」
と、ママがさけびました。
「えーホント!ワーイ」にもつをつんでまちこがれていた私は、いよいよだとさけびました。私は、十月の一日から二日まで、パパとママと、犬の愛ちゃんと、プーと、キャンプへ行くことになっていました。ねこのチビはおるすばんです。キャンプ場で、待ち合わせしていろるパパのお友達の飛行機のパイロットのひともいます。そして、私の家の車は、犬と荷物を積んで、美笛キャンプじょうへしゅっぱつです。車に乗って50分ほどたってから、もりもとというパン屋さんに着いて、パンを買って、それでふたたびキャンプ場へ向かいます。それから40分ほどたって、やっとびふえキャンプ場につきました。パパのお友だちはまだついていないようでした。
 
  このキャンプ場で見つけた秋は、落葉がたくさん落ちていたことです。落葉を踏むたびに、カサッカサッと、音がすることがとても面白かったです。そしてくるみも落ちていて、エゾリスが胡桃を拾っていました。もうくるみも落ちている季節なんだなあ、と思いました。ママに聞いてみたら、ママの見つけた秋は(私と同じ)、落葉がたくさん落ちていたことと、気温がさむかった事だと言っていました。パパもママと、同じことだと言っていました。
それからパパのお友達の飛行機のパイロットの人も到着して、テントを建てたり、私の家の犬を散歩させたり、とても楽しかったです。だけど、つげの日には、雨が降って、(パパが雨男だからです。パパの行った所で、雨が降らなかったことは、ほとんどありません。)帰ることになりました。雨は降ってきましたが、いろいろな秋を見つけたキャンプ場では、とてもたのしかったとおもいました。

通信簿 今度こそは二重丸
ねいろ
 「また整理整頓が三角か。今度からは絶対にエプロンをきれいにたたまなくちゃ。」
私の通信簿は、いつも「整理整頓」が三角になっています。毎学期の終わりの日、つまり終業式の日には、これからはいつもきちんと身の回りを片づけようと固く誓います。ところが、長いお休みが終わるとその誓いはどこへ行ったやら。早くお友達と外で遊びたいという誘惑にかられて、ランチマットとエプロンは、まるで鼻をかんだ後のティッシュのようにぐしゃぐしゃにされて、ロッカーの中に押し込まれるのです。お母さんがアイロンをかけてくれたことも綺麗さっぱり忘れてしまいます。私は、「のんちゃん雲に乗る」というお話の中で、のんちゃんの通信簿は全甲だったので、私はのんちゃんを見習わなくてはと思いました。
 一年生の一学期の通信簿には、「声を大きく出して文を読む」が、三段階の内の真中の丸になっていました。でも、頑張ってお家で発声練習をしたので、二学期の通信簿は二重丸になりました。頑張って練習したり、何かに一生懸命取り組んだりすると、良いことがあるんだなと思いました。
 私のクラスでは一学期の目標の標語は、私が発案した「心の整理整頓をしよう」でした。「心の整理整頓」とは、心を落ち着けて、今しなくてはいけないことを心の中でまとめることです。整理整頓しようと心がけることも、心の整理整頓の一つです。私は「心の整理整頓」を二学期も目標にしています。毎日コツコツ頑張った成果が評価されるのが通信簿です。心の整理整頓をして、それが通信簿につながるように頑張ろうと思っています。

ころころころがる秋のお宝
ゆかり
「カチャカチャカチャコロコロコロコロパキッ。」
どんぐりをふむ音です。
私は、秋の初めさがしをしていたところ、どんぐりが落ちているのを見つけました。学校の中休み、つまらない勉強をやりおえてしまったので、
「一つ散歩してくるか。」
と思いながら、ひきずり歩きをしました。
「あぁ、どうしようかなぁ。作文の秋探しをしようかなぁ。」
と迷っていたしゅんかん、最後にふんだどんぐりを見て、私は
「あ、これはつかえるぞ。どんぐりでおもしろいことをしようかな。」
と、にやりと笑いました。そして、穴の開いていないかつらのついているくぬぎの実を一つ拾い、水で洗い、みんなに見られないうちにアルコール消毒をして、走ってすぐ教室にもどりました。
かつらとどんぐりをのりでくっつけてペンで顔をかきます。顔をかく時は油性ペンおすすめします。つぎは学校から帰ってきたときにしあげをします。
最後は大人にまかせて、熱湯をザァーとかけてもらってお皿に入れて干します。
さめたら、人形のでき上がりです。
でき上がったとき、どんぐりがまるで今にも動き出しそうでした。
昔はここは森だったので、秋になったらどんなふうだったのか、母にきいてみました。
すると、朝に枯れ葉をほうきではいても、ゆうがたみてみると、また枯れ葉がいっぱいたまっていました。それでいちいちはかなくてはならなかったので、とでもたいへんだったと言っていました。
秋は紅葉が広がって、どんぐりもたくさん実って、この季節は森の宝だと私は思いました。

朝は大いそがし
夏みかん
 私は、毎朝、おきれません。どうしてかというと、目ざまし時計がなっても止めてしまって二度ねするからです。けっきょくねすごしていしまうのです。このごろは、部屋の電気をつけられて、
「早く起きや〜〜〜〜〜。」
と注意されています。
 ごはんのときだってそうです。お兄ちゃんに
「走るのは速いけど、ごはんは鈍足や。」
と笑われました。起きるのも、食べるのも、まるで亀のようです。
 お母さんは、小学生のころ、ねぼうしたらお母さんのお母さんが、お母さんの部屋の戸を開くと、とび起きていたらしいです。お母さんは、かしこいなあと思いました。
 私も、おまじないを作りました。それは、ねる前に本を読んで、つづきは明日にすると、ねているとき、「つづきはどんなんやろ。よし、明日早起きして、ほんのつづきを読んでやるぞ。」と思うと、せいこうするときやしっぱいするときもあります。でもせいこうしたりするので、ときどきします。
 土日も、大いそがしです。陸上や、囲碁があると、じゅんびもひつようです。鈍足は、食べるのがおそいので、食パンを二つおりにして食べています。私は今、えだまめを育てています。鈍足あすみは、全然食べないので、今のえだまめくらいの背を足してほしいので、鈍足はやめようと思います。けれど、やめられません。どうしてかというと、おしゃべりな口をもっているからです。ず〜〜〜〜っとしゃべっていて、いつの間にか1時間ほどたっていて、もうおなかがいっぱいになっているのです。そしてごはんをのこすので、背がチビです。お母さんにも、
「チビッ子あすみ、チビッ子あすみ〜。」
と言われています。私は、背が本当に低くて、背の順がクラスで前から10番目くらいです。これは、ぜんぶねぼうのせいだと思います。どうしてかというと、時間がぜんぜんないのに、ねているからです。私は、先生に教えてもらったおまじないや、じぶんでつくったおまじないで、鈍足を直そうと思っています。それからもう一つ。私は、二度ねを直します。二度ねさえなおれば、せいかくが、がらっと変わりそうです。がらっと変わった自分を見るのが楽しみなので、二度ねに気をつけます。明日からも、二度ねはしないようにねがいます。ねがいがかなわなくても、自分の力を出し切って、ねぼうのないように気をつけて、朝から注意を聞かずにすむようにします。もう、自分らしさが出せそうな、ゆうきがわいてきたので、このゆうきで明日から、ずっとずっと自分らしさのゆうきが出せたらいいなあと思いました。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 アルバートのきらいな学校 コロン 72 68059466293
2 キャンプ場の秋 なっち 71 72644526886
3 通信簿 今度こそは二重丸 ねいろ 71 66143526686
4 ころころころがる秋のお宝 ゆかり 70 63938517389
5 朝は大いそがし 夏みかん 70 104948476886
6 長かった勝利の運動会 MANCHESTER U 70 44446686684
7 ドキドキ・ワクワクの運動会の練習 スヌーピー 70 81447526292
8 朝おきたら みゃんこ 70 60152445693
9 アルバートはえらい! メゾピアノ 70 64352485695
10 楽しいよ!わたしの登校はん クロちゃん 69 66142496681

 
★固有名詞などで個人が特定される可能性のある部分は、言葉の森事務局で編集しています。
★直している間に作文の差し替えがあったため、4位からの順位が1位ずつ繰り上がっています。(2009/11/27)

10月の森リン大賞と上位入賞者(小4の部132人中)

アワビ、アワビ、ときどきイセエビ
なぞのたびびと
 どこまでも広がる青い海。この舟の下で、お母さんはアワビ、サザエ、ウニなどを捕っている!お母さんの仕事は海女。だから毎日ご飯は新せんな海の幸。
 毎朝四時にペタペタと足ひれをはいて、白い服を羽織り、タルを持って家を出て行くお母さん。それから二時間後、お父さんとお姉さんとぼくが起きる。お母さんがいないので、冷蔵庫に入っていたアワビを食べる。
 「○△県で○才の男性が・・・」
ちょうど七時のニュースが始まるころ、
「ただいま〜。」
と、お母さんが帰ってくる。
「ジャラララ〜ン!今日のメニューはアワビのいそ焼きで〜す。」
(朝ご飯もアワビ、昼ご飯もアワビ。おやつも、夕飯もアワビ〜。あ〜・・・!)、と思ったとき、テレビの天気予報が始まった。
「明日は台風です。」
(やった〜!)
なぜ喜ぶのかというと、お母さんがずっと家にいられるのと、台風の次の日は、高潮でイセエビがうちあげられて、久しぶりで我が家の食卓にイセエビの料理が出るからだ。
 ピューピュー、ドンドンドン、ガタガタガタ。風がドアをノックする。ザザ〜ン、ザザ〜ンと海が荒れくるう。今にも波がてい防を乗り越えそう。けれどもずっと家にいると思っていたお母さんは、どしゃぶりの雨の中、サザエとウニ、アワビを売りに行くと言って、車で街へ出かけて行った。海は荒れ、風が強くふきつける。
 よく朝は、前日の天気がうそのように晴れていた。けれども大あらしのせいで道路はまだぬれていた。その上で、何やら赤いものが必死にジタバタと体をゆすっている。外へ出てみると。イセエビだった。街の店で一匹五千円もするイセエビが一、二、三、・・・数え切れないほど!
 もしお母さんが本当に海女だったら、ぼくの家族は海辺に引っ越さなければならないだろう。時にはクラゲにさされたりするかもしれない。長時間潜るのも重労働だ。ぼくなんかプールで十秒くらいしか息をがまんできないのに、お母さんは毎日、何回も潜らなければならない。
 「毎日アワビじゃなくて、たまにはイセエビが食べられるなら、こんな生活もいいなぁ。」
と、つぶやいたら、お母さんはギョエ〜ッツとエビぞった。

何百年も前の水
Qちゃん
 みなさんは江戸時代の大名が、「加賀百万石の大名」とか、「尾張六十万石の大名」といったよびかたで、よばれているのをきいたことがあるでしょう。石高はその国のゆたかさ、大きさをあらわしたいいかたです。ちなみに一石とは約百八十リットルを意味します。それは一人が一年間に食べる、お米の量にあたります。ふった雨が森林や水田の土にしみこみ、ゆっくりゆっくり地下を移動し、何年も何十年も、ときには何百年もかけて、やがて地表にわき出てきます。
 私がこの話を読んで一番感心したことは、昔、お米がお金より高価だったこと、百八十リットルが一石だったこと、それに、一人が一年間にお米を百八十リットルも食べることです。
私は家でプリントを使って勉強しています。一枚一ポイントというふうにきまっています。一ポイントは一石が百八十リットルと同じようにおこづかい一円となっています。毎日、大体十二枚ぐらいプリントをやっています。ポイントがたまったらいろいろ絵が描いてある紙に一本線を引いて印しをつけます。国語、算数、理科、社会、英語の五科目をやっています.ポイントがたまるのでうれしいです。朝の勉強は七時半から八時まで、夜の勉強は五時からです。
 うちの家族は前は秋田に住んでいたので、パパの前の会社のますむらさんという人から先週、お米が送られてきました。お米のほかにも、ジャガイモ、サトイモ、みず菜、ブロッコリー、大根のとても大きいのが送られてきました。お米はもちろんアキタコマチです。私は秋田で生まれました。ママが
「秋田で生まれた人は美人なんだよ。秋田は水がおいしいから。」
と教えてくれました。そしたら東京生まれのお姉ちゃんが
「秋田で育っていないからだめだよ。」
と言い返していました。
 何百年も前の水を含んだお米を食べていたんだなと今頃思いました。昔はお米がお金の代わりに使われているのにとてもびっくりしました。

はじめてパソコンを打てたこと
シャーロック・ホームズ
 「やったぁ、文が作れたぁ。」
あるマンションの一室からそんな声が聞こえてきました。もちろん声の主はぼくです。なにで文を作れたのかというと、パソコンです。ぼくは、一年生のころからお父さんにパソコンを習いはじめました。そして、一年生のある日お父さんのノートパソコン日記を打ち込めたのです。しかし、今はもうそのデータは無いそうです。それに、そのノートパソコンはパスワードを打ち込んでも開けないようです。でも、なぜだかぼくには分かりません。
 なぜぼくがパソコンを始めたのかは覚えていませんが、習ったのはローマ字入力だけです。たぶんかな入力をあまり使わないからでしょう。ぼくは、Aばかり押してああああああああとふざけて二十字連続であを打ち込んだり、書いた文を全部変換して漢字にしたりしました。全部漢字にしたときは、まるで中国の漢文のようになりました。アルファベットはF9というところを押すとでてきて、カタカナは、F7というキーを押すとでてくるそうです。ある日ぼくは、大人がやっているみたいに速く打ってみたいと思って適当に打ってみたら、ぐしゃぐしゃな文になりました。しかも、しっかりと日本語になってない部分もありました。つまりアルファベットのままなのです。それを見たお父さんが、
「なにを打っているの。」
と聞いてきたので、
「適当に打ったの。」と言いながらずっとバックスペースのキーを押していたら、上に書いたきちんとした文まで消えてしまいました。(笑)
 お父さんは二十年前ぐらいからパソコンを使い始めたそうです。最初はデスクトップだったそうですが、半年もたたないうちにノートパソコンに変え、今では、すっかりノートパソコンになれています。しかし、最初は、
「マウスがなぁい。」
なんて叫んでびっくりしていたかもしれません。(笑)
 ぼくは、マウスがきちんとあるパソコンの方がいいと心の中で思いました。ぼくは、お母さんのデスクトップを使わせてもらったとき、マウスで画面を変えました。

ドキドキいっぱい
りょうたろう
「ふうっ、やっと着いたなぁ。」
とぼくがつぶやきました。妹は
「ヤッホーヤッホー。」
とはしゃいでいます。ぼくは8月23日に家族4人で福井県にあるしばまさワールドに行きました。ぼくはさっそく水着に着がえて水のスベリ台のところに走って行きました。始めに世界一長いスベリ台のブッラクに乗りました。こわくはなかったです。次にすごくこわそうなホワイトに乗りました。じゅん番を待つとき、ぼくはすごくドキドキして、きんちょうしていました。すべっていて最後はものも言えないほどのこわさでたまりませんでした。
 ホワイトのスベリ台のじゅん番で待っている時、ぼくだけがしたことは手に人という字を3回書いて飲みこむことです。するときんちょうがなくなると、ディーブイディーで言っていました。しかし、今回ぼくはそれで特にきんちょうがなくなったという覚えはありません。こうかがないのにするなんて、まるでやりたがりのようです。お父さんはぼくに
「もうすぐやなぁ。」
と子どものようにはしゃいで言いました。またすべっていると中に
「うわぁ、うひゃあ、うおお、やばいやばい、くるくる。」
などと女の子みたいに言いました。
 ぼくがまだ年中のときに、ひらパーのお化け屋しきに行って、後ろからついてくるおばけがとてもこわかったです。すごくどきどきしました。そのほかに、かべから手がたくさん出てくるものや、化けねこなどほとんどのお化けがこわかったです。ぼくは後ろからついてくるおばけなど、いろいろなおばけの登場のときに
「こわいよぉ。」
と言っていたと思います。お化けがこわかったら女の子にもてないぞ(笑)。
 ぼくはなんでももっときんちょうをなくしたいなぁと、心の中で思いました。ぼくは
「楽しかったなぁ。」
と言いながら、帰るじゅんびをしました。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 アワビ、アワビ、ときどきイセエビ なぞのたびびと 78 89442629883
2 何百年も前の水 Qちゃん 77 79851608479
3 はじめてパソコンを打てたこと シャーロック・ホームズ 77 83753617383
4 ドキドキいっぱい りょうたろう 75 75647537293
5 秋になったな とっしー 75 81151536783
6 楽しいこといっぱいの秋 まーりん 74 73646528086
7 どきどき運動会 ビクトリア 74 112449567677
8 米をたべられない人 枕草子 74 69341587489
9 みなさんは江戸時代の ピヨちゃん 74 73049536390
10 おばあちゃんからのつやつやお米 ミント 73 91346497777

 
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10月の森リン大賞と上位入賞者(小5の部137人中)

学べる遊び
サスケ
「キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン」僕は教室から急いでかけ出して外へ出た。「がんばこ」という遊びをするためだ。「がんばこ」とは、地面に四角形を書いて、その中に十字を書き、大、高、中、小と、四つに分けて、ワンバウンドでボールを回していくというゲームだ。もしも、自分が枠に入れようとしても入らなかった場合、大だったらその下の高の人と場所を交代しなければならない。そして、十字の真ん中に丸を書くというのは、もしボールがその真ん中に落ちてしまった場合、「便所」と言って大の人がいきなり小のところに行ってしまうのだ。みんな大のところに行きたいから、いろいろな技を使って自分より上の人をやっつけようと、スマッシュや、回転といったズルイ技を使ってくるのだ。ぼくはこの「がんばこ」が大好きだ。 ぼくは、今までボールを使った遊びをたくさんやってきて、二番目に好きなのは「ドッチボール」だ。もちろんぼくは強いわけでもないけど、ぎゃくに、よけるのがうまいほうかもしれない。このあいだの休み時間もぼくたちは、クラス対抗で「ドッチボール」をした。その日はものすごく調子がよくて、強いボールを投げられても「バシッ!」と受け取って、強いボールを投げ返した。だが、となりのクラスとぼくのクラスとでは圧倒的に力の差があった。ぼくたちは負けてしまった。すぐ負けてしまった。調子が良かった分すごく悔しかった。がっかりした。その時はまさに「ドッチラケボール」だった。(ドッチラケ=どっとしらける。) ぼくのお母さんが小学生の時にはやった遊びは「ドロケイ」という遊びだそうだ。ぼくも「ドロケイ」は知っている。先ずはジャンケンで泥棒か警察を決める。泥棒は警察につかまらないように逃げる。警察はそれを追いかける。もしつかまってしまったら警察になれるわけではなくて、交番につれていかれてしまうのだ。でもつかまった泥棒にもチャンスがある。まだつかまっていない泥棒に「タッチ」してもらえるとそこから逃げられるのだ。でも泥棒が全員つかまると、今度は警察が泥棒になるのだ。ぼくは「ドロケイ」をしているお母さんを想像してみた。逃走しているときのお母さんはきっと鼻の穴が少しふくらんでいて、すごい顔をしているにちがいない。ちょっとコワい。「ドロケイ」をしている時のぼくもきっと同じ顔をしているかもしれない。それもコワい。その時「例外のない規則はない」ということわざが思いうかんだ。ぼくは、遊びは無駄なように見えるけどその中でいろんなことを学ぶことができるんだとわかった。

手作りは・・・・。
かふあ
手作りは、・・・・。

 なぜ機械仕事とともに手仕事が必要なのだろう。これらの欠点を補うためには、どうしても手仕事が守られねばならない。各国で機械の発達をはかるとともに手仕事を大切にするのは当然な理由があるといわねばならない。日本の固有な美しさを守るために手仕事の歴史をさらに育てるべきだと思う。かれらにも仕事へのほこりがある。
 私もおじいちゃんから手作りの物をもらったことがある。それは、1週間ぐらい前のことだ。もらった物は何かというと、歯磨き粉のチューブをしぼり出す物である。仕組みは、ハンドルを回すとチューブをはさんだギザギザの筒がくるくる回り、チューブの中の歯磨き粉が出てくるという物である。この道具はとても便利なので私は毎日使っている。使っていると、なんだかじゅうぶんなエコをしたように思ったり、おじいちゃんはやっぱりすごいなと思ったりする。おじいちゃんは、家にほとんどいない。なぜなら、おじいちゃんは血をきれいにできない病気なので病院へよく行く。特に用事がない時も下の工場で何か作っている。「なーんだ、工場の機械でやっているのか」と思う人もいるかもしれないが、おじいちゃんは工場に材料をとりに行っているだけで、自分の手でしっかり作っている。おじいちゃんはきっと、もったいないと思ったり、リュウマチで手がうまくうごかないおばあちゃんのためを思ったりして作っているのだと思う。
 実は私もけっこう、手作りのものをよく作る。たとえば、バックや、シュシュ、あとネックレスかけや、ミサンガなどをよく作る。やっぱり手作りはいいことである。なぜなら、手作りのものは、やるにつれてうまくなるし、プレゼントするとうれしく思ってくれるからである。まさに、一石二鳥だ。手作り、手仕事が私は大好きだ。失敗するといやになるがそれがいい。その失敗が直るとやったという気持ちになる。機械は失敗しないから、やったという気持ちにならない。それどころか私が思うには、機械に気持ちがむいているように思う。なぜなら、人は機械を作るのに一生けんめいで、その機械で作る本当の目的には、力をいれていないと思うからである。
 私は、手仕事は時間もかかるけれど、技が受け継がれ、また仕事にたいする愛着もうまれ大事なことだということがわかった。 私はこれからも手作りの物を作っていこうと思っている。手作りのシュシュを髪につけて、手作りのカバンに小物を入れて今日も遊びに行った。

たとえ「下手の横好き」であっても
まかじろう
「ズバン!」
「よっしゃー!!」
 僕の好きな遊びは,ドッジボールと野球だ。ドッジボールは,その中でもよく遊ぶ。どうしてかと言うと,学校で週に一度は出来るからだ。だから,とても身近だ。
 ドッジボールは,毎週木曜日に出来る。ドジボールのコート問題が浮上した為,各学年が決められた曜日にだけ出来る「曜日制限」が設けられた。その日が雨やPTAになってしまうと,潰れてしまう。僕のクラスの男子はみんな活発なので,潰れるとその度に悲しむ。
僕の投げる球は,ストレートとカーブだ。ストレートはともかく,カーブは,いつも上に行って落ちる時も,取りやすい場所に落ちてしまう。たまに当てることも出来るが,利用してから三回ぐらいだろう。一方,ストレートは常に使う球種だ。常に使う球種だが,それでも当たる確率が低い。十分の一以下だろう。逃げまどう子を当てるようにしているが,思うように当たらない。コントロールが出来ないのだ。おまけに,僕は,攻撃も上手くできないのに,それに加えて,防御もあまり良くない。逃げまどってばかりだ。ノーバウンドのボールを取ることは,めったにしかない。取ることが出来たら奇跡と言ってもいいだろう。「下手の横好き」で,毎週当てることも出来なければ,守ることもできないけれど,楽しんでいる。
 僕が,幼稚園の頃に好きだった遊びは,野球だった。昔は,柔らかい野球ボールとプラスチック製のバットを使ってお父さんと,よく吉野公園など芝生がある場所でやっていた。今ももちろん好きである。学校のクラブ活動でソフトボールクラブに入っていることが,その証明だ。だが,家庭では少し変わってきた。お父さんとあまりやらなくなったのである。そのかわり,公園で壁当てキャッチボールをするようになった。しかし今は,家の都合がある為,なかなか公園に行けない。また,幼稚園の時みたいにお父さんとする機会があったら,その時は,まるで阪神の金本や巨人のラミレスのような大きいホームランを打ちたい。
 僕は,好きな遊びは,たとえ「下手の横好き」であっても,楽しむことが出来ればいいとういうことが分かった。だから,みんなで楽しむことが出来ればそれでいいのだ。
 強い子を当てることが出来たとき,嬉しくて跳ね上がった。でも,十分後,その子が生還したあとで,
「バシッ。」
「痛っ!アウトかよ……。

お父さん、お母さんの仕事
ひたえ
 私の父の仕事は、農薬を工場で生産するために、一番いい製造方法を研究することです。母の仕事は、新しい半導体を開発することです。実際にどんなことをするのかというと、父は、薬品をまぜて、温めて、目的の物質をつくって、それを集めて、きれいにするのだそうです。母は、半導体をシリコンウェハーにつけて、金電極をつけて、性能を測定するそうです。だいたいどちらの仕事も似ていて、まるで理科の実験をしているみたいだそうです。
 去年の夏休みに、近所の大学で、小中学生対象の実験体験に、姉妹で参加しました。実験は、銅版に銀めっきをすることでした。まず、銅板にかく模様を考えて、紙に書き、板に彫り付け、考えた模様を、電気ドリルで彫り付けました。やすりを何度もかけて、いよいよめっきづけです。液体に銅板を入れると、ボコボコと、泡がたくさん出て、すごいにおいがして、黒い煙がでて、銀がつきました。最後に、手入れをしてきれいにして、やっと出来上がりました。この実験を通して、父、母の仕事と似ているけど、もっと大変なことなんだなと、思いました。
 母がよく言うことは、
「将来の夢をかなえたいと思うなら、人間として、大事な力をつけておきなさい。」
と、よく言います。「人間として」ということは、どういうことでしょう。何かを見て考えたり、感動したりする力もある。聞いて、理解する力もある。他人の気持ちを考えて、行動する。いっしょにいて、笑ったり、泣いたり、怒ったりすることもできる。あとは・・・。想像以上にたくさんあります。ただ、勉強して、かしこくなるという事。それだけじゃなくて、人間として大事な「心」ということなのかもしれません。
 父は、大学で勉強したことを、そのまま生かしているそうです。そして、18年間同じ研究の仕事をしています。ここまでこられたのも、「石の上には3年」だなあと、思いました。私もがんばって勉強して、インテリアデザイナーになるのが夢です。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 学べる遊び サスケ 80 105148557089
2 手作りは・・・・。 かふあ 80 101958506990
3 たとえ「下手の横好き」であっても まかじろう 79 97849769486
4 お父さん、お母さんの仕事 ひたえ 79 81746778286
5 手仕事の国、日本! ドレミ 79 89046707886
6 忘れ物をした時の対応 ゆうと 79 89148627589
7 あやまる言葉は言いにくい 森チュウ 79 115452517080
8 大好きな遊び クローバー 78 116037597983
9 ボール戦争 しもん 78 76857677384
10 今と昔の遊び かふた 78 98041567292

 
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10月の森リン大賞と上位入賞者(小6の部147人中)

笑う門には福が来る(感)
バービー
 「笑う門には福が来る」のであって、福が来るから笑うのではない。自分から運を寄せ付けないでおいて、「私は運が悪い」となげいている人は多い。もし、幸運がほしいなら、日常の贈り物一つにも心があることが大切である。努力と忍耐なくして幸運はありえない。人知れず苦労をしていない人はすぐに物事を幸運とか不運とかでかたづけてしまう。
 私の友達(補習校)はとても頑張りやさんで、字も綺麗だ。それにとても可愛くて、運動神経も抜群だ。なんでも出来て、一目置く存在で、天才だと私は思っている。でも、彼女は多分この『天才』を達する為に色々と頑張ってきたのだろう。例えば勉強(問題集)をいっぱいやったり、サッカーの練習や、水泳で一番になるためにいっぱい泳いだり・・・私はそんなことをするような人ではない。むしろ逆だ。私はあまり努力をしないタイプだ。しかし、私はいつもテストで良い点をとる。でもこれはきっと授業中に遊んでないでちゃんと先生の説明を聞いたりしているからだと私は思う。しかし、私はこの間の漢字のまとめ『今まで習った漢字』のテストみたいなのをしたら(抜き打ちだった・・・)なんと・・・今までなら90点代なのに今回は・・・68点だった・・・。友達はみんな100点か90点代だった。そして、周りの衝撃的な点数を見たとたん急に悔しさと悲しさ、それと情けなさが積み重なってきて、家に帰ったあとすぐに間違えた漢字を必死に練習した。そして、私は運がよかったのかもしれない。そして、神様に感謝をする。なぜなら、先生が
「クラスみんなの点数があまりにも悪かったので、また再来週同じテストをする。なので、きちんと勉強してくるように!」
と言われたからだ。私はそれを聞いたとたんものすごく嬉しくなった。まるで神様が私にチャンスをくれたように。なので、来週の土曜日は必ずリベンジして良い点数を取りたい。いや、絶対にとる。自分で言うのもなんですが、まさに『弘法も筆の誤り』だ。 笑まさに、この長文のいうとおりだ。努力をしない人には幸運は来ない。
 私はこの前のニュースで、とても驚いた。なぜなら、オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したからだ。なぜなら、オバマさんは『核兵器をなくす!』と世界中の人に宣言したからだ。私はノーベル平和賞を受賞したオバマさんに半分期待して、半分怒って(?)いる。なぜなら、オバマさんは『核兵器をなくす!』と世界中の人たちに言ったが、まだ何も実行していないのにノーベル平和賞を受賞したからだ。しかし、母は
「これからの期待もこめてノーベル賞を贈ったんじゃないかしら?」
とのんき(?)に言っている。でも私はまだ納得できない。どうしてかというと、この長文では『努力した人が幸運がもらえる』と書いてあるのに、オバマさんは『核兵器をなくす!』というバナーを出しているだけで、なにも努力していないのに幸運(?)が舞い降りたからだ。
 人間は、幸運になるためには努力しなければならないという事だ。

頑張れ!柿
マーブルチョコレート
柿というものは昔からずっと人々に広く親しまれている果物であり、また日本人と共に歩んできたという歴史に包まれている。それほど柿は果物の代表とも言うべき座に立っていた。ところがそれが今ではどうだろうか?私の果物大好きランキングの中に柿はランク外で入っていない。その代わりというか、ミカンやイチゴやブドウはかなり上位にくいこんでいる。実は、私は柿を食べたという経験があまりない。そのわけは、祖母達の家へ遊びに行った時にあった。母や祖父に                 「この柿、だまされたと思って食べてごらん。」       と勧められ、食べてみると                 「苦ッ!」                        と顔をしかめたくなるような程の味が、舌にやってきたのをとても鮮明に覚えている。その事件以来、私は柿を食べることに対しなぜか違和感を持ち少しためらってしまい、食べられなくなってしまった。今では、ミカンのように柿も甘さがいつも続いてくれていたら、警戒せずに安心して食べられたのにと私は思っている。そうすれば柿を食べる側にとってはうれしい。私は前のように柿を好きになって、もっと食べたくなる人も多くなり増えてくるのではないだろうか、と考えている。ミカンやイチゴなどよりも、柿が一番人気になるかもしれない。ところがそうなると食べる方には良くても、食べられる方の柿にとってはダメなことなのだ。甘いと動物達はいつでも柿を食べてしまい、タネが運べなくなり、子孫が残らなくなる。柿が甘くなるのはタネを遠くへ運んで欲しいからである。だから、いつも甘くなってしまっては全く元も子もないではないか。                  私は小さい頃からずっと読書はとても大好きで、一日に何冊もぶっ通しで読むことができる。それで、昔話や物語をたくさん読んでいるとたいてい果物では柿がよく出ているのに気付いた。例えば、昔話でとても有名な「さるかに合戦」。これにも柿の種が重要なキーワードとして登場している。柿は、物語に登場している回数が果物の中では、不動の一位のような気がする。父や母が子供の頃に柿はちょうど絶頂期で、よく食べられていたのだから、それは当たり前といえば当たり前なのかもしれない。しかし、それが今となっては柿はあまり人気のない果物となっている。さらに十年後、二十年後となればそのときの子供は昔話などを読んで、                           「カキ?何だそれ?えっ果物!?へ〜え、知らなかった〜。初めて知った。」                       なんてことを言っていそうな気がする。そして、柿という存在がだんだんと自然消滅していく可能性がある。          柿は人間にとって昔の思い出を思い出させてくれるものだ。柿をボーッと眺めていると、ホッとした気分になり       「ただいま〜」                      とついつぶやきたくなる。柿といえば「田舎の家にある」イメージが執着していると思う。それに柿はなぜか懐かしい感じがする。これも柿が少しずつ世代交代されているからなのかもしれない。柿を食べない私が言っても、説得力がないかもしれないが柿には、もうちょっと頑張ってもらいたい。それと同時に、私も柿の本当の魅力に気付いて、柿が食べられるように努力したい。       

柿論
闇の女帝
柿は千年にもわたって日本人と共にあり、幾多の詩歌に詠まれてきた郷愁の果物である。大正期まで柿は日本の果物の王座に君臨していたが、時代の流れによってその座は林檎や蜜柑、梨に奪われてしまった。柿の渋はタンニンであり、渋は果実が動物に食べられるのを防ぐのである。<書き出しの工夫>
 そういえば、私も柿を最近食べていない。秋の果実と言えば昔は柿だったのだろうが、今は林檎である。スーパーでも柿売場は、他の食品売り場に占領されつつある。しかし、柿というのはこの上なく栄養満点であったのであり、庭先果樹としては最高だったのである。なぜだろうか。柿はいかなる理由で不人気な果実になってしまったのだろうか。
 柿の原産地は中国である。古事記に柿の名が記されていることから、奈良時代頃に伝わった可能性が高い。庶民たちが本格的に栽培し始めたのは、明治時代とされている。柿は北海道と沖縄県を除く全ての都道府県で栽培されており、中でも和歌山県、奈良県、福岡県は非常に盛んに栽培されている。柿の品種数は1000を超えるが、甘柿と渋柿に分けることができる。甘柿は渋柿の突然変異種と考えられていて、日本特産の品種である。柿が赤くなると医者が青くなるとも言われているほど栄養豊かで、二日酔いにも効く。柿が庭先果樹の最高峰なのは、柿は適応地が広く、管理の手間もかからないため、ある程度放任してもよく育つからである。
 種類も栄養も豊富、手間暇かけずに育つ優等生の柿が、なぜ不人気なのだろう。ますます深まるナゾである。逆に私はなぜ柿をそんなに食べないのであろう。私にとって、柿の食感が平凡なのである。林檎は、一口食べると甘みが口中に広がってシャキシャキという歯ごたえもよく、梨は口に含むと水分がじゅわ〜と染み出て、蜜柑は酸味と甘味のミックスがほどよい。しかし、柿は甘いというわけでもなく酸っぱいわけでもなく、シャキシャキしているわけでもない。バラエティーに富んだ他の果実と比べて、味にこれといった特徴がない。私的には、もう少し刺激に品種改良してほしい。(でも柿は品種改良をしにくい果実なのだ)
 父が生まれたのは、田舎であったから幼い頃から柿泥棒をやったらしい。竹をYの字になるように割き、柿のなっている枝をつかんでくいっと捻る。すると、柿が取れるではないか。幼き由和少年は戦利品を得るとすぐさま逃げ出しましたとさ。とこういうわけだ。甘柿か渋柿かを見分けるには、経験がモノを言うらしい。私は、昔の田舎は実に伸びやかでいいなと思った。
 味に特徴がない御飯が他の食事と共に食べることで美味しさが増し、高い人気を得ているように、味が平凡な柿も同じような工夫をすれば人気回復に繋がるのかもしれない。しかし、「柿+?」というのは聞いたことがない。柿が人気回復するには味に変化を持たせるべきだろう。人間にとって柿は、身近だけど忘れられることが多く、果実の在り方も
考えさせてくれる。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 笑う門には福が来る(感) バービー 86 123758637883
2 頑張れ!柿 マーブルチョコレート 85 142564636787
3 柿論 闇の女帝 84 12196211711387
4 幸運のつかみ方 サッカー少年 83 133949576787
5 名前にほこらしさを感じて なつみかん 82 162846607692
6 名前とは…… きぬこ 82 105652577590
7 笑う門には福が来る  きちこ 81 165953779687
8 日本人と共にある「カキ」 はるかぜ 80 1191439210792
9 名前に願いを託して ことのは 80 1430578010386
10 ゼウス 80 103849708887

 
★固有名詞などで個人が特定される可能性のある部分は、言葉の森事務局で編集しています。

10月の森リン大賞と上位入賞者(中1の部70人中)

退化する脳
ハオハオ
 「ドラえもん」は読者の日常生活に密着して愛されるタイプのロボットである。だが、「ドラえもん」がヒーローたり得るゆえんは「四次元ポケット」にある。これが「ドラえもん」の人気の秘密であることはいまさら言うまでもない。しかし、この漫画には一定の法則がある。現代っ子の「のび太」は問題解決の本質を見極めず、安易に「ドラえもん」に助けを求める。楽することを求めるあまり、科学とはなんたるかを忘れて暮らす現代生活。「ドラえもん」の面白さは笑って済まされない現代への深刻な問題へ警鐘である。科学のしでかす失敗の連続に、走り回るしかないのに気付かず笑って読み続ける子供たちの未来に夢は描けないのである。
私は科学文明を過信しない方がいいと思う。
 第一の理由は、発達した科学文明を手放したときに、残る物は何もないからだ。たとえば、携帯電話の普及により、家の固定電話が使わなくなってきたことだ。私の友人には、家の電話が怖くて使いたくない、という人が多い。私も固定電話はちょっと使いにくいイメージがある。携帯電話なら、本人につながるから全然緊張しないのだ。メールという手もある。けれど、固定電話はだれが出るかわからない。だから怖いのだ。「未知との遭遇」ということだろう。母曰く、
「そうやって大人との話し方を学んでいくもの」
らしい。
昔、電話すらなかったころは、手紙を使って思いを届けていた。あるいは会いに行ったり、伝言を頼んだり。その頃のコミュニケーションはもっと優しかったのではないかと思う。今のように簡単に人を傷つける言葉や、誤解を生む言葉を、そう簡単には出さなかったのではないだろうか。なぜなら、相手に届く頃には、傷つけるために作られた言葉に絶対自分自身が後悔しているからだ。
対して、今は携帯電話が普及して、気楽にコミュニケーションがとれるようになった。パソコンでも電子メールを送ることもできる。だけど気楽すぎて、知らぬ間に人を傷つけてしまうときもある。それに気付くことなく、後悔もしないようなやり取りになっているような気がする。
科学文明の発達によってコミュニケーションの方法も変化しているのだ。
 第二の理由は、頭をつかわなくなるからだ。例えば当たり前に使っている路面電車も、百二十年前には日本になかったのだ。しかし、この電車をつくるにあたって、開発した人の人数は日本の人口の何パーセントにあたりだろうか。その他の人々は、「あぁ便利だなぁ」と言って使っているだけである。どんどんと開発がすすんで、色々と楽ができるようになっても、結局はその研究者に寄生しているだけである。そうすると、どんどん頭を使わなくなってくる。二〇一〇年のアジア太平洋地域の開発者シェアは世界の四十五パーセント言われている。けれど、インドや中国の占める割合の方が多いのだから、やはり、日本の開発者は世界の中でそれほど多くはないのだろう。先進国である日本は頭も使える便利な物を使える側にならないと、いずれ世界から取り残されてしまうと思う。
 確かに、便利な物はあって迷惑なものではない。なんだかんだ言われてもほとんどの人が携帯電話を持っている。しかし、理想に到達するための手段はまた理想への到達を阻む障害であるという名言があるように、便利な物に失われていくものもあるだろう。だから、科学を過信しすぎるべきではないと思う。

「ふしぎ」に対して
ピプリー
わたし主題 要約 体験実例 たとえだじゃれ表現 わかったこと 常体で書く 題材 書き出しの工夫 構成。

子供の世界は「ふしぎ」に満ちている。沢山の「はてな」に対して、大人に答えを聞いたり、自分なりに考察したり、時に自分なりの説明を考えついたりして、子供は自分の知識を蓄え、人生観を築いていく。しかし、大人が説明していくと、しばらくは納得できても、次第に都合の悪いことがでてくる。そのためには、現象を説明するための話は、なるべく人間の内的世界を関わらせない方が、より正確になることに人間は段々気がつき始めたのだ。子供は、科学的説明としては間違っているかも知れないが、最も適当な物語を見出すことが出来る。だから、私は、不思議に対して、自分なりに考えることは大切だと思う。
 まず、第一の理由として、「ふしぎ」は自分で考えたりして、そこに楽しい物語が生まれるからだ。私の小さい頃の話を紹介する。昔、私はテレビがとても大好きで、ドラマ、アニメ、映画、コメディー・・・沢山の番組を見ていた。でも、幼少な私は、テレビの中に本物の人が入っていると勘違いをしていたのだ。だから、テレビの中には、美味しそうな食べ物が映っていれば、頑張って取り出して食べようともした。プールが、テレビに映っていたり、スケート場があれば、中に入ってやろうとしていた。そんな私は、ちょっとしたCGも本物の人がテレビの中でやっていると感じていたため、テレビは凄い、と思っていた。そんな事が不可能だと気づいたのは、小学校中学年の頃で、とても残念だったのを覚えている。さすがに、小学校中学年にもなると、科学的に大人に説明されても、大体は理解可能だ。幼少な頃は、大人に沢山聞くが、科学的思考はまだ出来ないため、自分で考えて物語を発想することも出来る。私の場合、本当の人がテレビに入っていて、私達のために沢山のことをやってくれる。このように、世界を繰り広げることが可能なのだ。
 また、第二の理由として、すぐに正解を理解してしまうことは、つまらないからだ。例えば、私の場合、勉強が分からなくて、
「ここの問題ってどうやるの?」
と聞くとする。そしてから、
「答えは、○○だよ」
すぐに一つの答えに絞られると、理解力も少ないし、つまらないからである。ここを、
「ここは、この法則を使えば、沢山考え方が出てくる。まず・・・」
このように、沢山の発想から、一つの答えへとたどり着けば、理解力も高まるし、楽しくなってくる。発想は、いくらでもあるのだから、いずれたどり着くのだとしたら、じっくり考えていった方が良い。もらって嬉しい年賀状のデータによると、1位がオリジナルデザイン、89パーセントである。約九割の人が嬉しいという。これは、じっくり考えて、様々な発想から作り出された一つなさ作品だから、人気なのだと感じられる。ここから、人はより、沢山の発想から搾り出された一つのものの方が良いと分かった。
 確かに、より正確な知識も大切だ。自分で、考えたものが間違っていれば、それでは駄目だ。しかし、「自分の心のうちに持っていないものは何一つ自分の財産ではない。」。という名言があるように、自分なりに考えなければ、理解力が低く、自分の知識として、身に付かない。だから、私は、不思議に対して、自分なりに考えることは大切だと思う。

便利の副作用
なまず大使
漫画「ドラえもん」は、便利な道具は便利なだけに逆効果でもあることを教えてくれる話だ。実際、登場人物であるのびたはとてもいい例である。のびたは、ドラえもんの道具に頼りすぎている。そのために、いつも不幸が訪れてしまう。便利という言葉に浮かされて出来合いの科学を大量に買い込んで、失敗を繰り返しても平気なのだ。科学のしでかす失敗の連続に、走り回るしかないのが、「ドラえもん」のテーマだとすれば子供たちは笑ってみているだけではいけないのである。便利というのは、薬のような副作用があると私は思う。(要約)(構成図)(是非の主題)
 その理由は便利に頼りすぎると人間的な生き方ではなくなるからだ。便利というのはそもそも、人の生活を手助けしてくれるものなのである。手助け以上のことをすればどうだろう。人間にとっては良くないことだ。鳥のひなは親鳥にえさをとってきてもらってそれを食う。しかし、それは悪魔でもまだ飛べなかったりえさをとる習慣がないからだ。だからといって鳥は一生えさをもらい続けるわけではない。いつかは、自立する。なぜなら、親鳥がいなくても生きていける状態へ変わるからだ。それに、親鳥はいつまでも生きていない。そしたら、今度は自分の子にもえさを与える作業がある。手助けとはそんなことではないか。別に「どこでもドア」がなくても学校に行ける。それだけではない。便利なことで一番怖いのは、自分の健康だ。人間とは、運動しなければ力はつかない。便利な道具に頼りすぎれば50メートルそうだって遅くなる。体力がなくなって、平均寿命が短くなるのではないか。病気への免疫だってできなくなってしまう。人間はもしかすると、自分を苦しめるのが一種の人生というものかもしれない。(理由)
 私が読んだことのある文章にこんなことが書いてあった。それは、著者、星新一が書いたきまぐれロボットである。おなかが減れば、料理をつくり、退屈すれば話し相手になる。なんでもできるロボットを連れて、離れ島にバカンスに出かけたお金持ちのエヌ氏の話だ。一見便利なロボットだ。しかし、このロボットは便利以上のことを成し遂げたロボットだ。この後、ロボットはおかしな行動をとったのだ。エヌ氏を追いかけまわしたり、何も言うことを聞かなかったりなどだ。すぐにエヌ氏はロボットの発明者のところに行ったのだ。「お金を払ったのにこれはないだろう。」
と言いつけたそうだ。その後の博士のセリフに私は素晴らしいと思った。
「ロボットばかりに頼っていては、人間的な感覚を失ってしまう。」
と、少し違うかもしれないがこう言ったのだ。こんな物語があるのだ。私はとても納得した。(データー実例)
 確かに、電波時計、パソコン、機械などは便利だ。しかし、「便利ほど恐ろしいものはない」という名言があるように、便利ばかりに流されてはならない。山を登るのだって、どこでもドアで頂上に来た者よりも歩いて登った人のほうが素晴らしい感動が得られるはずだ。結局、人間は便利や楽なことを考えることでだめになってしまう。ロボットに頼っていれば、自分の心も感情も感覚もすべてロボット化するであろう。喜び、楽しみ、苦しみ、悲しさ。すべてを失ってしまうことであろう。私は、そんなことは間違っていると思う。だから、人間は便利なものに頼りすぎてはいけないのだ。私は、ドラえもんを見て、のびたのキャラは本当に面白いなと思ってテレビを見ていた。(名言)(是非の主題)(反対意見への理解)

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 退化する脳 ハオハオ 88 139358668289
2 「ふしぎ」に対して ピプリー 86 138257677296
3 便利の副作用 なまず大使 85 143863608387
4 私に漫画『ドラえもん』 みゆあ 85 108757767892
5 過信のしすぎは ねずみ 84 121656597284
6 科学と人間 たけたけ 83 115954658386
7 私に漫画「ドラえもん」を読んで 文鳥 82 91356728189
8 友情を作るきっかけ 201系 81 111152547086
9 私に漫画「ドラエもん」(感) キングダムハーツ 80 92551628092
10 本音の問題 かまむ 80 103958547781

 
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10月の森リン大賞と上位入賞者(中2の部76人中)

勝ち負けより大切なこと
ハーマイオニー
 先日、私の学校で体育祭が開催され、わが白組は、見事優勝した。私は、別に何も勝利に貢献していないが(笑)、応援には燃え、優勝が決まった瞬間には、文字通り狂喜乱舞した。考えてみれば、白組で実際に活躍した人のほとんどは、私の直接の友人でもなければ知り合いですらない。ただ、自分と同じ白い鉢巻を巻いていた人たちである。それだけで、その人たちが得点競技で上位に入ると自分の手柄のように、もしかしたら、それ以上に喜んだ。自分と同様に応援している人が自分の隣りにもその隣りにもいる。そうすると、そのパワーは何倍というより何乗にも増強されるようだった。
 スポーツには、勝ち負けが付きものだ。勝ち負けに執着するからこそ、競技者も、また応援する人も熱狂する。スポーツは勝ち負けがあるからこそ面白いと言える。少し前の話だが、ワールドベースボールクラッシックの感動と興奮は忘れられない。どの試合も、どの選手のプレーも皆素晴らしかったが、それはしかし、優勝という結果があったからこそ、そう思えるのだとも言えるのではないか。言うまでもないが、WBCの選手たちも、私の友達や親戚ではない。侍ジャパンをあれほど必死に応援していたのは、彼らが私と同じ日本人だからである。白組だから応援したのと同じ感覚だ。それが拡大したものが国対国の戦いに熱狂する気持ちなのだろう。まさに「戦争の代用品としてのスポーツ」の意義が納得できる。
 イソップの昔話にコウモリの話がある。獣たちの前では自分は獣だと言い、鳥たちの前では自分は鳥だと言う。処世術としてはありかもしれないが、そのような立場では、この喜びは味わえないであろう。要するに、所属の意識がポイントなのである。
 しかし、勝敗にこだわらず、技術の向上や体力の増進など、スポーツをすることそのものを楽しむという考え方もある。私は、運動部に入っているわけでもなく、スポーツをするのは、もっぱら体育の時間か趣味のダンス系の運動だ。身体を動かすこと自体が楽しい、気持ちいい、という感覚と、人と競うわけでなく美しく踊りたいという気持ちだ。前述した体育祭では、私は、この学校での中二伝統の『メイポール』に力を入れていた。練習ではなかなかうまくいかず、途方に暮れたこともあった。本番一週間くらい前になって、やっと成功するようになり、本番では、途中危ない場面もあったが、中二全員、12本全てのポールが倒れることなく美しく編みあげられた。終わったときは、先輩方も歓声を上げてくれた。採点競技ではないということもあるが、皆が一丸となってやり遂げた達成感と充実感は、快い疲労感を残してくれた。誰も彼もと仲良く肩を組みたいような気分だった。
 確かに、勝ち負けにこだわることには良い面も悪い面もある。しかし、大事なことは勝ち負けがよいか悪いかを決めることではない。「ライオンは、一匹のウサギを倒すためにも、全力を尽くす」という言葉がある。最も大切なことは、堂々と相手にぶつかり、または自分にぶつかり、持てる力を出し切ることではないだろうか。勝ち負けは結果だ。結果は大事にちがいないが、それよりも、そのために何をどのようになし得たのかが重要なのだ。そして、その中で自分が向上し、また次の勝負に向かっていければよいと思う。

スポーツは楽しいもの
コーギー
「ファイトー。」 たくさんの学校の声援が競技場へひびく。私は先月、陸上部の地区大会があり、それへ出場した。私の専門としている種目は、走り幅跳びだ。そのため、あまり人が応援へ来ないので普段は特に緊張などしないのだが、今回の試合は県大会への切符がかかっていたため、自分の跳躍の順がまわってくるときには緊張していた。私の今の実力だと大阪大会へ進出できていた。しかし、緊張と不調により全く自分の思うとおりにはならなかった。結果は八位だった。県大会は六位までが出場することが出来る。あと二人の差だった。五センチほどの差が二人という大きな差をつくった。その時は本当に悔しくて、ため息をつく一方だった。しかし、よく考えてみれば次の記録会はまだまだ先である。だから、それまでに苦手な短距離と踏み切りを直すことができれば、絶対に四メートル五十センチ以上の記録が出るはずであるから、頑張ろうと思った
スポーツを行う時には勝ち負けの区別が必要である。なぜならば、勝ち負けを決めることにより、人は意欲を持って行うからである。例えば、体育の時間の時に持久走をする時がある。その授業には、最後にランキングを作り、そこにのるために、全員が本気で走る。勝ち負けではないが、ランキングにのることは、みんなにとって夢というか憧れのようなものなので、本当は嫌だが意欲をもって取り組めるようになっている。また、体育の授業でスタートダッシュの練習で最後にゴールした人は、誰もが絶対にやりたくないような、罰ゲームがある。そのため勝ちを目指して意欲的に取り組めるのである。このように、勝ち負けは、スポーツでは大切である。
しかし、勝ったことや負けたことにこだわりすぎるのは良くない。なぜなら、相手の犯したミスを喜んだり、笑ったりするのは嫌いだからである。例えば、昔話の「ウサギとかめ」がある。うさぎとかめが勝負すると、普通はウサギが勝つにきまっている。そのためウサギとかめの事をアホにしていた。このように、下のものに向かっての失敗や実力アホにすることがおこる。また、体育大会前には私のクラスの担任が学年種目をする時には、このような話をしていた。「もしも、他のクラスの失敗があったとしても、喜ぶな。」どっちかと言えば、よく頑張ったと拍手出来るような心理にならなあかん。」という話だ。本当にそのとおりだと思う。
このように、スポーツをする際に勝ち負けを決めることが大切の時や、そうでない時もある。しかし、「ライオンは一匹のウサギを倒すためにも、全力をつくす。」という名言がある。このように、一番大切なのは、何事にも百パーセント力を入れ、スポーツをする楽しさを分かることだ。

勝ち負け
AIRIOKA
 私は、小学校二年生の頃からずっと水泳を続けている。今は、学校でほかの部活動をやっているため、水泳は週に一回スイミングスクールに通って続けている。一時間に十人程一つのコースで泳ぐ。しかし、周りはほとんど小学生ばかりでなかなか思うようには練習できない。また、タイムは毎回練習の最後に測るが、二ヶ月に一度進級テストがある。年齢と種目によって一定の基準があり、それ越したら合格という形でテストをやる。テストの時は二コースで一回に同じ種目の人と二人で泳ぐ。先月、テストの時に、背泳ぎで横に私とタイムが近いこと泳ぐことになった。いつも必ず思うのは、負けたくない!という気持ちだが、タイムも近いということでさらに競争心が強まり、ベストを出すことができた。このような小さな勝負でもモチベーションはあがり、自分のベストを尽くすことができるようになるのではないか。
 しかし、勝ち負けにこだわるのはよくないという考えもある。よく、バスケットボールやバレーボールなどのチームスポーツをやる時は、勝ち負けにこだわりすぎて楽しめなくなってしまうことはないだろうか。スポーツだけでなく、合唱コンクールなどの行事でも同じことが言えるだろう。私の学校では、各学年から最優秀と優秀賞を審査委員が決める。各クラスはこのためにすごく頑張る。しかし、練習しているうちに、クラス同士でコンクールのことで仲が悪くなったりしてしまうことがある。このように勝ち負けにこだわりすぎて、学年として空気が悪くなるのはすごく悲しい。クラスとしてやはり賞を狙うのはよいことだが、勝ち負けにこだわらず、どんな結果でも悔いがないように努力するべきだと思う。
 また、スポーツに勝ち負けは必要だという考えもある。勝ち負けがあることによって人は熱心に取り組み、進歩する。「うさぎとかめ」という昔話がある。この話はうさぎとかめの競争だ。常識で考えれば、ウサギの勝利は間違いなかった。しかし、油断したウサギは途中で昼寝をしてしまった。その間に亀は黙々とウサギを追い越し、先にゴールをする。もし、この競争に勝ち負けがなければ、疲れたかめも、ウサギと一緒に休憩をとり、やる気なしでゆっくりとゴールをしていたかもしれない。したがって、勝ち負けがないと人は努力しないかもしれない。
 このように、スポーツの勝ち負けには良い面も悪い面もある。しかし、「大切なのは、健康らしい外見ではなく、健康自身である。」という名言があるように、大切なのは勝ち負けそのものではなく、その勝ち負けの内容を通して互いに成長していけるかということだ。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 勝ち負けより大切なこと ハーマイオニー 91 135366899392
2 スポーツは楽しいもの コーギー 88 111266738783
3 勝ち負け AIRIOKA 84 107556657986
4 生きる希望 嵐ちゃん 81 180844537186
5 楽しむ勝ち負け のここ 81 114653546783
6 スポーツの勝敗 lovepooh 80 102541799784
7 一致団結 ファラオ 80 107952558084
8 スポーツ精神 サニー 79 140849829886
9 鍵の見つけ方 夏みかん 79 97544678899
10 成長 疾風 79 106148628190

 
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10月の森リン大賞と上位入賞者(中3の部45人中)

清書
きこう
幼稚園では、たいてい一緒に行動することが多い。これは、他人のからだに起こってることをいきいきと感じる練習だ。しかし、学校ではこのような作業が軽視される。学校は、共同生活のルールを教える場であるが、それを教える前にルールが成り立つための前提が何であるかを理解することが重要だ。これは、他者への想像力、幸福の感情を教えることと深く結びついている。幼稚園では、他人を思いやる気持ち、つまり、共存の条件を育んできたのである。
このように僕は他人を思いやる気持ちを大切にしていきたい。
その方法としては第一にコミュニケーションを取ることだ。相手の考えていることを、自分が相手になったつもりで考えることができれば自然と思いやりの気持ちを持つことができると思う。
先週の金曜日、学校の総合の時間に修学旅行の各部屋の係決めをした。僕は、班に一人暗くて話しづらい人がいた。だから、気まずい空気になるのが怖く少し距離を置いていたのだが、僕が室長だったこともあり、係決めの時に話さざるを得なくなった。僕は一人一人に係をやってと尋ねたのだが、最後に残った整備係を誰も引き受けてくれず、最後に苦手な人だけが残った。僕には、話すか話さないかという心の葛藤が生じていた。話しかけたらなんと言われるのか不安だったからだ。しかし、友達の後押しもあって、僕は勇気を出して係をやってくれるか聞いた。すると係を快く引き受けてくれたのだった。僕は、あまりにも思ったこと違って初めは驚いたが、係を引き受けてくれてとても嬉しかった。それからというもの、僕は彼に自然に話しかけるようになっていて、彼のことがだんだん分かるようになってきた。今まで遠かった彼の存在が、一気に近くなった気がした。また、たくさん話すようになって、自分が彼の立場になって考えられるようになったのではないかと思った。このように、コミュニケーションをうまく行うことは双方の意思の疎通を図るのに重要だ。
第二の方法として考えられるのは、今までの学歴重視の方針を改めることだ。何もかも点数や偏差値など数字に置き換えてしまっては、大事なことを見失ってしまうと思う。
今から200年ほど前、ファーブルという生物学者がいた。彼は独学で「昆虫記」を作った。その昆虫の数は、数え切れないほど多く、それを一つ一つ自らの目で観察して記録していた。ファーブルの日々の生活は、いつも大自然の中にあった。ファーブルは、昆虫について学ぶことに生きる力を得ていたのだと思う。では、学歴社会で育った人はどうだろう。昆虫など、実物をほとんど見たこともなければ自然に直接ふれあうことも少ないし、自然の中から新しい発見をすることもない。やはり、学力だけに頼らず、自分で見て考えて学習するといった学習の原点に戻ることが大切だ。
確かに、人間は自分自身に対して孤独を問いかける体験も必要だ。しかし、
 「良い友人を得たければ、まず自分が良い友人でなければならない。」と言うように、他人を思いやる気持ちを忘れずに日々を過ごしていきたい。                                      

秋は夕暮れ
マロン
 春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる。
 これは清少納言作、「枕草子」の冒頭である。今と当時では季節感が違うが、彼女は、季節や自然を感じながら暮らしていた。そんな暮らしは、とても素敵だと思う。現代の社会では、暑ければクーラーのスィッチを入れ、寒ければすぐに暖房をつけてしまう。野菜やフルーツはスーパーで、どの季節のものでも手に入れられる。ビニールハウスなどで何でも年中栽培されているのだ。魚でさえ冷凍という方法をとればいつでも食べることができる。季節感がほとんどなくなっているのだ。私は昔のように季節感のある人生を送りたい。どうしたらいいのだろう。
 そのための方法としては第一に、変化を楽しむ気持ちを持つ、ということがあげられる。
 たとえば、たまにはいつもと違う道で帰ってみる。違う道で帰ると、いろいろな発見がある。名前の知らないかわいい花を見つけたり、ひそかに有名なケーキ屋、たくさんの動物を飼っている家、良い雰囲気の公園にも出会えるかもしれない。そんな変化は、自分に小さな幸せをもたらせてくれるはずである。
 最近私は修学旅行で、奈良、京都へ行った。東大寺の二月堂からは沢山の木や山が見えていい眺めだった。木々はもう紅葉が始まっており、緑の中に赤や黄色などの鮮やかな色が混ざっていた。「きれいだな…」と思わず皆もらしてしまったほどである。前回、家族で六月にこの場所に来たときには、木々は全て若々しい緑色をしていた。たった三ヶ月の違いで、こんなにも景色は変わってしまうのである。そして後一ヶ月もすれば、山は全部赤と黄色で敷き詰められるだろう。このような自然の変化を私は大切にしていきたい。
 また、第二の方法としては、学校教育や社会全体でもっと季節ごとの行事を守っていくような文化をつくることがあげられる。子ども達が自然と接する機会が少なくなってしまった今、大人が面倒くさがらずに、行事を大切にすることを教えていくべきである。春はお花見で桜を楽しみ、夏は太陽の下で元気に海水浴。秋は月を眺め、冬は雪遊びにお正月、豆まき。そんな季節感のある行事を暮らしの中にどんどん取り入れ、家族や友達と沢山味わえればいいと思う。日本にはすばらしい習慣が沢山ある。
 子どものとき、「うつけもの」と呼ばれていた織田信長は、野山を駆け回って、あたりの地理や自然を熟知していた。そのために戦では、最高の時刻と場所を選び、見事勝利を収めることができた。つまり、風邪や天候など、自然を味方につけることができたのである。
 このように、日ごろから、地球や自然とともに生きているという実感を忘れずに暮らしていくべきである。
 確かに、科学の発達は人々に快適な生活、暮らしやすい環境を多くもたらしてきた。病気や障害のある人、小さな子どもやお年寄りも困ることなく生活できる。寒暖の差をあまり感じなかったり、いつでもおいしい食べ物を季節とは関係なく味わうことができるのは、とてもいいことなのかもしれない。
 しかし、それよりももっと季節感のある人生を送るほうが楽しさも充実感も多いのではないだろうか。同じ一つの人生なら、昔の人のように、それぞれの季節を楽しんだほうが私は得だと思う。「寒さに震えたものほど、太陽の暖かさを感じる。」という言葉があるように、私達も一つ一つの季節を大切にして生きていきたい。
 秋は夕暮れ。(中略)日入り果てて風の音、虫の音などはたいふべきにあらず。
すばらしき日本の風土。

忘れられそうな和の心
☆shooting st
 「ミーンミンミンミンミン・・・」
蝉の鳴き声が家の中に響き渡る。これを聞くと、今は真夏なのだなという実感が湧いてくる。田舎に住んでいる私の祖母の家は、自然に囲まれていて、季節感の豊かな場所にある。私の家は、せっかく近くで蝉が鳴いていても、テレビの音量で鳴き声が消されてしまう。その上、暑ければ即座にエアコンをつけてしまうので、真夏の暑さを感じられないため、十分な季節感を楽しむことができない。私は、春夏秋冬どの季節も楽しめるような季節感のある生き方をしたい。
 そのための第一の手段としては、変化を楽しむ気持ちを持つことだ。私は、普段ペットの愛犬と散歩をするときでも、前日とは違う道を通るようにしている。そうすると、昨日とは違う新しい何かが発見できたり、気分転換になったりして、パターンを変えずに同じ道ばかり散歩するより新鮮味があるのだ。一昨日は、澄み渡っている青空が広範囲に見える道を通り、自然の美しさに感動した。昨日は、猫と猫が威嚇し合っているところを見て、動物も人間と同じで、警戒しあうことがあるのだということがわかった。このように、日常生活のほんの一部分を変えるだけで、毎日を楽しむことが可能になる。
 第二の手段としては、学校や社会で、もっと野山などに出て自然と接する機会を増やしていくべきだ。有名な戦国時代の人物であった織田信長は、子供の頃から野山を駆け回って、あたりに地理や自然を熟知していた。そのために、桶狭間の戦いでも、最高の場所と時刻を選べたのではないだろうか。経験は人々にとって人生の中で最高の宝であり、これを生かして、人々は己の持っている知識をより良いものにする。なので「この季節にはどのようなことが起こるか」「この季節にはどのような花が咲くのか」など、自然のことを理解するには直接自然とふれあうのが一番良い方法となるのだ。自然を理解することで、季節の特徴を実感でき、また他の人にも小さな自慢ができる(笑)ので、私は、日本人は自然と接することが必要だと思う。
 確かに、科学の発達は、人間に快適な環境をもたらした。病人やお年寄りが寒さに震えたり暑さに弱かったりする社会は決して良い社会とは言えない。しかし、私達はもっと季節感のある人生を送っていくべきである。「人が旅行するのは、到着するためではなく旅行するためである」という名言もあるように、私達が季節を過ごすのは、ただ時間を過ごすのではなく、その季節に合う楽しみ方で時間を過ごすためなのだ。自然とふれあい、自然の変化を楽しむことが、心の癒しとなり、私たちの生活の支えとなると私は思う。
「ミーンミンミンミンミン・・・」過ぎたはずの夏は、まだ私の心の中に残っている。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 清書 きこう 88 129657757889
2 秋は夕暮れ マロン 87 146158718689
3 忘れられそうな和の心 ☆shooting st 85 112152677593
4 現象面と原理 清書 かせり 81 113849637886
5 学校について友人と 廣川尚慶 81 101648697393
6 季節感の中には やじま はるお 80 171849749189
7 季節を味わう メグ 80 145547678690
8 表面的な考え 野球小僧 80 96856647087
9 本当に大切なものは目に見えない ゆりん 80 95453626986
10 季節感のある暮らし(清) うずら 79 113546738889

 
★固有名詞などで個人が特定される可能性のある部分は、言葉の森事務局で編集しています。

10月の森リン大賞と上位入賞者(高1高2高3社の部124人中)

学問の意義
ターミネーター
 昔から学問というものは社会のためにあるべきだという考えが存在する。その言葉通り江戸時代の幕末では、一般庶民の初等教育機関である寺子屋はおびただしい数に上り、村役人、僧侶、神職、裕福な町人などによって経営され、読み・書き・そろばんなどの日常生活に役立つ教育をおこない、道徳までも教えた。この庶民教育は都市を中心に広まり読み書きを中心となる初等教育が世界の中でも抜きん出ていた。こうした生活に役立つ教育と違って、今の教育は受験勉強のための教育となっている。現代の教育は受験勉強のための教養ではなく、まず生活に役立つ教養を身に付けていくことだ。
第一の方法として、初歩的なことをできるためにも生活に役立つ教養を受けて知識を増やしていくことだ。最近、今の子どもは昔の子どもと比べると知能の低下が見られるといわれている。こういう低下が見られるということはまず土台となる基礎が大事なのではないか?受験を意識する教養は基礎問題などの発展した問題ばかりでやるにしても早すぎなのだ。だから生活に役立つ基礎的な問題を小さい頃から教え込まれるのが大切である。
 第二の方法として、生活に役立つ問題より受験勉強のための勉強は今の現代社会を象徴している。昔戻って学問に対する意識を深く考えるべきだ。なぜなら受験勉強に役立つ勉強は、将来の自分のためにやっているのである。つまり第一に自分にとっての利益を大切にしているところから現代社会の状況と煮ていると思う。明治時代に「学問のススメ」を出版した福沢諭吉は言う。学問は実用に役立てるためにあるんだと主張している。今と昔とでは学問の意識が全然違う。昔に子どもは利益を目的として学問を学んでいるのではなく。学問は立派な人間になるためにあると江戸時代の人は言うが、現在は違う学問とはテストのためだけに勉強するという考えである。
確かに、生活に役立つ教養は面倒見がいいし、知識が身につくスピードは一番速い。だが受験勉強を意識した教養は後に大人になってもすごい役に立つ。「人には全く正反対な武器を持つことも大事だ。」という言葉にもあるように、たった一つだけに武器だけでは先へ進むことは難しい。二つ武器があることで先へ進むことが容易になる。だから生活に役立つ教養や受験勉強のための教養があればこの世の中をとまることなく進めることができると思う。今振り返ってみると受験するということはとても大変であった。この体験は自分に精神力というものを養わせてくれたということでもある。どんなことにもめげずにやり通すという気持ちを持てるようにもなり、役になっている。これから自分も二つ以上の武器を持っていけるよう頑張っていきたい。

学問のバトンリレー
紫式部
何のために勉強をしていますか? 今の私の答えは『大学受験のため』である。日本は国が決めた教育制度によって小学校6年間、中学校3年間が義務化されている。その先の高校、大学は個人の意思によるものだが、よっぽど特別な事情がない限り、今やほとんどの子が大学まで行くルートが出来上がっている。こんなご時勢だから、大学まで行けば就職口は見つかるとは言い切れないが、やはり、大学の新卒が就職に有利なのは事実であるし、大学まで行くと自分未来が展望しやすいのも確かだ。猛勉強をし、憧れの大学に入り、少しキャンパスライフを楽しんだかと思えば、とたんに就職活動に専念する学生が多い。
高校生は今のそんな大学生を見て『きっと、自分もこんなふうになるんだな。』と就職活動に駆け回る自分を想像する。ため息が漏れる。そして、今こんなにも自分の脳に詰め込まれている勉強は、就職活動を最終地点として走り出したゴールの見えるマラソンのようなものなのか。と、落胆してみたりもする。難しい数学の公式も、世界史の人物の名前も、英単語も、文法も、使われることなく埃を被って記憶の海に埋没していくただの代物なんではないかと、思ってしまうのだ。「だったら、勉強をする意味って、なんだ?」「なんなんだ。」
 「そんなことも分からないの?」 と母は半ば呆れ顔で言う。「自分の世界を広げるためでしょうが。」と。確かにそうなのだ。勉強が出来れば出来るほど自分の選択肢は広がる、視野が開ける。だが、今の人間はあまりにも社会と勉強とを結び付けすぎている。就職に有利なように勉強していい大学に入る。社会に認められるために、世間に認められるために、他人に、親戚に、友人に、親に認められるために勉強をしている。勉強のフォーカスを近々の社会に合わせるのは良いが逆にそれによって勉強本来の楽しさや、存在意味をとり間違っている人が多いようだ。勉強は決して、社会や他人のためにするものではない。自分のためにするものである。やはり、そのような自分のためにする自由な学問がしにくくなっている今の社会は問題だ。
 原因にひとつに、社会の『学問つまみ食い現象』があることが問題である。平日休日テレビをつければ必ずどこかの局で必ずクイズ番組が放送されている。東大美女、アナウンサー、お馬鹿キャラ、お笑い芸人など、様々な肩書きの人がで出てくる問題に一喜一憂しながら答えていく。見ていると知識のつまみ食いみたいなことをしている気がして、一視聴者の私としては少し物足りなさを感じる。学問が上っ面をなめるような軽いものとしてのイメージを受けてしまうのだ。学問はもっと重厚なものなはずだ。逆に、一年に一度テレビで放送される全国高校生クイズはレベルが高い。問題を出す方からも、解く方からも学問に対する崇高な気持ちが伝わってくる。洗練された学問に触れられる。このような質の番組を目指していくべきだ。
 原因の二つ目には、かつて日本を手本としていた他のアジアの国々が台頭してきたことにある。中国や韓国を例に取ると勉強だけ見ても勢いが違うのは明らかである。韓国なんかお受験戦争だし、中国もすごい勢いで英語教育に力を入れたりしている。そういう国々と比べると日本は明らかに、もたもたと、ゆっくりと学んでいる感じがする。必至さはないかもしれない。日本の学生はそのようなアジアの国々を横目に見ながら何を思っているのだろう? 「こうしちゃいられない!」と思うのだろうか? 多分否だ。今のゆっくりな状況に甘んじて学問に自ら手を出す人は少ないのが今の現実だ。
 確かに、学問というと堅苦しいもののように思われるが、おそらく元々は、古代の人々が自らの知的好奇心を満たしたり、生きていくための知恵だったものだろう。長い時間をかけて現代まで伝えられたものだ。私たちはそれらの知識を次の世代に運ぶ使命がある。もう一度何のために勉強をしていますか? と、問われたらもう、「分からない。」とは答えられないはずだ。なぜなら、その答えは私たちが学問のバトンを渡していくであろう後世の人々が出す答えだからだ。

幸福
いすも
 あれが欲しい、これが欲しい・・・。今の世の中、不満を抱いて生きている人が山ほどいる。生きていく中で必要なものはすべて整っていても、不満を抱いてしまい、自分は不幸であると考えてしまうのである。だが、ないものを不幸に感じるのではなく、今あるものに感謝をし、幸福を感じることはできないのか。人間は身近にあるもの、身近で自分にもできるものに幸せを感じるべきだ。
 第一の方法は、周りに起こっていること、すべてに感謝することだ。私は、最近「ザ・シークレット」(ロンダ・バーン)の本を読んだ。そこには、感謝することこそ、あなたの人生により豊かさをもたらす、と書いてある。そして、ポジティブ思考で感謝をすると、その感謝の気持ちが宇宙に伝わり、もっと感謝ができることが身の回りに起きる、とも書いている。私が読んだ違う本にも、『ありがとうX自分の年数で奇跡が起こる』と書いてあった。確かに、人生すべてを感謝して、悪い気持ちにはならなく、逆に幸せな気持ちになれる。些細なことで十分なのだ。たとえば、きれいな水を毎日飲めることや毎日朝食、昼食、夕食が食べられることに、感謝できる。自分の部屋があって、友達がいて、家族がいることにも感謝できる。学校で勉強ができて、良い教育が受けられることや、健康な体が持てることや、喋れること、書けること、見えることや聞けることにも感謝できる。人生どん底だ、と思っている人も、自分が生きていられることに感謝できる。友達とけんかしていても、喧嘩したことによって得られた教訓に感謝すれば良い。そうしたら、喧嘩した後でも少しは気持ちが安らげられる。たったの5文字、ありがとう、という言葉が私たちの人生を幸福に満たしてくれる。とてもすばらしいことだと思う。
 第二の方法は、不満を抱かないで、幸福を願うことが大切である。また「ザ・シークレット」の本に戻るが、こんなことが書いてあった。『何事も願うことによって叶えられます。強く願っていると誰でも全ての願いを叶うことができます。ただし、ネガティブ思考を持たないで、否定の気持ちを持たないこと。自分の夢が叶いたい場合、私には無理だ、というネガティブな否定の気持ちを持った時点で叶われません』
だから、幸福も、強く願うと誰にでも与えられる。絶対平等に願いは叶えられるようになっているのだ。だが、幸福を毎日願っていても全然訪れない、という人たちもたくさんいる。そういう人たちは幸福を願っている分よりも不満を抱いているはずだ。不満を持ち、不満を言い続けている人たちには決して幸福は訪れない。
「私は太っている。あぁ、いやだなー。もっと痩せていたらいいのに」
と思っている人と、
「私は太っているけれど、絶対痩せる事ができる。絶対諦めない」
と思っている人では、二番目の人のほうがすぐに、簡単に痩せる事ができる。こういうちょっとした思考の違いで、幸福をもたらすことができるのである。
 確かに、今を幸福と見ないで、未来を幸福に見ることもいいかもしれない。だが、「今」というこの時間を幸せに思うことによって、楽しい人生が送られる。「幸福とは、過去でも未来でもなく、今を感謝して幸せに生きることである」(自作名言)というように、本当の幸福は身近なことに感謝することから始まると思う。

順位 題名 ペンネーム 得点字数思考知識表現文体
1 学問の意義 ターミネーター 87 111263808187
2 学問のバトンリレー 紫式部 87 168761727981
3 幸福 いすも 87 136056727787
4 物ごころのついた(感) まいう 86 13576611611186
5 幼稚な解釈 いさせ 86 155868697490
6 「考える」勉強 あほーどり 81 89172737289
7 スポーツの勝ち負け しんご 80 110051879290
8 勝ち負けによる成長 えりそ 80 109352607683
9 人が進む先には ピカチュウ 80 92353607390
10 社会のなかでの個性 いへゆ 79 95658626890



2020年09月の森リン大賞 |  2020年08月の森リン大賞 |  2020年07月の森リン大賞 | 
2020年06月の森リン大賞 |  2020年05月の森リン大賞 |  2020年04月の森リン大賞 |  2020年03月の森リン大賞 |  2020年02月の森リン大賞 | 
2020年01月の森リン大賞 |  2019年12月の森リン大賞 |  2019年11月の森リン大賞 |  2019年10月の森リン大賞 |  2019年09月の森リン大賞 | 
2019年08月の森リン大賞 |  2019年07月の森リン大賞 |  2019年06月の森リン大賞 |  2019年05月の森リン大賞 |  2019年04月の森リン大賞 | 
2019年03月の森リン大賞 |  2019年02月の森リン大賞 |  2019年01月の森リン大賞 |  2018年12月の森リン大賞 |  2018年11月の森リン大賞 | 
2018年10月の森リン大賞 |  2018年09月の森リン大賞 |  2018年08月の森リン大賞 |  2018年07月の森リン大賞 |  2018年06月の森リン大賞 | 
2018年05月の森リン大賞 |  2018年04月の森リン大賞 |  2018年03月の森リン大賞 |  2018年02月の森リン大賞 |  2018年01月の森リン大賞 | 
2017年12月の森リン大賞 |  2017年02月の森リン大賞 |  2017年01月の森リン大賞 |  2016年12月の森リン大賞 |  2016年11月の森リン大賞 | 
2016年10月の森リン大賞 |  2016年09月の森リン大賞 |  2016年08月の森リン大賞 |  2016年07月の森リン大賞 |  2016年06月の森リン大賞 | 
2016年05月の森リン大賞 |  2016年04月の森リン大賞 |  2016年03月の森リン大賞 |  2016年02月の森リン大賞 |  2016年01月の森リン大賞 | 
2015年12月の森リン大賞 |  2015年11月の森リン大賞 |  2015年10月の森リン大賞 |  2015年09月の森リン大賞 |  2015年08月の森リン大賞 | 
2015年07月の森リン大賞 |  2015年06月の森リン大賞 |  2015年05月の森リン大賞 |  2015年04月の森リン大賞 |  2015年03月の森リン大賞 | 
2015年02月の森リン大賞 |  2015年01月の森リン大賞 |  2014年12月の森リン大賞 |  2014年11月の森リン大賞 |  2014年10月の森リン大賞 | 
2014年09月の森リン大賞 |  (2014年7~8月は未集計) |  2014年06月の森リン大賞 |  2014年05月の森リン大賞 |  2014年04月の森リン大賞
2014年03月の森リン大賞 |  2014年02月の森リン大賞 |  2014年01月の森リン大賞 |  2013年12月の森リン大賞 |  2013年11月の森リン大賞
2013年10月の森リン大賞 |  2013年09月の森リン大賞 |  2013年08月の森リン大賞 |  2013年07月の森リン大賞 |  2013年06月の森リン大賞
2013年05月の森リン大賞 |  2013年04月の森リン大賞 |  2013年03月の森リン大賞 |  2013年02月の森リン大賞 |  2013年01月の森リン大賞
2012年12月の森リン大賞 |  2012年11月の森リン大賞 |  2012年10月の森リン大賞 |  2012年09月の森リン大賞 |  2012年08月の森リン大賞
2012年07月の森リン大賞 |  2012年06月の森リン大賞 |  2012年05月の森リン大賞 |  2012年04月の森リン大賞 |  2012年03月の森リン大賞
2012年02月の森リン大賞 |  2012年01月の森リン大賞 |  2011年12月の森リン大賞 |  2011年11月の森リン大賞 |  2011年10月の森リン大賞
2011年09月の森リン大賞 |  2011年08月の森リン大賞 |  2011年07月の森リン大賞 |  2011年06月の森リン大賞 |  2011年05月の森リン大賞
2011年04月の森リン大賞 |  2011年03月の森リン大賞 |  2011年02月の森リン大賞 |  2011年01月の森リン大賞 |  2010年12月の森リン大賞
2010年11月の森リン大賞 |  2010年10月の森リン大賞 |  2010年09月の森リン大賞 |  2010年08月の森リン大賞 |  2010年07月の森リン大賞
2010年06月の森リン大賞 |  2010年05月の森リン大賞 |  2010年04月の森リン大賞 |  2010年03月の森リン大賞 |  2010年02月の森リン大賞
2010年01月の森リン大賞 |  2009年12月の森リン大賞 |  2009年11月の森リン大賞 |  2009年10月の森リン大賞 |  2009年09月の森リン大賞
2006年9月~2009年8月までの森リン大賞


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