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言葉の森新聞2018年7月2週号 通算第1522号 枝 0 / 節 1 / ID 印刷設定:左余白12 右余白8 上下余白8
  ■1.7月16日(月)は休み宿題
  ■2.【再掲】読書感想文の書き方(夏休み宿題など)
  ■3.教えない勉強によって、子供の成長は途中から加速する
 
言葉の森新聞
2018年7月2週号 通算第1522号

https://www.mori7.com/mori

森新聞
枝 1 / 節 2 / ID
1.7月16日(月)は休み宿題 枝 4 / 節 3 / ID 27686
 7月16日の月曜日は、祝日(海の日)のため、休み宿題です。
 先生からの電話はありませんが、その週の課題を自宅で書いて提出してください。先生からの説明を聞いてから書きたいという場合は、別の日に教室までお電話をして説明をお聞きください。(平日午前9時-午後7時50分。電話0120-22-3987)

 電話の説明を聞かずに自分で作文を書く人は、ホームページの「授業の渚」か課題フォルダの「解説集」を参考にしてください。
 課題の説明の動画「授業の渚」 http://www.mori7.com/nagisa/
 オープン教育の掲示板「森の予習室」に学年別の予習のヒントが載っています。
枝 6 / 節 4 / ID 27687
作者コード:
2.【再掲】読書感想文の書き方(夏休み宿題など) 枝 4 / 節 5 / ID 27688
 感想文が楽に書けるようになるのは、年齢的には小学5年生からです。小学1~4年生は、全体の構成を考えて書くという能力がまだ育っていませんから、大人が全体の方向づけをしなければ自分で本の流れに合わせて感想文の流れを考えていくという書き方はできません。
 また、小学1~4年生の場合、似た話がうまく見つかる場合と見つからない場合とでは、作品の出来に大きな差が出てきます。大人(親や先生)が近くにいて、「この次はこんなことを書いたらいいよ」とときどきアドバイスをしてあげなければまとまった作品を書くことはできません。

 なぜ学校のふだんの授業で感想文を指導せずに、夏休みの宿題というかたちで感想文を書かせるかというと、感想文は(特に低中学年の場合は)、一人ひとり別のアドバイスをしなければならないからで、30人から40人を相手にした一斉指導ではそういうアドバイスはできないからです。
 感想文の宿題を書かせる時間があれば、その時間を読書に充てた方がずっと子供のためになります。

子供まかせでは書けない

「なんでもいいから自分で好きな本を選んで、自分で好きなように書いてごらん」ということでは、感想文は書けません。
 小学生の場合は、大人がなんのアドバイスもせずに感想文を書かせるぐらいなら、感想文を書くことそのものをしない方がいいのです。単に字数を埋めるだけの感想文は、何の勉強にもなりません。

じょうずな感想文を書くコツはある

 書くからには、じょうずな感想文を書いて、コンクールなどに入選したいとはだれもが思うことです。
 作品の出来具合の半分は、似た話などの題材の部分に支えられています。また、もう半分は、感想の部分の一般化の深まりに支えられています。ですから、感動のある似た話が連想できるような本を選び、感想の部分で大人の人が一般化の手助けをしてあげれば、じょうずな感想文が書けます。
 しかし、こういうかたちで親や先生がアドバイスをすることは、子供にとってはあまりうれしいことではありません。また、親や先生に支えられてじょうずな作文を書いても、教育的な意義はありません。
 ですから、感想文の目標はじょうずな作品を書くことにではなく、ひとまとまりの本を読み、ひとまとまりの文章を書く練習をするということに置くべきです。

書き方の手順「まず本選び」

 まず本選びですが、子供が「この本、おもしろいから書きたい」と言うような本が必ずしも書きやすい本であるとは限りません。
枝 6 / 節 6 / ID 27689
作者コード:
 
枝 61 / 節 7 / ID 27690
 子供が自分なりに似た話を見つけることができたり、想像をふくらませたりできるような本が書きやすい本です。
 この本選びは、大人がアドバイスをした方がいいようです。少なくとも、子供には「似た話や想像した話が書けるような本が、感想文の本としては書きやすいよ」と言ってあげるといいと思います。
 書きたいテーマが決まっているときは、インターネットの書店を利用して関連する図書を数冊用意すると話題が広がって書きやすくなります。

書き方の手順「次に字数配分」

 感想文の宿題は、原稿用紙3枚程度(400字詰めで1200字)の分量で指定されることが多いようです。これだけの分量を1日で書くというのは大変です。
 無理のない字数配分は、1日1枚(400字)です。

 感想文の宿題をするために、4日間の予定を立てて、1日目に400字以上、2日目も400字以上、3日目も400字以上と書いていって、4日目に全体を通して要らないところを削り、清書するという予定を立てれば無理なく書くことができます。

書き方の手順「1日目の400字」

 本のはじめの方から一ヶ所、似た話や想像した話の書けそうな場所を選び、そこを引用し、自分の似た話を書き、最後に「たぶん」「きっと」「もしかしたら」などという言葉を利用しながら、自分の感想を書きます。
 本の引用(1)→似た話(1)(もし…だったらと想像してもよい)(たとえも入れる)→感想(1)(たぶん、きっと、もしかしたらなどと考えてみる)

書き方の手順「2日目の400字」

 2日目も同じです。本の中ほどから一ヶ所、似た話の書けそうな場所を選び、そこを引用し、似た話を書き、感想を書いていきます。
 本の引用(2)→似た話(2)→感想(2)

書き方の手順「3日目の400字」

 3日目も同じように、本の終わりのほうから一ヶ所選んで書いていきますが、最後の感想のところがちょっと違います。
 1日目、2日目は、引用した小さな箇所の感想でしたが、3日目は本全体についての感想を書いていきます。

 小学5・6年生の生徒の場合、この感想は、「○○は(人間にとって)……である」というような一般化した大きな感想を書いてまとめます。
 この感想の部分は、お母さんやお父さんと話し合いをして、子供自身の考えを深めていくといいと思います。
 そして、「私はこれから」などという言葉を使い、この本から得たことを自分のこれからの生き方にどうつなげていくかを考えてまとめます。
 中学生の場合は、結びの5行に「光る表現」を入れていくとよいでしょう。
 本の引用(3)→似た話(3)→大きな感想(○○は人間にとって……。私はこれから)

書き方の手順「4日目の清書」

 4日目は清書です。お母さんやお父さんが全体を通して読んであげると、要らないところが見つかると思います(書いた人自身には、要らない部分というものはなかなかわかりません。これは大人でも同じです)。この要らない部分を削ります。

 次に、書き出しの部分に本の引用として情景描写の部分を入れられれば、書き出しの工夫ができます。これは無理のない範囲でやっていくといいでしょう。
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書き方の手順「できたらほめる」

 書いている途中でも、書き終えたあとでも、親や先生が「これは、おもしろいね」「それは、いいね」と、子供の書いた内容のいいところやおもしろいところをどんどん認めてあげることが大切です。

 多少おかしいところや変なところがあっても、子供が書いた内容をできるだけ尊重してあげてください。
 これと反対に「これは、こうした方がいいんじゃない?」「そこは、ちょっとおかしいんじゃない?」などという否定的なアドバイスをすると、勉強でいちばん大事な子供の意欲をそぐことになります。
 大事なことは、いい作品を仕上げることではなく、手順にそってできるだけ自力で書く力をつけることです。

教室では宿題の感想文の個別指導はしません

 感想文の指導には、生徒ひとりずつ異なるアドバイスが要求されます。更に作品として完成させるためには、書いている途中にも頻繁にアドバイスをする必要が出てきます。
 このような対応は、普段の勉強の中ではできませんので、夏休みの宿題のための感想文指導は、教室では行いません。
 宿題として感想文を提出しなければならないという事情のある方は、教室で練習した長文の感想文で似た話のよく書けたものをベースにして、ご家庭で書き直していかれるといいと思います。

 また、どうしても書いた作品を見てアドバイスをしてほしいという場合は、担当の先生ではなく、言葉の森の本部に直接ファクスでお送りください。折り返しファクスとお電話で説明します。(これは有料となります。)


 言葉の森が読書感想文指導を行うまでは、感想文の指導というものはどこでも行われていませんでした。
 ただ書かせて、上手に書けているものを表彰するというやり方がどこでも普通に行われていました。
 そうすると、小学校低中学年の子供はどういう書き方をするかというと、最初から最後までのあらすじを長々と書き、最後に、「楽しかったです。」などというような感想を書いておしまいにするのです。
 こういう何の勉強にもならない、ただ読書嫌いや感想文嫌いにするだけの教育がずっと行われていたのです。

 もうだいぶ昔の話になりますが、読書感想文の書き方を教えてほしいという要望があったので、言葉の森で読書感想文講座を開いたことがあります。参加したのは、小3から小6ぐらいの生徒でした。
 3日間の講座で、全員がひととおり感想文を仕上げました。
 そこまではよかったのですが、秋になると、その子たちから次々と、「学校代表に選ばれました」とか、「コンクールに入賞しました」などの声が届きました(笑)。

 それで、あまり上手に書かせるのも問題だと思い、読書感想文講座は、その年だけでやめたのです。
 ただし、入賞を目的にしなければ、感想文の勉強自体は、意味のあるやり方で進めることができます。
 今年の夏休みは、その意味のある読書感想文講座を開く予定です。
枝 6 / 節 10 / ID 27693
作者コード:
3.教えない勉強によって、子供の成長は途中から加速する 枝 4 / 節 11 / ID 27694
 ある、先生どうしの会合の中で、次のような質問がありました。
「生徒に、算数や数学の分からないところを質問されて、すぐには答えられ答えられない場合、どうしたらよいか」
 このようなことを聞かれて、私はとっさに、
「先生は教えるのが仕事ではないので、子供に自分で考えさせるといい。もし、それでもどうしてもわからない場合は、子供がお母さんに聞くようにするといい」
 と言いました。
 すると、ほとんどの先生は、「そんなあ」という感じで笑っていたようです。

 しかし、これは、実はきわめて重要な教育の原則なのです。
 それは、教えないことによって子供が真に成長するからです。

 もし子供にわからないことを聞かれて、すぐその場で教えれば、そのときは理解が早まりその直後の成績はよくなるでしょう。
 しかし、そこで教えられたことは確かにすぐに身につくように見えますが、その定着の仕方は浅いので、すぐに忘れてしまうことが多いのです。
枝 6 / 節 12 / ID 27695
作者コード:
 
枝 61 / 節 13 / ID 27696
 そしてその代わり、教えてもらうことを繰り返して身につくのは、人に教わって学ぶという勉強姿勢の方なのです。

 教わって学ぶことに慣れた子は、教えを乞う勉強を続けていきます。
 すると、大学入試までは、教えを乞う勉強法で何とかやっていけますが、やがて途中から教えてくれる人はいなくなります。
 すると、そこで成長が止まってしまうのです。

 もし教えられなければ、自分で考えて理解しようとするはずです。
 中学3年生までの義務教育の勉強は、どんなに難しく見える問題であっても、解法を見れば誰でも理解できるようになっています。
 解法がない問題を考えるのは時間の無駄ですが、解法がありさえすれば誰でもわかるようになっているのです。

 確かに、自分で理解しようとする勉強は能率が悪いので、成績はなかなか上がりません。
 しかし、ここで身についているものは、単に成績ではなく、自ら学ぶという姿勢なのです。

 自ら学ぶ姿勢を持った子供は、教える人がいなくなっても自分で学んでいきます。
 だから、途中から勉強が加速し、それまで能率よく教わってきた生徒をやがて追い抜いてしまいます。

 シュタイナー教育の例に見られるように、小学校の低学年のうちはまるで無駄な遠回りをして遊んでいるように見える教育が、途中から自力で学ぶ姿勢によって加速していくのと同じです。

 この自ら学ぶ姿勢は、学校を卒業し社会に出てからも続きます。
 モンテッソーリ教育を受けた子供たちが、社会に出てから創造的な仕事をすると言われるのは、やはり自ら学ぶ姿勢を身につけて成長したからでしょう。

 ただし、もちろん、義務教育の勉強の中にも、子供がいくら考えても分からない問題というのはたまにあります。
 その理由は、解法の説明が、その子にとっては不十分だという場合があるからです。
 そのときはどうしたらよいかというと、それはお母さんが一緒に考えて教えてあげるのです。

 お母さんが教えることも、確かに専門の先生が教えることよりも能率は悪いように見えますが、ここで身につくものは、親が一緒に考えるという家庭の教育文化なのです。
 そして、もしそれでも分からない場合があれば、そのときは能率のために専門の先生に聞くというふうにすればよいのです。
 中学3年生までは、子供の勉強のわからないところは、家庭で親が一緒に考えるのがよいと思います。

 大事なのは、勉強の内容でありません。
 内容が大事になるのは、学問の先端を行く創造的な勉強をする場合だけです。

 学校教育のレベルでの勉強は、内容はすでにすっかりできあがっています。その具体的な形が、解答付きの問題集です。
 だから、内容を身につけることよりも、その身につけるときの方法や姿勢を身につけることの方がずっと大切なのです。

 元キャノン社長の賀来龍三郎さんは、高校時代の恩師から、数学は公式から自分で考えて解けと教えられました。
 その勉強法は、大学入試では時間切れという結果に終わり役に立ちませんでした。
 しかし、社会に出てからはその姿勢が本当に役立ったと気がついたというのです。

 子供の本当の成長を考えるのであれば、今成績を上げることよりも、将来にわたって続く勉強の姿勢を身につけることを第一に考えていくべきなのです。

「憤せざれば啓せず」という言葉があります。
 自ら発奮して学ぼうという気持ちのないうちは、教えても素通りしていくだけです。
 しかし、そういう子ほど、すぐに聞きたがります。
 だから、先生の仕事は、教えることではなくその子にやるぞという気持ちを起こさせることです。
枝 6 / 節 14 / ID 27697
作者コード:
枝 9 / 節 15 / ID 27697
 
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