言葉の森新聞2018年2月3週号 通算第1503号
文責 中根克明(森川林)

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■■作文を学ぶ意義
「読むことは人間を豊かにし、書くことはが人間を正確にする」という言葉があります。
 この「正確にする」という意味は、書くことによって物事をはっきりさせることができるということです。
 これは、事実を正確に書くということ以外に、自分との対話を深めるという意味も含んでいます。

 作文を書くことによって、書く自分と、その文章を読む自分との間に対話が生まれます。
 そのことによって物事と自分を正確に、つまりより客観的に捉えられるようになるということです。

 生活の中には、さまざまな困難があります。
 また、さまざまな喜びもあります。
 動物であれば、その困難や喜びに対して、直接その状態を生きることしかできません。
 しかし、人間はその困難や喜びから一歩離れて、それらを対象として見ることができます。
 これが人間の工夫や文化を生んできたのです。

 苦しいことも嬉しいことも、言葉を通すことによって人間的なものに昇華されます。
 作文の勉強は、文章を書くことによって、言葉をより正確に使える力を育てています。
 物事を正確に考えることによって、ある一つの考えから、新しい次の考えへと進んでいくことができるのです。


■■悪いところを直しても、上手な作文にはならない
 作文小論文の指導をしている人の中に、どういう作文がよくないのかということを事細かく説明する人がいます。
 そういう人たちが教える作文指導は、事後添削が中心です。
 子供が書いてきたものを見て、どこがよくないのかということを詳しく説明するのです。

 それを聞くと、まるで勉強を詳しく教えられているような気がします。
 しかし、だからといって、指摘されたところを直せば、上手な作文が書けるようになるというわけではありません。
 よくないところを直せば自然に上手になるのではないのです。

 上手な作文というのは、よくないところがあるかないかということとは別の次元の話です。
 よくないところを直した作文は、よくないところがない作文であって、上手な作文ではありません。

 そして、直すことを中心にした作文指導は、子供をどんどん暗くしていくのです。
 作文の学習は、長く続けることに意義があります。
 それは、作文力は国語力の集大成なので、上達に長い時間がかかるからです。

 作文指導を、直すこと中心に行っていくのは、作文指導をしないことよりもかえってマイナスが大きいとさえ言えます。
 作文指導に熱心な先生のクラスほど、作文嫌いの子が多くなるというのは、そういう事情があるからです。

 では、上手な作文を書くにはどうしたらいいかというと、それは書いたあとの作文を添削するのではなく、書く前に事前の指導をする必要があるのです。

 その事前の指導というものには、指導の枠組みが必要ですから、簡単にはできません。
 思いつきでいくつかの事前指導をすることができたとしても、その事前指導を何年も続けて系統的に進めて行くことは普通できないのです。

 作文指導は、子供が明るく勉強できることを基準にして進めていく必要があります。
 作文の勉強が嫌いにならなければ、必ず上達していくからです。


■■作文の勉強は小学校低学年から始めると長続きする
 小学1、2年生のころは、何でも吸収できる時期です。
 この時期に吸収するのは、しかし、勉強の中身ではなく、勉強の取り組み方という習慣なのです。

 小学1年生のころに知識を詰め込むような勉強の仕方をすると、詰め込むというスタイルが勉強の形になってしまいます。

 この時期に、自分で体験し、自分で考え、読書をしたり、対話をしたり、文章を書いたりするというスタイルの勉強を身につけると、自分で取り組む姿勢ができてきます。
 与えられた知識を覚えて答えを書いて○×をつけてもらうという勉強の仕方ではなく、自分で主体的に考えるというスタイルの学習の仕方が身につくのです。

 このような学習の仕方が身につくと、作文の課題が難しくなる小学校高学年以降になっても、その難しさを自分なりに克服していくことが向上心の喜びのようなものになり、難しい勉強でもくじけずに取り組んでいくことができます。

 作文というものは、小学1年生のころはまだ十分に書けないのが普通です。
 作文が楽に書けるようになるのは小学3年生のころからで、そのころになると、誰でも急に上手に書けるようになります。

 しかし、小学3年生から始める子は、すでに勉強のスタイルが身についているので、自分から進んで書くという姿勢が取りにくく、課題が難しくなると書くのをあきらめてしまうことも多いのです。
 これは、データにも現れていて、小学2年生から作文を始めた子は、小学3年生から作文を始めた子の2倍近く長続きするという結果が出ています。

 小学校低学年のころの習慣作りは、意外と大きな影響があるのです。

 私のうちの子供2人も、小学1年生から作文の勉強を始めました。
 最初は字数も少なく、表記のミスもかなりありましたが、低学年のころに毎週作文を書くという習慣がついたので勉強を長く続けることができました。

 言葉の森の生徒の中には、小学校1年生のころから始めて高校3年生のころまで勉強を続ける子もいます。

 そういう子供たちは、自分で考えて取り組むという学習姿勢ができているので、社会に出てからも自分なりに考えて行動することができると思います。

 小学校低学年の勉強は、勉強の中身ではなく、勉強の取り組み方を身につけることが第一の目的です。
 この時期に、よりよい勉強の仕方を身につけるように考えていくことが大切なのです。

 子供が小さいころは、何でも吸収できるので、どの子も天才のように見えます。
 しかし、そこで、吸収させるのは、中身ではなく姿勢です。勉強の場合は、勉強の姿勢です。
 この時期に、正しい答えを見つけるだけの勉強ではなく、自分で考えるという勉強の姿勢を身につけていくといいのです。


■■自宅での自主的な勉強習慣が身につく、少人数制の自主学習クラス
 言葉の森では、勉強の中心としている作文の指導のほかに、オプション講座として自主学習クラスという講座を行っています。
 これは、主に国語の問題読書を中心に、家庭で自学自習する仕組みをオンラインで先生がチェックする形の勉強です。

 1時間ほどの時間枠なので、国語の問題集読書のほかに、算数の問題に取り組んだり、また余った時間を読書に充てたりして、どの生徒も自主学習の時間を有意義に過ごしています。

 ところで、これまでの自主学習クラスは、先生と生徒がマンツーマンでやりとりする形式でしたので、子供どうしの交流というものがありませんでした。
 しかし、この1対1の関係だけですと、授業の活気が乏しくなる面があります。

 子供たちの勉強に対する意欲は、同じぐらいの学年の友達と経験を共有するところから生まれてきます。
 そこで、今回新しく5、6人の少人数のクラスで授業を行う少人数制自主学習クラスを開設することにしました。

 今のところは、まだ曜日と時間を限定してのスタートですが、今後希望に応じて時間の枠を増やしていく予定です。

 勉強で最も能率がよい方法は、自宅で自分の決めた勉強を行うことです。
 どこかに出かけて勉強する形だと、人に教わることが当然のようになり、自然に受け身の勉強になっていきます。

 もちろん、人に教わる勉強も必要です。
 だから、どこかに出かける勉強も当然必要なことがあるのです。
 しかし、教わるのはただのきっかけであって、勉強の中身は自宅で行う自学自習にあるという自覚を持つことが大切です。

 家庭で自分に合った参考書や問題集を繰り返し学習できれば、短い時間で能率よく勉強を進めていくことができます。

 言葉の森では、この家庭で行う自主学習という本来あるべき勉強のスタイルを広めていきたいので、自主学習クラスの受講料は月額2,160円と低価格に設定しています。

 この低価格は、決して内容が薄いことによる低価格なのではなく、できるだけ多くの子供たちが他人に教わる受け身の勉強ではなく、自分で主体的に行う勉強をしてもらいたいという理由による低価格です。

 自主学習クラスも、言葉の森の作文指導と同じように2回の無料体験学習ができます。
 少人数制自主学習クラスの参加を希望される方は、お電話でお問い合わせください。

 現在、少人数制の自主学習クラスは、下記の時間帯で募集しています。
○新小学1・2・3年生     月曜 17:00~17:45
○新小学1・2・3年生     火曜 17:00~17:45
○新小学4・5・6年生・中学生 金曜 18:00~18:45
○新小学4・5・6年生・中学生 金曜 19:00~19:45
(2018年2月10日改定)

 なお、この少人数制自主学習クラスに関しては、当面、言葉の森の生徒に限定して募集します。
 ただし、現在、1対1の自主学習クラスで受講している人は、この少人数制自主学習クラスの方にいつでも移行できます。


■■読書の楽しさは、読む楽しさと、紹介する楽しさ。作文も、人生も
 読書は、読んでいる間も楽しいものですが、そこで知ったことや考えたことをほかの人に紹介することもまた楽しいものです。

 作文の楽しさも同様で、書く楽しさとともに、発表する楽しさというものがあります。

 これまでの世の中は、吸収することを中心に成り立っていました。
 それは、物も情報も不足していたからです。

 しかし、今は、どの分野も供給過剰になっています。
 この過剰の時代に、人の動機の裏付けとなるものは、吸収することより外に向けても発散することです。

 その外に出す働きが、人間の個性を育てていきます。
 供給過剰の時代に生き残るのは、この個性なのです。

 個性を生かして、ある分野の第一人者になることが、今後の子育ての目標になります。
 そのための側面からの支えとして、吸収することも必要だという関係になっているのです。


■■面白い勉強とは
 勉強は、本来面白いものです。それは勉強することによって身につけた知識や技能が、他の何かの役に立つという経験ができるからです。

 人間に向上心や好奇心があるのは、この学んだことが役に立つということを知っているからです。

 ところが、今の子供たちの勉強は、こういう役に立つ勉強という実感があまりないようです。
 それはなぜかと言うと、点数に差をつけるための勉強で競争に勝つことを求められるような勉強をしているからです。

 その一つの例が、うっかり間違えやすい算数の問題です。
 算数の力は大切ですが、それは物事を算数的にとらえ処理する力をつけることが目的で、それ以上に、引っかかりやすい問題やパズルのような難問を解く必要はないのです。

 もちろん、そういうパズルを解くような難問に頭を使うことを趣味にできる子はそれでいいのですが、ほとんどの子にとって、そういう難問の解法パターンを覚える勉強は時間の無駄です。
 それよりも、もっと読書をしたり、自然と触れ合ったり、人間と交流したりする時間の方がずっと大切なのです。

 では、勉強はどういうところで面白くなるかというと、それは自分の学んだことを人に教えたり新しい分野に応用したりすること、つまり発表したり創造したりできる機会がある時です。

 思考発表クラブの子どもたちの勉強の発表が生き生きしているのは、その勉強の結果を採点されたり評価されたりするからではありません。
 評価の全くない中で熱心に勉強に取り組むのは、自分がしたことを発表して他の人に教える場があるからです。

 これからの勉強は、このような発表学習と創造学習を組み合わせたものが中心になり、その基礎力をつけるために自学自習があるという形になっていくと思います。




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