言葉の森新聞2003年2月3週号
文責 中根克明(森川林)

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■■ホームページの表紙を新しくしました
 2月11日にホームページの表紙を新しくしました。
 春にふさわしい明るい絵にしました。絵を変えただけでは芸がないので、画面上のウサギとヤギと犬をクリックすると、それぞれ鳴き声が聴こえるようにしました。(笑)


■■幼児教育について(前号からの続き)

勉強にも役立ち、心の成長にも役立つ習い事
 限られた時間の中で生活する子供たちにとって大事なことは、生涯につながる長い展望で現在の習い事を考えることです。
 その点で、作文は、理想的な習い事の一つです。作文の学習をすることによって、次のような習慣が身につきます。
 まず第一は、作文を通して親子の対話が増えるということです。小学生の課題では、「たまご焼きを作ったこと」「ひとりで電車やバスに乗ったこと」「ないしょの話」「お父さんの子供のころの遊び」などの課題があります。こういう課題に取り組むと、自然に親子で対話をする機会が増えます。小さい子供にとって、家族で対話をすることは心と頭脳の成長にとって欠かすことのできないものです。
 第二は、音読の自習をすることによって、難しい文章を読む習慣がつくということです。言葉の森の長文音読は5分程度でできる簡単な自習ですが、それぞれの長文にはその学年の子供にとっては難しい文章を載せています。こういう難しい文章を毎日読むことによって、自然に考える力が身につきます。また、毎日同じことを続けるという習慣がつくと、それはほかの勉強の習慣にもよい影響を及ぼします。
 第三は、毎週、作文を書くことによって、文章を書くことが苦にならなくなるということです。大学入試でも会社の就職試験でも、小論文の課題を出すところが増えています。しかし、文章を書く力は一朝一夕には身につきません。言葉の森で勉強をしている子供たちは、高校生になるころには自然に大学入試の小論文に対応する実力を身につけています。


先に進まずにその時期を味わう
 作文の学習で大事なことは、必要以上に先に進ませずにその時期の課題をたっぷりこなすということです。
 子供は吸収力があるので、知的な勉強を先に進ませようとすれば、驚くほどの成果を見せることがあります。しかし、能力の中には、先に進ませた方がよいものも、先に進ませない方がよいものもあります。
 漢字の読みなどはある程度先に進ませた方が、ほかの勉強にもプラスになりますが、作文を書く力については、その年齢の課題をたっぷり味わうという勉強の仕方が必要です。小学校低学年で、できごとをくわしく書くという練習をしてからでないと、高学年の、できごとを説明的に簡略に書くというはできません。もし、ものごとをありのままにくわしく書く時期を短期間で終わらせて、その先の課題である、ものごとを一般化して書くという課題に早め取り組もうとすれば、中身のない言葉だけの作文になってしまうおそれがあります。
 作文の学習の山は、年齢に応じていくつかあります。大きな山の一つは小学2年生のころです。無邪気に長く書いていた子がこの時期から急に長く書けなくなることがあります。それは停滞ではなく、新しい段階に進む前の模索の時期です。読んでいた本の文章をそのまま思い出すように書いていた子が、あらためて自分の言葉として文章を書こうとするために、長く書けなくなるのです。もう一つの大きな山は小学6年生です。できごと中心の作文を書いていた子が、ものごとをより大きくとらえて書こうという気持ちを持つようになります。しかし、読める語彙に比べて書ける語彙の範囲はずっと狭いので、書きたいことが書けないという時期が中学2年生のころまで続きます。
 作文の指導をするときには、その作文を見るだけでなく、その作文がどの時期に書かれたものかを見ていく必要があります。


■■読書力をつける

読書力はあらゆる学力の基礎
 読書をしたことのない子は、今の日本ではひとりもいないと言ってもいいでしょう。どの子も小さいころ、お母さんから絵本を読んでもらったり、自分で本を読んだりした経験があります。
 そのため、読書というものはだれでもできるもので、それが子供たちの学力の差になっているとは考えにくいものです。しかし、小学校の低学年の時期から既に、読書力については予想以上に大きな差が生まれています。結果が表面に出やすい漢字の書き取りや計算の練習は、成績が悪ければすぐに力を入れることができます。しかし、読書力については、大きな差があってもそれが自覚されないまま見過ごされてしまう場合がほとんどです。
 ところが、この読書力の差は、学年が上がるにつれて、子供たちの学力の大きな差として表われてきます。読む力のある子は、国語だけでなく、理科でも社会でも、文章を読むだけで内容を吸収していきます。
 しかも、この読む力は、文章を読むことだけにとどまりません。読書力は、物事の相互の関連を、理由、原因、方法、心の動きなどの立体的な構造として読み取る力にもつながっています。
 読書力は、あらゆる学力の基礎となっていると言っても言い過ぎではありません。


本を読まない中学生・高校生・大学生
 幼児期から小学校低中学年にかけて豊かな読書習慣を持っていた子でも、中学受験の時期になると、それまでの読書の習慣が途切れてしまうケースがかなりあります。
 小学校高学年から中学生にかけては、読書の質が変わる時期にあたるので、小学校高学年で読書から遠ざかると、中学生でどういう本を読んでいったらいいかがわからずに、そのまま読書離れが続いてしまう傾向があります。すると、高校生・大学生となるにしたがって、更に読書離れが定着していきます。
 読書力が伸びないから読書の楽しさがわからない、読書が楽しく思えないから読書をしないという循環が、大学生以降もずっと続いてしまうのです。


読書を阻害する環境
 「私が子供のころは、自然に本を読んだのに」と嘆かれるお母さんがよくいます。子供のころ自然に読書好きになったお母さんほど、読書とは強制されてするものではなくだれでも自然に読むようになるものだ、という考えを持っています。
 しかし、今の子供たちをめぐる環境は、昔とは全く違います。最も大きな違いは、読書以外の魅力的な時間つぶしがたっぷりあるということです。テレビゲーム、ビデオ、インターネット、携帯電話などは、お母さんやお父さんが子供のころにはなかったものです。
 これらの環境に抗して読書生活を続けることは、子供の力だけではできません。親や学校や社会が協力して、子供の読書環境を確保してあげなければならないのです。ところが、そういう体制はまだほとんどできていません。
 そこで、少なくとも家庭で子供たちの読書環境を作っていくことが必要になります。


小学校低学年から読書を生活習慣に位置づける
 小学校低学年の時期は、書店にも図書館にも読む本がたくさんあります。また、テレビゲームやインターネットなどの環境も、親の力でコントロールすることができます。
 この時期は、読書を毎日の生活習慣に位置づけるということを優先して取り組んでいきましょう。そのためには、読書の時間を毎日必ず確保することが必要になります。
 習慣というものは、日々欠かさずに続けていくことで定着します。何かの習い事があって遅くなる日は読書をしないというようなことがあると、習慣づけは難しくなります。読書習慣は、どの勉強や習い事よりも優先させるつもりで取り組む必要があります。そのためには、読書時間を夕方だけでなく、朝食前に確保するのも一つの方法です。


小学校中学年は多読によって速度力を身につける
 小学校中学年の時期は、読書のジャンルが広がり、読書量も増える時期です。この時期に読む本は、書店や図書館でも充実しています。ときどき、「どういう本を読ませたらいいでしょうか」という質問を受けますが、小学校低中学年の時期の読書選びは、困ることはありません。書店に行けば、フォア文庫、青い鳥文庫、岩波少年文庫など、出版社がこれまでに人気のあった本を再編集して出版しているシリーズが多数あります。この中で、子供が興味を持ちそうな本をどんどん読ませてあげればいいのです。
 本というものは、最初は難しくてつまらなそうに見えても、読み進むにつれて読む力がついていき、最後には面白くなってくるという場合がほとんどです。特に、小学校中学年のころまでは、本の内容に対する好みの個人差はほとんどありません。「子供が興味を持って読んでくれるような本を」と考えるよりも、何しろたくさんの本を読ませて読む力をつけるというのが、この時期の課題です。
(つづく)


■■光る表現(幼長−小2) 2003年2月3週号

ななみさん(いまの/幼長)の作文より(メグ先生/2.1週)
 もちごめをむして、うすにいれてきねでつきました。べったんべったんと、たんぽぽ(ほいくしょのなまえ)じゅうがゆれました。まるでかいじゅうがきたようでした。【評】力いっぱいおもちつきをしているようすがよくわかります。

ちーちさん(いりつ/小1)の作文より(あかね先生/1.3週)
 「わたしは、ながれぼしにおねがいすればいいとおもいます」(評)しゅじんこうの気持ちになって、よいアイディアを思いついたね。

実衣さん(うおり/小1)の作文より(ゆり先生/2.1週)
 はじめにたべたのは、おそばです。「ツルツルツルツル。」それでおそばがなくなりました。「あっ、ねぎとおしるしかない!!」とわたしが大きなこえでさけびました。【評:おいしくっていっきにたべてしまったんだね。早くたべちゃって自分でもビックリしたようすがよくわかりますね。】

ポワイさん(うかの/小1)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 しも柱を手でさわってみると、歯ぶらしの毛みたいに細いとう明な氷の集まりできらきら光って、とてもきれいで、つめたかったです。:評:霜柱の感じがとてもよくわかりますね。きれいな表現でした。

寛子さん(うけふ/小1)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 下におちたまめは、カスタネットのような音をたてて、まるで、まるまっただんごむしのように、ころがっていきました。:評:豆まきのときにまかれた豆は、こんな感じですね。楽しいたとえですね。

ちび丸あんさん(いふち/小2)の作文より(けいこ先生/2.1週)
 わたしのおい出したいおには、『なきむしおに』と『いじけむしおに』です。……そういうおにが、わたしの中から出ていくと、なきむしはなくいじけむしもなく、笑顔いっぱいでやさしい心をもつわたしでいられると思います。 評:心の中にいるオニをおいだす……いいところに気づいたね。おにをしっかりたいじできたかな?

わか島津さん(いよね/小2)の作文より(ミー先生/2.1週)
 国語をとぶようなはやさでやったら、5時50分になりました。【評】すごくはやくやったのがわかるよ。いつも帰る時間になっちゃったので早く終わらせて家にかえりたかったんだね。寒いし、おなかもすいてるもんね(^。^)

ひまわりさん(いりに/小2)の作文より(とこのん先生/2.1週)
 「シャーシャー」と音を立てながら動いていました。まるで雨と小石が空からふってくるようです。評:「まるで」という表現を用いて、より具体的にどんな音なのかを示しています。

博さん(いろみ/小2)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 (水族館で)いるかは、ちゅうがえりをしました。いるかは、大人の人ぐらいでした。いるかは、まるで、ミサイルがひっくりかえったみたいでした。:評:イルカのようすがよくわかりますね。すごい迫力で宙返りしますよね。

岳洋さん(いわみ/小2)の作文より(コスモス先生/2.1週)
 くるまの中はまるでむじん島のようにしずかでした。[評]そろばんのしけん前のきんちょうしたふんいきが、伝わってきますね。

王手!さん(うあち/小2)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 はやぶさとびをみんなの前ですることになりました。みんな、「すごい。」と、びっくりしたように言いました。そのとき、ぼくは、いつもの5倍ぐらいきんちょうしました。:評:クラスで二人だけできた「はやぶさとび」でしたね。みんなに見てもらったときの緊張感が伝わってきました。

花実さん(うけほ/小2)の作文より(メグ先生/2.1週)
 明日はバレエの発表会です。私は心ぞうがとび出るほどわくわくドキドキしています。【評】すみれちゃんの心ぞうの音が今にも聞こえてきそう。

亘さん(うさね/小2)の作文より(ほたる先生/2.1週)
 (ポケモンが)ほんとうにいたら、ぼくは、大かんげいです。【評】ほんとうにいたら、どんなに楽しいだろうね。いっしょにたびに出て、バトルして、ゲットして。

■■光る表現(小3−小4) 2003年2月3週号

さくらんぼさん(いそら/小3)の作文より(めもま先生/2.1週)
 わたしは、ねる前に、弟に、本を読んであげたり、まくらなげをしたりします。〜本と読み終わると「もう一回読んで。」と、ニコニコわらっています。たぶん、弟は、(この本、おもしろかったなぁ。もう一回読んでほしいなぁ。)と、思ったと思います。(評)ねる前の弟さんとの素晴らしい時間のことが、とても上手に書けました。

大和さん(いぬむ/小3)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 さいご、妹と、一袋分なげまくり、ゆか一面まめだらけで、お母さんにおこられました。:評:自分が鬼になっての豆まきで、はでに豆をまいたのですね。他の鬼はびっくりしたことでしょう。

ウサリンさん(いねめ/小3)の作文より(ゆうこ先生/2.1週)
 今日、私が学校に行ったら、いつもは三十四人いるクラスが、十六人になってしまいました。まぜかと言うと、今日は、十八人休んだからです。女の子が五人で、男の子が十三人お休みです。まるで、お化けやしきのようです。【評】センスの光るすばらしい「たとえ表現」です!!

のぞみさん(いのゆ/小3)の作文より(ふじのみや先生/1.4週)
 わたしは、グレープジュースを飲んでいるけど、ほんとうは、おさけのもとを、飲んでいるとわかりました。 【評】おとなになると、グレープジュースよりワインのほうがおいしく思えるようになるかもしれませんね。

はっしーさん(いむあ/小3)の作文より(メグ先生/2.1週)
 ぼくがねるときは、まるで魔法をかけられたみたいにまぶたがおちていきます。【評】おふとんに入るとすぐにねむくなってしまうのね。

絢人さん(いよも/小3)の作文より(メグ先生/2.1週)
 ぼくは「たくさん食べたなぁ。」とおなかをさすりました。【評】おなかがいっぱいのようすがよくわかります。

かとちゃんさん(いりす/小3)の作文より(あかね先生/1.3週)
 「まずそうなみかんをほおっておいたら、ぜんしんがしろくなって、まわりのみかん2、3個に、まるでリレーのようにまわりました。」(評)みかんがつぎつぎとくさるようすを、リレーにたとえたのが、見事だね!

かとちゃんさん(いりす/小3)の作文より(あかね先生/2.1週)
 四年生の男の子が、「そっちがおしてきたんだろ。おまえは豆がとりたいだろ」とかおをまっかにしていいました。まるで赤いボールみたいでした。(評)男の子が、おこっているようすが、目にうかぶようだよ。まるで、ほんものの赤おにみたいだね。(^^;

伶奈さん(いろす/小3)の作文より(メグ先生/2.1週)
 わたしがもしおじいちゃんだったら、まるでむねがやかれるようにつらいだろうな。【評】おじいちゃんお気持ちを推測(すいそく)して書くことができました。

大祐さん(うきお/小3)の作文より(とこのん先生/2.1週)
 妹が「オニはーとと。福はーつち。」といっていたので、「オニはー外。福はー内。といって投げなさい。」と教えてあげました。評:とってもかわいい妹さん!心温まるエピソードです。かぎかっこも上手に使っていますね。

ミニパンダさん(あもろ/小4)の作文より(はるな先生/1.4週)
 このごろ雪に足がぜんぶうまるくらいたくさんふりました。【講評】:大雪のようすを上手にたとえられましたね。

崇義さん(うあと/小4)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 (焼き肉の夕食)お母さんも、「ピラニアみたい。」と、ぼくたちのことを言っていました。:評:お母さんも上手にたとえますね。大好物の焼き肉を前にして、もくもくと食べている姿に、ぴったり。

孔一朗さん(うえも/小4)の作文より(メグ先生/2.1週)
 ぼくは、まずレタスを一まい出して、その上にしょうゆをつけたタマネギと肉を乗せます。そして、レタスをまいて、またしょうゆをつけて一口で食べました。口がふくらんでハムスターみたいな口になってしまいました。【評】焼き肉のレタスまき、おいしそう!

■■光る表現(小5−小6) 2003年2月3週号

ナッチさん(あめか/小5)の作文より(メグ先生/2.1週)
 節分の豆の一粒一粒に神様がいると思うから一粒ずつ大切に食べなくてはいけないということが分かった。【評】節分の豆には特別な意味があるのね。

ハッピーさん(あろる/小5)の作文より(メグ先生/2.1週)
 「さあ。終わった終わった。下に行こうか。」 私たちが豆まきが終わって階段を降りているころ、鬼は、木に隠れていつ逃げようか考えていた。【評】余韻のある

まいポンさん(いこに/小5)の作文より(ふじのみや先生/2.1週)
 「よーいドン!」 おじさんの声がひびいた。と、同時にパッと土けむりが舞い上がり、小さな馬たちがかけ出した。今日はクロスカントリーというマラソン大会の日だ。 【評】書き出しの場面すべてが「たとえ」になっていますね。勢いがつたわってきます。

駿作さん(いしと/小5)の作文より(メグ先生/2.1週)
 おじさんはまるで子供のように豆まきをしていた。おじさんのいきおいで鬼がぼくたちの家に入ってきてしまうようだった。【評】元気に豆まきをするおじさんの姿が目に浮かびます。

健吾さん(うくよ/小5)の作文より(うさぎ先生/2.1週)
 ぼくは、豆まきをきているとき「おにっていつもわるくいわれていてかわいそうだな。」と思いました、もしかすると、わるい鬼の中にいい鬼がいたら申しわけないなと思いました。【評】豆まきの途中で思ったことを素直に表現できました。やさしいね。

將さん(いうや/小6)の作文より(ふじのみや先生/2.1週)
 ついにぼくの演説が始まった。演説をしていると段々緊張もほぐれてきた。それでも足はがくがく。言葉も早口で、目は上のほうを見ていた。何かへんてこな気分で、まるで誰もいないのに一人で演説をしているみたいだった。 【評】緊張まっただ中にいる自分をよく観察しているね。

十円さん(いそあ/小6)の作文より(あかね先生/2.1週)
 「そして顔は、「ふしぎの国のアリス」に出てくるチェシャネコのようにニヤニヤと笑っていた。」(評)わかる人にはわかる、文学的なたとえだね。「しかし、位置についてみると、また緊張の波がおしよせてきた。そして体が固まっているように動きにくかった。

海亀航さん(いるせ/小6)の作文より(ウッチャン先生/1.4週)
 そして残り少しでこの本も終わると思った瞬間、文章は終わっているのだが、内容は中途半端なところで終わったように感じたのだ。肝心なまとめがないと僕は首をかしげた。まるでそばにいた人が急にいなくなるような感じだ。【評】「ジキル博士とハイド氏」を読んだ感想ですね。うまいたとえです。

にわとりさん(やえ/小6)の作文より(メグ先生/2.1週)
 もう自分でも訳わからないくらい思いっきり走った。私の苦手なバトン…!パシッ落とさず渡せた。すると先生が 「にわとりさんのバトンの渡し方いいね。足も速いし、本番もこの調子でがんばってね。」 バトンについてほめられてとてもうれしかった。でもあの時、たしかに次の人(A)の手にまるで吸い込まれるようにバトンが渡ったので、自分でもなぞだった。【評】きっとこの自信が本番につながったのでしょう。

■■光る表現(中1−社) 2003年2月3週号

慶太郎さん(いむま/中1)の作文より(スズラン先生/2.1週)
 (親に)英語の単語のスペルを聞くときに、きまって返ってくる言葉は、「辞書をひきなさい。」(笑)まるで、コンピューターに入力されたように返ってくる。:評:親が簡単には教えてくれないのも、愛情の一つですね。そのことをユーモアで受け止めているのがいいですね。

恭平さん(いむみ/中1)の作文より(うさぎ先生/1.4週)
 家の前の国道六号線約五十メートルに落ちているタバコの数を数えてみると、なんと六十一個も落ちていたのだ。これは、約89.1センチごとに一個ずつ落ちているという計算になるのだ! 【評】すばらしい! 実際にデータを観測してくれました。

英明さん(いらの/中1)の作文より(うさぎ先生/12.3週)
 それ以外にの例として、「先んずれば人を制す」と言うことわざが日本にあるように、アメリカにも「first come, first served」と言うことわざがある。僕は、アメリカに住んでいた時によくこの言葉をみかけた。僕が調べたデータによると、アメリカにはスープキッチンという貧しい人にスープを無料であげると言う運動を、昔よっていたそうだ。その時は貧しい人がたくさんいたから、いつもスープの取り合いで、政府が日本で言ったら「配給制」みたいなものを作った。しかし、それでもずるして多くもらおうとした人たちがいたため、政府もあきれて「first come, first served」といったことから行列ができ、みんな早い時間から列を作るようになったそうだ。だから、一番もめずにすむ方法は「先んずれば人を制す」方式でいくしかないと思う。 【評】日本のことわざ、アメリカのことわざ。そして社会の実例と興味ある話が紹介できました。

こめさん(いせか/中2)の作文より(ゆうこ先生/2.1週)
 節分に、豆まきはつきものである。確かに、お金や労力を使うかもしれないが、豆まきはやったほうがいいと思う。また、豆まきは幼稚だという人もいるが、僕はそうではないと思う。僕は、来年は豆まきをやりたいと思う。そして、節分の行事が後世にずっと継がれていったらいいと思う。【評】きっと来年は今までと違う豆まきができますね。

ミッキーさん(けく/中2)の作文より(けいこ先生/1.4週)
 「戦争放棄」というものは法律であるために守られているだけであって、ただのスローガンにすぎない。科学的分析をしていない場合は、スローガンはすぐに崩されてしまうものである。だからこそ、戦争をなくすためには、反省だけでなく科学的分析がとても大切なのだ。 評:「スローガンは崩される」鋭いね! 今、また新たな戦争が始まろうとしているときに、「戦争放棄」はどのように解釈されるのだろうか。

しっぽさん(ほし/中2)の作文より(メグ先生/2.1週)
 多数決にしても、一人ひとりの意見を聞くにしても、どこかで捨てられたり、忘れられてしまう意見があるはずだ。誰が考えた、どんな意見も一生懸命考えた大切な意見だ。例え、そのとき決めた結論にその捨てられてしまった意見が含まれていなかったとしても、その意見を忘れたりしないで、何かのときに生かすことが大切だと思う。【評】意見の重さはどれも同じはずですね。

如月悠紀さん(いるそ/高2)の作文より(森川林先生/1.4週)
 例えば、学校の宿題の多さで納得できる。わたしの学校では長期休みにはたくさんの宿題がでるが(県内でもトップクラスの多さらしい)、社会科で言えば、用語や用語の意味など表面的なものを覚えるのに精一杯で、古代人の生活ぶりなど想像していられない。これは、膨大な学問を効率よく頭に詰め込ませようとしたことの結果なのである。 ◆評:覚えることばかりに力を入れると、肝心の考える方がおろそかになってしまうのかもしれないね。身近な体験実例が生きている。

さゆりさん(ういみ/社)の作文より(森川林先生/1.4週)
  例えば、YAHOOの創業の話を読んだことがあるが、そのきっかけは指導教官が留守の間にインターネットホームページデータベースを作成時、外部アクセス用ソフトを友人に配布したことから爆発的人気を得たが、指導教官は学業を続けたければ遊びはやめろと怒った。しかし広告媒体としても価値があるので会社を設立してビジネスとして立ち上げ、その結果成功したのだった。(歴史実例)◆評:ビジネスの分野の歴史実例は、面白い。こういうエピソードを覚えておくと、自分の人生の参考にもなるよね

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