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  【重要】12月1週は次学期の進度の参考試験
  作文は予習によって力がつく
  アクティブラーニングを超える新しいフラーレン・オンライン教育
  アクティブ・ラーニングは、点数の評価はしにくいが、人間による評価は自ずからできる
 
言葉の森新聞
2019年12月1週号 通算第1589号

https://www.mori7.net/mori

森新聞
【重要】12月1週は次学期の進度の参考試験
 12.1週は、これまでの2ヶ月間の勉強の実力を見て、次の学期からの進度の参考にする実力試験として行います。
 ただし、今学期から受講を開始された方は、実力試験の結果にかかわらず原則として自動進級します。
【課題】 課題はその週の作文又は感想文の課題です。
【評価】 課題フォルダの構成・題材・表現・主題の★印と字数が全部できていることが評価の基準になります。(表現の項目などで二つ以上の項目が指定されている場合はどちらかができていればその項目は◎です)。
 キーワードと字数が採点の基準ですので、指定された字数以上で必要な項目が全部入る作文を書いてください。項目を入れたところには、項目マークを必ず書いておいてください。
【時間】 時間制限はありませんが、参考のためにかかった時間を作文用紙に記録しておいてください。時間は、課題を見てから書き終えるまでの時間です。
【締切】 作文実力試験の提出締切は、8日ポスト投函までです。
作文は予習によって力がつく
 作文を書くという作業はいかにも勉強しているように見えるので、書くところが勉強の中心のように思いがちです。
 しかし、書くということのほとんどは、自分が集めた材料と考えたことの結果を書くことであって、本当に大事な勉強は、書く前の材料集めと考える過程の中にあるのです。

 中学生や高校生で要領のいい子になると、課題をまともに読まずにヒントを読んでそれなりに上手な文章を書くこともできます。
 しかし、結果は上手に書けたとしても、内容の面で自分で考えたものが少ないので、そういう子はよく書いているわりになかなか力がつきません。

 逆に、事前に長文を読み、両親に取材をしたり自分の似た体験を思い出したりして準備してきた子は、作文そのものの出来はもちろんよくなりますが、それ以上に準備の段階で考える力がついているのです。

 作文の勉強の中心は予習をしてくることで、作文を書くというのはその結果に過ぎないと考えておくことが大事です。

 将来の作文は音声入力で書くことが中心になるでしょうから、そうするとますますこの考えてくることと書くことの違いがはっきりしてくると思いますが、今はまだ手で書いたりパソコンで書いたりしている子がほとんどなので、この書く作業が作文の勉強の中心のように思われてしまうのです。

 では、予習に力を入れるためにはどうしたらいいのでしょうか。
 言葉の森では、予習をしやすくするために、小学3年生から6年生までに予習シート配っています。
 しかし、これは単なるきっかけで、本当は自由にフリーハンドで自分の考えたことや取材したことをメモしてくればいいのです。
 この予習をしっかりしてきた子は、どの子も作文力が上達しています。

 予習に力を入れる勉強法として役立つのが、オンラインの少人数クラスの学習です。
 少人数に限定しているので、全員に予習の発表の機会があり、その発表のあとに全員に質問や感想を述べる時間があります
 全員の発表のあとに全員が質問や感想を述べるので、人の話をしっかり聞いていなければ話をすることができません。

 アクティブラーニングを実施している学校やクラスでも、全員が参加するという形はなかなか取れません。
 中心になる人が何人かいて、周囲の人は受け身で参加するというようなアクティブラーニングも多いのです。

 この予習の発表を中心としたオンラインの作文は、これからの作文指導の主流になってくると思います。
 言葉の森でその新しい作文教育を広げていきたいと思っています。
アクティブラーニングを超える新しいフラーレン・オンライン教育
 2020年の教育改革での新しく求められる学力として、考える力、書く力などが挙げられています。
 これは既に多くの人が気が付いていることですが、学校の成績がよく受験勉強の知識は持っていても本当の意味での学力のない人が増えてきたからです。

 昔の東大生と今の東大生は質が違うと言われています。(「教育激変」池上彰・佐藤優より)
 今いい学校に進む人は、学力のある人というよりも、受験のための知識と方法を詰め込んだだけという人が多くなっているのです。

 そのような反省から、東大や京大でも推薦入試や特色入試を行うようになりました。
 ペーパーテストの成績だけで見ていると、入ってくる学生は、受験校や受検塾で受験勉強をした人だけという結果になってしまうからです。

 しかし、いま考えられている新しい教育改革のもとでの新しい教育は、評価のしようがないということが言われています。
 それが、今回の英語民間試験の延期や、記述試験の評価の混乱に見られています・。

 また、例えば、アクティブラーニングで、みんなと協力する力があるとか、考える力があるとか、あるいは道徳教育で道徳観が身についているかどうかということは、○×をつけて点数を付けるような性格のものではありません。

 しかし、ここで考えなければならないこと、そもそもそういう点数化されるような評価が教育にとって本質的なものかどうかということです。
 知識や技術のように評価が客観的に数値化できるものであれば、それは点数として評価することが合理的です。
 それが本人の励みにはなり目標にもなるからです。

 しかし、江戸時代の寺子屋に学ぶ子供たちは、点数による評価で勉強していたわけではありません。
 みんなと勉強することが楽しいとか、または自分のした勉強が他の人に認められるとか、そういう人間のつながりの中で勉強に対する意欲を持っていたのです。

 点数で評価するという分野は、教育の中に確かにありますが、点数で評価しない分野もまたそれ以上に多くあるのです。

 言葉の森の創造発表クラスの子供たちは、毎回自分なりに個性的に研究した内容を発表しています。
 それは、評価されたり、点数をつけられたり、競争させられたりするからではなく、自分の好きなことを研究して発表することが楽しいから行なっていることなのです。

 本来の教育とは、このように楽しいから行うというものであるはずです。
 しかし、その楽しさが、小中学生時代には友達との交流の楽しさという面を持たなければ長続きはしません。
 たったひとりで自分の好きな勉強に打ち込むというのは、もう少し年齢が大きくなってからです。

 友達との交流の中で勉強を楽しむということが、これからの勉強の新しいスタイルになっていきます。
 言葉の森の作文読解クラス、創造発表クラス、自主学習クラスもこのような観点で行なっています。

 このときに大事になるのは、教材や先生よりも、生徒の主体性です。
 その生徒の主体性を支えるのは、保護者の協力です。
 そのために、生徒と保護者との保護者懇談会が毎月定期的に行うようにしました。

 ところで、現在世の中で広がっているオンライン教育とのほとんどは、ビデオオンライン教育か、マンツーマンオンライン教育です。
 それらのオンラインは、ただ教える人と教わる人のラインがつながっているだけのオンラインです。
 言葉の森の目指すオンライン教育は、つながっている生徒どうしがまた相互つながるという、フラーレン状というか網目状のオンライン教育です。

 このフラーレン・オンライン教育が可能なのは、学習する勉強の内容そのものが、答えのある勉強よりも、答えのない創造的な勉強になっているからです。
 特に、作文読解クラスと、創造発表クラスはそうです。
 自主学習クラスは、自分で勉強するクラスですから、もともと交流は副次的なもので、交流として行うのは読書紹介か暗唱発表です。

 今、アクティブラーニングがさまざまなところで行われていますが、そのアクティブラーニングの問題点は、第一に人数が多すぎることで、第二に答えのある学習が想定されていることです。
 答えのある学習ということは、できる子とできない子がいるということで、しかもそれが大人数で行われるのであれば、できる子もできない子も退屈し、お喋りするだけの勉強になってしまう可能性があります。

 言葉の森のオンライン教育は、まだ生徒数がのべ150人ぐらいで、言葉の森の全生徒のごく一部です。
 だから、まだ十分に稼働しているとは言えません。
 十分に稼働するとは、同学年同レベルの生徒が切磋琢磨するようなクラスになることです。

 しかし、未来の教育は、このフラーレン型のオンライン教育の中でしか実現できないと思います。
 そして、言葉の森がイメージしているのは、オンライン教育がオンラインでとどまるのではなく、季節ごとの自然合宿教育で、自然や友達と触れ合う機会と組み合わさることです。

 先の長い話ですが、この新しいフラーレン・オンライン教育をこれからも広げていきたいと思っています。
アクティブ・ラーニングは、点数の評価はしにくいが、人間による評価は自ずからできる
 池上彰さんと佐藤優さんが語っていた教育改革についての話です。
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池上 「文科省がアクティブ・ラーニングを「主体的・対話的で深い学び」というふうに「改題」したこともすでに述べましたが、そこに今回の改革が想定する三つの視点が集約されています。

 「主体的な学び」とは、学ぶことに興味、関心を持ち、見通しを持って粘り強く取り組み、学習活動を振り返りつつ次につなげていくこと。

 「対話的な学び」は、教師が一方的に教えるだけではなく、生徒が先生や他の生徒、あるいは地域の人たちなどとの対話や協働などを通じて理解を深め、思考力を高めていくこと。

 そして「深い学び」は、習得・活用・発見という学びの過程の中で、問題を見出して解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりする力を養うこと──。

 大まかに言うと、そのように説明されています。

佐藤 そうした新しい学び方を本格的に採用しようという考えの根底にあるのは、特に高校の授業が知識伝達型にとどまっていることに対する危機感です。

 卒業後の大学での勉強や社会に出てからの生活に役立つものになっていないではないか、と。

『教育激変 2020年、大学入試と学習指導要領大改革のゆくえ(中公新書ラクレ)』
(改行を一部変えています。)
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 これを見ると教育改革の中にある問題意識は、言葉の森がオンラインクラスで行ってきたものとほとんど同じです。

 ところが、このアクティブラーニングという考え方が総論では理解されていても、自分の子供の教育となるとなかなかその具体的な必要性がわからないという問題があります。

 そのため、文部科学省は大学入試という受験勉強の最後の出口のところを改革することによって、小中高の授業内容を変えていこうと考えているのです。

 ところが、アクティブラーニングのような学力は、小論文や面接という形では評価できるものの、学校教育の定期的なテストという形で評価できる性格のものではありません。

 そこで、子供も保護者も、どうしてもすぐに点数の出るような、したがって自分と他の人との差がはっきりするようなものに目が向けられてしまうのです。

 しかし、それにもかかわらず、創造発表クラスで毎回創造的な発表をする生徒がいます。
 その発表のために長い時間をかけて準備していると思いますが、その準備が具体的にどういうところで成績に表れるかと言えば当面はどこにも表れません。

 しかし、子供たちの発表を見てみると、そういう自由で創造的な発表する子供たちの将来は単に勉強ができること以上に確実なもののように思えるのです。

 自分から主体的に学び発表し自分らしい感想を言えるような子は、社会のどの分野に行っても自分らしい創造を行い、社会に貢献する仕事ができると思います。

 それが点数としては評価されないだけで、見る人が見ればその可能性は自ずから分かるものです。

 将来の入試は、今後ペーパーテストのようなものから小論文・面接のようなものに変わっていくと思います。
 そのような試験では、一夜漬けのようなものは効きません。
 その子の本当の実力が、人間どうしの対話の中で自然に出てきます。
 そういう学力を育てることが、これから最も必要になるのです。

 そこで、今考えているのは、創造発表クラスに理科実験や自由研究やものづくりのテキストを指定して、自分で自由研究を見つけるのが難しい場合はそのテキストから研究テーマを選ぶというような形にし、より参加しやすい形にすることです。

 この創造発表クラスの勉強は、勉強とは言っても、本気で取り組めば遊び以上に楽しいものになると思います。

                                             
 
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