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  【訂正】9月17日の森カレンダーに誤り。この日は「休宿」
  近年の受験作文の傾向と対策
  幼児年長、小学1年生からの親子作文で日本語力を育てる
  親子の対話は真面目さよりも楽しさを優先させて
  要素還元主義的な要約から全体論的な要約へ
 
言葉の森新聞
2018年9月2週号 通算第1530号

https://www.mori7.net/mori

森新聞
【訂正】9月17日の森カレンダーに誤り。この日は「休宿」
 言葉の森のカレンダー、9月17日(月)が「休」(課題のない、お休みの日)となっていましたが、この日は正しくは「休宿」(お休み宿題)です。
 先生からの電話はありませんが、自宅でその週の課題を書いて作文を提出してください。
 他の日に振り替え指導を受けることも、もちろん可能です。
近年の受験作文の傾向と対策
 そろそろ受験作文の季節です。
 作文の実力というのは、なかなか上がりません。しかし、受験は実力の問題ではなく、勝負の問題です。
 今ある実力で、いかに合格する作文を書くかというのが目標になります。
 そのコツは、10種類のテーマを決めて、そのテーマごとに傑作を1本ずつ書いて、そのテーマならいつでも楽に書けるようにしておくことです。

 中学入試の受験作文は、当初は身近な説明文が中心でした。
 今でも、帰国子女枠の作文試験では「海外生活の思い出」のような身近な課題が中心になっています。
 これは、基本的な文章表現力を見るための試験という位置づけだからです。

 しかし、このような身近な説明文は、ある程度準備をして臨めば誰でも一定の水準までの作文が書けるようになります。
 本当はそれでいいのですが、作文試験の目的は差をつけて選抜することにあるので、点数がバラけるような問題作りをしなければならなくなります。
 そのために、次第に増えてきたのが、「複数の、それもかなり長い文章を読んで、それに対する設問を解き、作文を書く」というスタイルの試験問題です。

 こういう傾向の受験作文に対しては、通常の対策以外に、速く読み取り、速く書き上げるという字数とスピードが要求されるようになります。
 こういう作文試験は、邪道だとは思いますが、実際にそのような試験問題が増えているのであれば、とりあえず対策をしなければなりません。

 その対策は何かと言うと、第一に作文試験の課題として出るような文章を読み慣れることです。
 中学入試の作文試験の課題は、学問の分野、生き方の分野、言葉の分野、日本文化の分野、学校生活の分野など、だいたい範囲が決まっています。
 ですから、ある程度の量を読んでいくと、最初の数行を見ただけでどういう内容が書かれているか見当をつけることができるようになります。
 課題文の分野に慣れて読むスピードをあげる、というのが第一の対策です。

 第二の対策は、書くスピードを上げるということです。
 これは、その場で考えて書いていたのでは時間的に間に合わなくなることが多いので、既に自分が書いた十数本の作文の中から当てはまりそうな実例や表現や意見を思い出し、それらを当てはめながら書くという形になります。

 いずれの対策も、練習をすれば必ずできるようになりますが、やはり時間がかかります。
 
 そのつもりで練習を重ねておくことが大切になるのです。
幼児年長、小学1年生からの親子作文で日本語力を育てる
 小学1年生のころの子供の能力はぐんぐん伸びます。
 だから、なにか習い事をさせれば、すぐにそれができるようになります。それは、勉強でも運動でも同じです。

 しかし、勉強面での先取りは実はあまり意味がありません。それは、学年が上がれば、誰でも同じようにできるようになることだからです。
 知識的なことは、先に学んでも、後から学んでも、行き着くところは同じです。
 それよりもむしろ、後から学べば短期間でわかることを、先取りするためにわざわざ時間をかけなければならないということも多いのです。

 早めにやることに意味があるのは、主に運動面と音楽面です。
 これは、運動と音楽の感覚は、知識ではなく身体の一部として身につくからです。

 運動と音楽以外に大事なことは、日本語の運用能力です。
 これは、日常生活の中でどの子もそれなりに行っていることなので、運動や音楽のようにははっきりとした差があることがわかりません。
 また、勉強面ではできたかできないかということがすぐにわかりますが、日本語の運用能力がどの程度あるかということは、表面にはなかなか出てきません。
 しかし、この日本語運用能力の差は、表面にはあまり出ない分、実はかなり大きなもので、その差は学年が上がるにつれて広がります。

 では、この日本語運用能力はどのようにして身につけたらいいのでしょうか。
 それは、国語の問題集を解くようなやり方では決して身につきません。
 日常生活の中での読書、対話、暗唱、作文という知的な日本語を使う機会を増やす中で自然に身についていくものなのです。

 この日本語運用能力が育っている子は、国語の勉強など全くしなくても国語の成績はよくなります。(国語力のある子は、一般に国語の勉強などはしていません。)
 また、国語以外の他の教科の勉強も、学校の授業を聞いているだけですべて理解できます。
 わざわざ勉強らしいことをしなくても、勉強はごく普通にできるようになるのです。

 この日本語運用能力を育てる方法として、言葉の森がおすすめするのは、親子作文という勉強法です。
 これは、勉強というよりも、親子で共通の体験や実験をし、親子で楽しく対話をし、親子で一緒に作文を書くという半分遊びのような勉強です。

 この勉強法のいいところは、単に知的なことを学ぶだけでなく、親の生き方やものの考え方も自然に学べるというところです。

 親子で実際に共通の体験をするのですから、予定どおりうまく行くことはむしろ少なく、予定外のことが起こったり、失敗したり、成功をしたり、発見をしたり、発明をしたりということが普通に起こります。
 そのときの親の対処の仕方から、子供は人生のさまざまな知恵を学んでいくのです。

 子供が小さいころは、親はなるべく手間をかけたくないと思いがちです。
 しかし、手間がかかるのは過ぎ去ってみれば、ほんのわずかの期間です。
 そのわずかな期間の手間が、子供のその後の学力やものの考え方や生き方の土台になっていくのです。
 だから、むしろ楽しく手間をかける方法を見つけていくことです。
 そのひとつが日曜日などに親子で取り組む親子作文です。

▽ウェブ会議システムで行う日曜日朝の親子作文体験学習受付中(9月)
 
https://www.mori7.com/kform_pre.php?f=tkg201809
(ウェブ会議に参加するために必要なものはウェブカメラのついたパソコン又はタブレットだけです。
 設定は全く必要ありません。初めての方でも簡単に操作できます。)

※親子作文以外の作文体験学習も受け付けています。
※ウェブ会議システムとは別に電話通信で行う作文体験学習も受け付けています。
親子の対話は真面目さよりも楽しさを優先させて
 言葉の森の作文指導は、親子の対話を重視しています。特に小学生のうちはそうです。
 子供の語彙力、思考力は、国語の問題集によってではなく、親といろいろな話をすることによって育つからです。

 語彙力と思考力のある子は、どの教科の勉強もできるようになります。
 だから、わざわざバランスよく、国語、算数、理科、社会などの勉強を家庭でする必要はありません。いろいろな教科の勉強は、学校でしているだけで十分です。

 家庭の学習では、国語的なこと最重点にしてやっていく必要があります。
 その国語的なことが、読書、作文、対話、暗唱です。

 小3から小6の生徒には、作文の準備をするための予習シートを渡していますが、それは、作文のテーマについて、お父さんお母さんに取材をするためというのが大きな目的です。
 この取材の中で、語彙力、思考力が育ちます。
 本を読むには、目から入る読解力が必要ですが、人の話を聞くには耳から入る読解力が必要です。そして、この両者の読解力は共通しています。その共通しているところが思考力です。

 小2までの生徒は、自由な題名の課題なので、予習シートで親に取材するという形は取れませんが、そのかわりに実行課題集を渡しています。
 これは、季節の行事や遊びを家庭で企画することを通して、やはり親子の対話を盛んにするためです。

 予習シートも、実行課題集も、作文を書くことを前提にしていますから、対話の内容も自然に知的、論理的なものになります。
「楽しくてよかったね」という話で終わらずに、「どうしてだろうね」と考えるような方向に話が進むのです。

 この親子の対話で大事なことは、真面目さよりも楽しさを優先させることです。
 対話の目的が、作文を書くことに結びついているので、対話は自然に真面目な方向に向かいますが、ここで親があまりにきちんと勉強的な位置づけで話をすると、子供はそれを息苦しく感じるようになります。

 真面目にやりすぎることのいちばんのマイナスは、親子ともにくたびれて、長続きしなくなることです。
 国語的な勉強は、読書も作文も含めてすべて長期戦ですから、何しろ長続きさせることが大事です。
 その長続きのコツは、楽しさを優先させて、面白おかしく、力を抜いて行うことです。

 ……ところが、小学1、2年生のころの子供は、親の言うことは何でも素直に聞くので、親が真面目にやりすぎても、それについていってしまうのです。
 しかし、その真面目さは無理があるので、いずれ行き詰まります。
 だから、子供が小さいときほど、親は楽しさを優先させて接することが大事なのです。

 最後に、「親子の対話を楽しさを優先させて」と反対のことのようですが、親子の対話は知的であることが大事です。
 子供が子供のレベルで感じたまま言ったことを、親は更に知的に高いレベルで、しかし楽しく話してあげる必要があります。
 そのためには、親自身がものごとを知的に考える習慣を持っていることが大切です。
 子供に何か聞かれたとき、「ない」とか、「わからない」とか、「自分で調べなさい」とか言わずに、必ず何か中身のあることを話してあげる必要があるのです。
 
要素還元主義的な要約から全体論的な要約へ
 要約の練習をする場合、できるだけ簡単な方法でやることが大事です。
 難しい方法は長続きしないからです。

 そこで、まず「要素還元」主義的な要約の方法について解説します。
 文章全体があった場合、まず、最小単位である文に着目し、その文を主語と述語に圧縮します。
 次に、一つの段落に着目し、その段落の中で最も重要だと思われる一文を抽出します。
 次に、段落ごとの一文の集合である文章全体から、その文章の内容を最もよく表すいくつかの文を抜き出します。
 こうして文章全体の要約が完成するのです。

 しかし、こういう回りくどい勉強法が果たして毎日できるでしょうか。
 一度だけなら我慢してできるかもしれませんが、毎日の要約の勉強としてやるには、あまりに手間がかかりすぎます。
 しかし、こういう要素還元主義的な要約の説明が多いのは、一つ一つの要素に還元された話は、教えやすくわかりやすい気がするからです。
 もちろん、わかりやすい気がすることと、本当にわかって実行できることとは違います。

 言葉の森の要約法は、要素還元主義とは正反対の「全体論」的な要約です。
 まず、文章全体を最初から最後までひととおり読みます。
 とりあえず全体を読み終えることが第一です。

 そして文章を読むときに、自分なりによくわかったと思うところに傍線を引いておきます。
 大事なところに線を引くのではなく、自分なりによくわかったと思うところに線をひくというのがコツです。

 次に、傍線を引いた箇所だけをすばやく何度も読み返します。
 すると、その文章全体が何を述べているかということがわかってきます。
 このときにわかる全体は、部分の総和だけではありません。
 部分の総和としての全体とともに、自分なりに理解した全体というものがわかってきます。
 その自分なりに理解した全体とは、生きた全体です。

 この生きた全体から、その文章に対する自分の考えというものが出てきます。
 言わば自分の考えを展開する出発点として、その文章を理解したということなのです。

 しかし、ここで自分の考えを展開する前に、いったん戻って文章全体の要約をします。
 その方法は、いくつもの傍線を引いた文から、文章全体の内容に合った文をいくつか抜き出すことです。
 これを3つの文として抜き出すとすれば、それが三文抜き書きです。

 この全体論的な要約が、要素還元・分析主義的な要約よりも優れている点は、回りくどくないことです。
 部分から取り組んでいる間は、最後に完成するまで全体が見えません。
 全体から取り組む場合は、そのまま全体が見通せます。
 そして、この全体論的な要約に慣れてくれば、文章を読んですぐに要約するということができるようになるのです。

 このように、言葉の森では、要約の方法を簡単に教えているので、誰でもすぐに要約ができるようになります。
 しかし、要約そのものの勉強には力を入れていません。
 それは、あまり面白い勉強ではないからです。
 要約の勉強が面白くない証拠に、それはパソコンのソフトなどでもとっくの昔にできるようになっています。
 人間がやるのは、ソフトにはできないことです。
 それが作文です。
 だから、作文で最も大事な要素は、その作文の中にある創造性なのです。
 
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