ツゲ の山 11 月 4 週
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◎自由な題名

★清書(せいしょ)

○さああまがえるどもは
 さああまがえるどもはよろこんだのなんのって、チェッコという算術のうまいかえるなどは、もうすぐ暗算をはじめました。いいつけられるわれわれの目方は拾匁(約三十七グラム)、いいつける団長のめかたは百匁、百匁わる拾匁答十。仕事は九百貫目、九百貫目かける十、答九千貫目(約三万四千キロ)。
「九千貫だよ。おい。みんな。」
「団長さん。さあこれから晩までに四千五百貫目、石をひっぱってください。」
「さあ王様の命令です。引っぱってください。」
 今度は、とのさまがえるは、だんだん色がさめて、あめ色にすきとおって、そしてブルブルふるえてまいりました。
 あまがえるはみんなでとのさまがえるをかこんで、石のあるところへつれて行きました。そして一貫目ばかりある石へ、綱をむすびつけて
「さあ、これを晩までに四千五百運べばいいのです。」といいながらカイロ団長の肩に綱のさきを引っかけてやりました。団長もやっと覚悟がきまったと見えて、持っていた鉄の棒を投げすてて、目をちゃんときめて、石を運んで行く方角を見さだめましたがまだどうもほんとうに引っぱる気にはなりませんでした。そこであまがえるは声をそろえてはやしてやりました。
「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトシャ。」
 カイロ団長は、はやしにつりこまれて、五へんばかり足をテクテクふんばってつなを引っぱりましたが、石はびくとも動きません。
 とのさまがえるはチクチクあせを流して、口をあらんかぎりあけて、フウフウといきをしました。まったくあたりがみんなくらくらして、茶色に見えてしまったのです。
「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイトシャ。」
 とのさまがえるはまた四へんばかり足をふんばりましたが、おしまいのときは足がキクッと鳴ってくにゃりとまがってしまいました。あまがえるは思わずどっとわらいだしました。がどういうわけかそれから急にしいんとなってしまいました。それはそれはしいんとしてしまいました。みなさん、このときのさびしいことといった∵ら私はとても口ではいえません。みなさんはおわかりですか。ドッといっしょに人をあざけりわらってそれからにわかにしいんとなったときのこのさびしいことです。
 ところがちょうどそのとき、またもや青ぞら高く、かたつむりのメガホーンの声がひびきわたりました。
「王様のあたらしいご命令。王様のあたらしいご命令。すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かあいそうなものである。けっしてにくんではならん。以上。」それから声がまたむこうのほうへ行って「王様のあたらしいご命令。」とひびきわたっております。
 そこであまがえるは、みんな走りよって、とのさまがえるに水をやったり、まがった足をなおしてやったり、とんとんせなかをたたいたりいたしました。
 とのさまがえるはホロホロ悔悟のなみだをこぼして、
「ああ、みなさん、私がわるかったのです。私はもうあなたがたの団長でもなんでもありません。私はやっぱりただのかえるです。あしたから仕立屋をやります。」
 あまがえるは、みんなよろこんで、手をパチパチたたきました。
 次の日から、あまがえるはもとのようにゆかいにやりはじめました。

(宮沢賢治「カイロ団長」)