テイカカズラ2 の山 3 月 3 週
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○自由な題名
○この一年、新しい学年


★(感)うちがまわるはなし
 【1】やれやれ、と、ほっとした母は一どにつかれがでたのでしょう。その日は朝から、おきてきませんでした。
「きょう一日、休ましてもらうべえ。あしたっからは、また正月のしたくにかからねえばなんねえから――。」
と、いいわけでもするように、ふとんの中でいっていました。
 【2】父とあには、どこかへでかけていたのでしょうか。家には、母とわたしのふたりだけしかいませんでした。
 ひるちかくになったら、ねどこの中から、母がわたしをよびました。
「あついにこみうどんがくいてえが、ひろにできべえかなあ。」
やってみてくれやい、というようにいったのです。
【3】「ああ、おらが、うんまくつくってやるよ。」
 わたしは、はずんでこたえました。
 いままででも、手つだいなら、よくしていました。それでも、じぶんだけでなにかをつくってみたことは、まだ一どもありません。【4】わたしは、きゅうにおねえさんにでもなれたような気がして、うれしくなっていました。
 戸だなの中には、母がゆうべつくった、うどんの玉がいくつかのこっていました。おつゆをこしらえて、にるだけでいいわけです。
【5】「かつぶしをかくのは、あぶねえから、けずりぶしでいいぜ。たんといれてなあ、うんまくつくってくれやい。」
 母は、ねたままでさしずをしました。
「だまっていてもいいよ。つくりかた、しってるもん。」
 わたしは、おしえてもらいたくなかったのです。【6】じぶんだけでやって、「できたよー」と、いってみたかったからです。
 いちばん小さいなべに、水をいれると、じざいかぎにかけて、いろりの火をかきたてました。
 だしはうまくとれたのです。いよいよあじつけです。【7】ながしだいの下に、ぶどうしゅのあきびんにつめたおしょうゆが、三本ならんでいました。いちばんてまえのレッテルのあたらしいびんが、つかいかけのようです。それをもってきて、おたまに一つだけ、いれてみました。
 【8】そして、小ざらにとって、あじをみました。まだまだ、うすくてちっともきいていません。
 こんどは、二ついれました。からくしすぎたかな――。しんぱいしながら、またあじをみました。まだ、だめです。
 おかしいなあ……。【9】でも、おたまの中へでてくるいろは、たしかに、おしょうゆです。
 ことしは、できがわるかったのかなあー。そうおもいながら、またおしょうゆをたしました。それから、あじをみました。∵
 なんかいあじをみたでしょう。【0】あじをみながら、四合びんに、はんぶんいじょうもあったおしょうゆを、みんないれてしまったのです。
 おつゆは、だんだん、きみょうなあじになっていきました。そしてわたしは、なんだか、からだがだるくなってきたのです。頭がおもいような、ねむいような、おかしな気ぶんになってきました。
 いったい、このおつゆは、どうなってしまったのでしょう。しんぱいになってきました。
 そのとき、
「どうだ、できそうか。」
と、おかあさんが、声をかけてきました。台所があんまりしずかなので、だまっていられなくなったのでしょう。
「ことしのおしょうゆは、おかしいよ。いくらいれたって、いっこうしょっぱくならねえだもの。」
 もう、しかたなしに、わたしはからっぽになったびんをもって、見せにいこうとしました。
 たちあがると、なんだか、目がまわって、よろよろしました。
「ああ、うちがまわる。」
 わたしは、ざしきの入り口で、うずくまりました。おどろいた母が、とびおきてきました。
 それから、気がついたときは、母のふとんの中で、目をさましていました。
 おしょうゆとおもいこんだ、あたらしいレッテルのそのびんだけは、まだほんもののぶどうしゅがはいっていたのだというのです。

『はずかしかったものがたり』「うちがまわるはなし」(宮川ひろ)より