テイカカズラ2 の山 1 月 3 週
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○自由な題名
○寒い朝、体がぽかぽか


★(感)かなしいゆびわ
 【1】わたしが一年生になったばかりのころのはなしです。そのころの小学校のつくえには、ひきだしがついていました。ふでいれかなにかをいれるための、はばが十センチもないような小さなひきだしです。【2】とってのかわりに小さなあながあいていて、そこへゆびをとおしてひきだすようになっていました。
 ある日、わたしは先生のはなしをききながら、そのひきだしをだしたり、いれたりしてあそんでいました。
 ところが、たいへんなことになってしまったのです。【3】というのは、右手の人さしゆびがひきだしのあなにはまったまま、ぬけなくなってしまったのです。
 ゆびはつけねまであなにはいってしまって、いくらぬこうとしても、かんせつがじゃまをして、どうにもなりません。
 【4】わたしはあわてました。もう先生のはなしをきくどころではありません。ひきだしにいれてあったものを、ぜんぶつくえの上にとりだし、ひきだしをつくえからひっぱりだすと、ひざとひざにはさんで、ゆびをひきぬこうとしました。【5】でも、だめでした。むりにひっぱろうものなら、ゆびがもぎとれそうなほどいたいのです。
 ひきだしをまわしながら、だましだまし、ひきぬこうとしましたが、それもだめでした。ゆびは赤くふくれあがり、びくともうごかないのです。【6】まるでスッポンにかみつかれたみたいです。ひきだしのあなは、わたしのゆびにしっかりくいついて、もうぜったいにはなすまいとしているようです。そんなふうにひきだしとかくとうしているわたしを、先生が見つけないわけがありません。
【7】「長崎、なにをしてるんだ。」
 はなの下にりっぱなひげをたくわえた、中年の先生でした。
 先生は、きょうだんからおりてくると、わたしのそばへやってきました。
 わたしはなきべそをかいて、下をむいてしまいました。【8】先生は、わたしの手くびをつかむと、ぐいともちあげました。わたしのかわいそうな人さしゆびは、ほそ長い小ひきだしをつるさげたまま、組じゅうの目にさらされたのです。
「なんだ、こりゃあ。」
 先生はあきれました。みんなはどっとわらいました。【9】わたしは、はずかしさにほおをまっかにして、小さな声でいいました。
「ぬけなくなっちゃったんです。」
「じゅぎょう中にいたずらしてるから、こんなことになるんだ。ばかっ。」
 先生はにやにやしながら、わたしのおでこをこづきました。
 【0】わたしの目にあふれていたなみだが、つーっとほおをながれお∵ちました。
 先生は、ひきだしをひっぱって、ぬこうとしました。だが、そうかんたんにぬけるはずがありません。
 そこで、先生はりょう手でひきだしをつかみ、
「いいか、ちょっとがまんせい。」
といって、おもいっきり、ぐんとひっぱりました。ところが、いたいのなんのって、とてもがまんなんかできません。
「いたたた……。」
 わたしはなきさけびながら、先生のほうへかけだしてしまいました。
 組の友だちは、たちあがったり、のびあがったりしながら見ていましたが、げらげらわらいました。
「しょうのないやつだ。」
 先生はしたうちすると、せいとたちに、
「みんな、すこしのあいだ、しずかに本を見ておれ。いいな。」
といって、わたしをうながしてきょうしつをでました。わたしは、組の友だちのあざわらう声をせにしながら、先生のあとについていきました。
 じゅぎょう時間ちゅうのろうかは、しーんとしずまりかえっていました。その長いろうかを、わたしはなきじゃくりながらあるいていきました。ひきだしをつるさげている人さしゆびが、やけつくようにあつく、ずっきん、ずっきんとみゃくうっていました。

『はずかしかったものがたり』「かなしいゆびわ」(長崎源之助)より