ネコヤナギ の山 3 月 3 週
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○自由な題名
○この一年、新しい学年


★月ができた原因に(感)
 【1】月ができた原因については、進化論で有名なダーウィンの息子のジョージ・ダーウィンという人が考え出した説が学会で認められていました。それによると月は地球の一部がちぎれて飛び出してできたものだが、面白いことに太平洋は月が飛び出した跡だという説を立てたのです。【2】ジョージ・ダーウィンという人は、たいへんあたまのいい人で、この月の成因説は、ただの思い付きというわけではなくて、推論にいろいろな根拠があげられているのです。たいへんうまい説明なので当時は反論する学者もいなくて、それが決まった学説となってしまいました。【3】ですから、私たちは学生の時にこういう説を教わったわけなのですが、こんな説は今ではすっかり消えてなくなってしまいました。
 【4】地球の成因の方は、四十年程前に、ドイツのワイッゼッカーという人が、惑星は太陽から飛び出したのではなくて、昔、太陽系をおおっていたガス体から固体の粒だけが残って、それが太陽の周りをぐるぐる回っているうちに衝突し合ってだんだんに成長して、いくつかの惑星になったという説を立てました。【5】それで、ビュッフォンの説は消えてしまったのです。そのワイッゼッカーの学説もその後十年ほどたって、アメリカのユレーという人と、ソ連のシュミットという人が修正して、地球や木星などの惑星のもとになった粒というのは、太陽系をおおっていた粒ではなくて、太陽の引力によってつかまえられた宇宙塵、つまり隕石ということになったわけです。
 【6】そして、月の方も、ダーウィンの説ではなく、地球のできる時に同じような現象で地球と一緒になってできたものだという説が、今日、定説となって、月は地球の兄弟だと考えられるようになったわけです。
 【7】だが、こういった学説も月ロケットで、人間が月から石のサンプルを持ち帰ったり、ロケットの観測機が火星や土星まで飛んでいって、情報を送ってきたりすると、古い説では解釈がつかないことだらけで、また、いずれ新しい学説が誕生することになるわけです。∵
 【8】こういうことは天文学、あるいは地学などに限らず、いろいろな科学の領域で起こってもふしぎはないわけです。まだ、本当は科学は何もかも知っているわけではなくて、ほんの自然の姿の一部をかじっているにすぎないのですから、いろいろと角度を変えて自然を見ているとつぎつぎと新しい発見が生まれてきます。【9】そしてそこから新しい学説が発展し、それをもとにしてまたすぐれた技術が誕生するといったことがこれからも続いていくはずです。
 【0】今までのでき上がった科学の理論とか解説とかにこだわりすぎてすべてをそれにのっとって(=基準として従って)考えるという傾向が強すぎますと、新しい発展が起こらなくなります。古いものにとらわれずに新しい見方をする、あるいは逆転の発想という言葉がありますが、そういう考え方をしていると、案外そこから面白い発展が起こるのです。
 これは科学者でなくても、一般の方々が広く眺めている観察、あるいは考え方からもみな同じ事情が生まれるはずですし、そういう点からも皆さんが日常観察しているものから、新しい科学の目が生まれる、ということも十分にあり得ることだと思います。
 昔、ウェーゲナーという学者が大陸移動説を提唱しました。この人は、地質学とか物理学とかの理論に基づいて考えていたわけではなく、世界地図を見ておりましたらいろいろな大陸の形が、ちょうどジグソーパズルの切れ端のように、寄せ集めると一つになってしまいそうな感じがしたことから大陸移動を考えたのです。なるほど合わせてみると、南米とアフリカとは一緒になりそうですし、アメリカ大陸もユーラシア大陸も、南極大陸もみんな一つに組み合わされそうに見えます。
 そういうところからウェーゲナーは大陸は昔は一つになっていたのが、ある時から分かれて移動したのではないだろうか、地球の内部が融けた液体でその上に固体の大陸が浮かんでいる、それがちぎれて、だんだん地球全体に分散したのではないだろうかと考えて、∵大陸移動説という学説を立てたのでした。
 たいへん面白い説ですが、当時の学界では、それは単なる思いつきだということで黙殺されてしまったのです。近頃になって、いろいろな観測の技術が進みますと、どうやらウェーゲナーの学説が本当であったらしいということで、プレート・テクトニクスという学説(=地球の皮膚を形づくる厚さ一〇〇キロの岩板の動きを研究する学説)ができて、実際に大陸が移動するのだということが、事実として認められるようになったのです。そこでウェーゲナーは今たいへん高く評価されるようになっておりますが、こういう、こだわらない自由な心で科学を論じるというのも一つの進歩の道だと言えるわけです。
 そういう意味でも、皆さんの自由な観察力や、考え方から思いついたことをどんどん科学者や科学界にぶつけていきますと、それは皆さんにとってもたいへん楽しいことですし、科学者にとっても楽しいことになるはずです。そして、そこから、思いがけない科学の進歩も生まれるということになりますと、なんともすばらしいことであるに違いありません。

(崎川範行「科学ってこんなに面白い」による)