エニシダ の山 3 月 2 週
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★じゆうなだいめい
○春を見つけた、種まき
★ほっとしたこと(できるだけ自由な題名で)

○ピピは町のどうぶつえんに(感)
 【1】ピピは町のどうぶつえんに、つれてこられました。こんどあたらしくひらかれたどうぶつえんです。
 園長さんは大(おお)よろこびで、かかりの二郎(じろう)をよびました。
【2】――二郎(じろう)くん、白クマの子どもだよ。きっとみんなよろこぶ。さあ東のC26番にいれたまえ。
 東C26のおりは、ペンギンの島です。白い大きな氷の山がつくってあり、まわりはプールです。もっとも氷はコンクリート製ですがね。【3】しかしペンギンは、つぎの捕鯨船でもってきてもらえることになっているので、まだ一ぴきもいません。
 ピピがC26のおりのうらからかおをだしてその白い氷山をみたとき、どれほどよろこんだことでしょう! 【4】おもわず二郎(じろう)の手に鼻をこすりつけたほどです。さあっとからだじゅうにきれいな水がはしり、青空をたべたような気もちでした。ピピははねまわって氷山にとびうつり、さて、首をペタリとつけて、ねそべってみました。【5】北のくにでは、いつもこうして、おひるねをしていたものですからね。
 ところが、オヤオヤオヤ、首のところがちっともひんやりしないのです。おかしいな、とおもってピピは、もうすこし下へおりてゆき、そこでまたねそべってみました。【6】やっぱりおなじです。ピピはおきあがって、じっと氷山をみあげました。まっさおな夏の空を背にして、ぐっとつったつなつかしいふるさとの風景とおなじです。
 おかしいな。ピピはおもいきってエイッと氷をひっかいてみました。【7】ジーンと、いたみがからだじゅうをつきとおって、手がしびれました。なにしろ、コンクリートをおもいきりひっかいたんですからね! つめがはがれて、ピピの右手は、たちまちまっかです。けれどピピは、くやしくってくやしくっていたみなどかんじません。
 【8】だまされたのです。こんなかたい氷山などこしらえて!
 ピピはそのときからずっと、おりのおくから、ちっともでませんでした。だまって目をとじて、すみっこでねむっているのです。∵おりの中は冷房がしてあります。【9】ですから、そとのにせものの北のくにほどのきちがいめいたあつさはありません。
 二郎(じろう)もこまりました。なにをもってきてもたべない。どうしてもうごかないのですからね。このままでは、まちがいなしに病気になります。
 【0】おきゃくさんたちは、まいにち、からっぽの氷山をながめてかえるだけでした。
 どこかでペンギンの声がしてバタバタと羽音がきこえたような気がしました。けれどピピは、もうけっして目をあくまい、からだをうごかすまい、とこころにきめていたので、じっとしていました。それから、からだがもちあげられて、どこかへはこばれるようにもおもいましたが、やはりピピは、そのままじっとしていました。

 それからずいぶん長いあいだ、ピピは、こんどはほんとにねむりこんでしまいました。どうぶつえんにもってこられたペンギンたちといれかえに、ピピは、ふたたび北のくにへつれもどされていったのです。まいにちのピピのひとりぼっちのすがたをみて、がまんできなくなった二郎(じろう)が、ねっしんに園長さんにたのんだのです。船はピピをつんで、北へ北へとはしっていました。
 船の人たちは氷の上にそっとピピをおろしました。氷のつめたさが、すこしずつピピのこころをあたためてゆきました。
――死んじまったのかな? ひとりがつぶやきました。それから、みんなはいそがしそうに船にひきあげてゆきました。ピピは、うっすらと目をひらきました。
 こんどこそ、まちがいなしに、ほんものの氷、ほんとの北の海のにおいです。
 けれどピピは、もう二度とおきあがれませんでした。ただ、からだじゅうがかるくなって、すいすいと空にまいあがってゆく気がしました。
 ピピのからだのまっすぐ上(うえ)の空から、小熊座のとおい星が、ピピのふるさとの白い世界を、しずかにみおろしていました。
「ぽけっとにいっぱい」より(今江 祥智)フォア文庫