1かれはすぐ、プリンストンの名物教授になりました。世界的な大科学者ということもありますが、そのすなおで、あたたかい性格が教授仲間や学生たちをとらえたのです。
2博士は、決まった講義は行いませんでしたが、研究室にくる学生たちを、たいへん親切に指導しました。
3学生ばかりではありません。たのまれれば、小学生の勉強だって見てあげたのです。
4じっさい、プリンストンの町には、ある十さいの女の子が毎日のようにアインシュタイン家に行って、博士に算数の宿題を教えてもらったという話が残っています。
「あんなえらい先生に、宿題を見てもらうなんて!」
5女の子のお母さんが、びっくりしておわびに行くと、博士は、
「とんでもない。わたしのほうこそ、おじょうさんから教わることが、たくさんあったんですよ。」
といったそうです。
6ライオンのたてがみのような白髪をなびかせ、町を散歩する博士を、だれもがあたたかい目で見守りました。
アインシュタイン博士は、この町でだれからも愛されうやまわれました。7ただひとつ、あまりにも身なりをかまわないことだけは、人々のじょうだんの種になりました。古いセーターに、サンダルばき。くつしたをはかず、さんぱつも大きらい。
8こんな博士に、「すこし服装に気をつかわれたらどうですか。」と、だれかが忠告すると、「肉を買って、包み紙のほうがりっぱだったら、わびしくないかね。」と、やりかえされてしまいました。人は外見ではない、ということでしょう。
9しかも、人生というのは限られています。ものは、すべて必要最低限にきりつめ、おしゃれをする時間があれば、一分でも研究のほうにまわしたい――アインシュタイン博士は、心からそう思っていたのです。
(「アインシュタイン」岡田好恵著より)
|