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 まさかソフィーは、世界をわかりきったものだと思っている人の仲間ではないよね? これはわたしにとって切実な問題なのです、親愛なるソフィー。だから念のため、想像のなかで二つ、体験をしてみましょう。
 さあ、想像してみて。ソフィーは森を散歩しています。突然とつぜん、行く手に小さな宇宙船うちゅうせんを見つけます。宇宙船うちゅうせんの上には一人の小さな火星人がよじ登ってソフィーをじっと見おろしている……。
 さあ、そんな時、ソフィーなら何を考えるだろう? まあ、それはどうでもいいとして。でも、自分を星人みたいに感じたことはない?
 ほかの惑星わくせいの生物にでくわすなんて、そんなにありそうなことではない。ほかの惑星わくせいに生命が存在そんざいするかどうかもわからないし。けれども、ソフィーがソフィー自身にでくわす、ということはあるかもしれない。ある晴れた日、ソフィーがソフィー自身をまったく新しく体験してはっとする、ということは。ちょうど森を散歩している時なんかにね。
 わたしっておかしなもの、とソフィーは考える。わたしはなぞめいた生き物、と……。
 ソフィーはまるで何年もつづいたいばらひめ眠りねむ から目覚めたように感じる。わたしはだれ? ソフィーはたずねる。ソフィーは自分が宇宙うちゅうのある惑星わくせいの上をごそごそ動きまわっているということは知っている。でも宇宙うちゅうとはなんだろう? なんであるのだろう? 
 もしもソフィーがこんな自分に気がついたなら、ソフィーは自分自身をさっきの火星人と同じくらいなぞめいたものとして発見したことになるのです。いえ、宇宙うちゅうからやってきたものを見てびっくりするほうが、まだましなくらいだ。ソフィーはソフィー自身をとびきりおかしなものとして、とっくりと深く感じるのです。
 わたしの話についてきている? ソフィー。もう一つ想像の体験をしますよ。
 ある朝、パパとママと小さなトーマスが、そう、二つか三つの男の子です、キッチンで朝食を食べている。ママが立ちあがり、流し台のほうに行く、するとそう、突然とつぜんパパが天井てんじょう近くまでふわっと浮かびう  あがる。
 トーマスはなんて言ったと思う? たぶんパパを指さして、「パ
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パが飛んでる!」と言うでしょう。
 もちろんトーマスはびっくりだけど、どうせトーマスはいつもびっくりしています。パパはいろいろおかしなことをするから、ちょっとばかり朝食のテーブルの上を飛ぶなんて、トーマスの目にはべつにたいしたことには映らうつ ない。パパは毎日へんてこな機械でひげをそるし、しょっちゅう屋根に登って、テレビのアンテナをあちこちひん曲げる。かと思うと、自動車に首をつっこんで、カラスみたいにまっ黒になって出てくる。
 さて、こんどはママの番です。ママはトーマスの声に、何気なくふり返る。ソフィーは、キッチンのテーブルの上を飛びまわるパパを見て、ママがどう反応すると思う?
 ママの手からジャムのガラスビンが落ち、ママはびっくり仰天ぎょうてんしてけたたましく叫びさけ ます。パパがいすに戻っもど たあと、ひょっとしたらママは医者にてもらわなければならないかもしれない。(パパがテーブルマナーを守らなかったばっかりに、とんだ大騒ぎおおさわ だ。)
 どうしてトーマスとママの反応はこんなにちがうのかな? ソフィーはどう思う?
 これは「習慣」の問題です。(このことば、メモして!)ママは人間は飛べないということをとっくに学んでいる。トーマスは学んでいない。トーマスはまだ、この世界では何がありで何がありではないか、よく知らない。
 でもソフィー、この世界そのものは、どうなっているんだったっけ? こんな世界はありかな? 世界もパパのように宇宙うちゅう空間にふわふわと漂っただよ ているんじゃなかったっけ……。
 悲しいことに、わたしたちはおとなになるにつれ、重力の法則になれっこになるだけではない。世界そのものになれっこになってしまうのです。
 わたしたちは子どものうちに、この世界に驚くおどろ 能力を失ってしまうらしい。それによって、わたしたちは大切な何かを失う。
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