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教育について
イチゴの広場
FD3Sあしあ高1
 先進国の経済と発展途上国の経済の最も異なる点は、発展途上国には、「先
進国」という経済発展において最良のモデルがあり、それをまねすることによ
って経済を発展させる事ができるからである。明治時代から日本はこれをする
(つまり欧米のまねをする)事によって発展してきたが、学校教育も例外では
なかった。つまり欧米の知識をひたすら生徒に詰め込んだのだが、現在この教
育方法は独創的な人材の芽を摘み取ってしまっている。もっと一人一人の知的
能力を刺激する教育をするべきである。
 
 私は、この文章に書いてあるような教育の中に完全にではないが組み込まれ
てしまっている。私の通っている学校は大学受験のための私立高校であるが、
そうであっても一部の先生達はできるだけ個人がの力が伸びるよう努力してい
る。しかしあくまで一部であり、多くの先生はひたすら知識を詰め込むだけで
ある。例えば今年の夏休みはある文系科目でまさに知識を詰め込むだけの膨大
な宿題が出たが、それのおかげで私は興味のある理系科目がよく勉強できなか
った。
 
 また、もし浦島太郎が詰め込み型の教育をうけていたら、柔軟な考え方が不
足しているために竜宮城などある訳がないとおもって冷たく亀を突き放してし
まうだろうし、亀がしゃべった時点で驚いて逃げてしまうかもしれない。それ
にだいたい話がなりたたない。幸い浦島太郎に柔軟な考え方(!!)があったため
我々は「浦島太郎」というおとぎばなしを楽しむ事ができる。
 
 この文章にも書いてあったように、日本は欧米のまねをすることによって先
進国と呼ばれるまでに発展した。しかし先進国になった以上、もう他国のまね
はできない。自分で何かを創り出さなければならない。これには当然柔軟な思
想と創造力が今まで以上に必要になってくるが、それを妨げているものがある
 
 わたしはそれを現代の日本の教育システムだと考える。あらゆる学問におい
て詰め込みをする教育方法が創造力を生むはずがない。「百聞は一見にしかず
」ということわざのように、教育もまた「百の詰め込みはひとつの体験に過ぎ
ない」のである。もっと個人の興味や好奇心を刺激する教育をするべきである