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脳死という問題について
アジサイの広場
小原おき高3
「脳死という問題について」
 
 小原 正之
 
 昨年、「脳死は死である」という法律が制定された。にもかかわらず、この脳
死という問題には様々な重大な問題が残されており、この法に反対するという
意見も少なくない。私は、この事に関して法律で規定して、統一すべきである
と思う。では、どうして「脳死は死である」と決定されたのだろうか。
 
 それは、第一にこの事を法律で規定しないと、医者がどう対処すればよいか
迷いが生じてしまうからである。医者は、この事で人が脳死の状態にあっても
脳以外は正常な状態であるので「死」とみなすことはできないと思う一方で、脳
死状態にある人の臓器を、先天的に心臓が正常でない人に移植したいと思って
いるであろう。きちんと法律で規定していれば、この法律がない時に起きた医
者がよく考慮したうえでの判断で間違っているのではないかと裁判で訴えられ
るようなこともなくなるであろう。
 
 そして、第二にあげられるのは、「脳死を死である」と決めることによって、
家族の同意があるまたは、本人がそういう脳死状態に陥った時に臓器を提供し
てもよいという同意書を提出していれば臓器移植が可能になることである。脳
死状態になった人は、身体的に正常であって脳が死んでいるがために話すこと
も何もできないし、現時点での医学では脳死から正常な状態へ回復することは
可能性として極めて低い。だから、臓器のことで悩んでいる人のために役立ち
たいと思う脳死状態にある家族や本人の意見に同じて臓器移植できるようにし
たいと思う。
 
 確かに、「脳死は死である」と法で規定しても、とても大切な人が脳死に陥っ
た場合に最後まで生き返るという望みを持ちたいし、また可能性がほとんどな
いに等しいにしても現在の急進的な医学の発展を期待していれば、脳死状態で
生きている間に、脳死から正常な状態に戻れる可能性がないわけではないので
ある。しかし、すでに述べたように、「脳死は死である」と規定することによる
良い面も認めたいので、脳死は死であるという意見に同意したいと思う。