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知る権利を行使しよう
アジサイの広場
風間こと大2
 日本における言論の自由は世界に例を見ないほど保障されいる。この言論の
自由を謳歌している日本の言語機関、中でも新聞、マスコミは近年、様々に問
題視されている。その例として、これだけの数の新聞、雑誌があるというのに
、それらの取り上げているテーマがほとんど同じであることやニュース報道の
あいまいさ、などが挙げられる。このような問題点の根底には日本のマスコミ
を左右している商業主義、売れ筋なら何でもやる競争原理が根深く存在してい
るようだ。本来のマスコミの存在意義は『世の中の真の事実を客観的に私たち
に伝えること』と、そして社会における『何が正しいのかを明確にすること』
にある。情報社会の中心であるマスコミに対して私たちはどのような態度で接
するべきか。
 
 私はこの文章を書いていて小学生の頃の自分を思い出してしまった。当時、
私は新聞係で毎月二回くらいのペースで学級新聞を作成していた。私たち新聞
係は今から思うと『クラスみんなの新聞』というよりは『先生に誉められる新
聞』を作っていた気がする。多分、子供ながらに良い新聞を作って先生に良い
印象を与えて良い成績を貰おう、という考えだったのだろう。小学生で、この
有り様なのだから大人の社会、とりわけマスコミは、なおさら、とも思えるが
良い成績をつけるのは大企業でなはく、私たちであることを再認識して欲しい
 
 「狼がやってくるぞ」といつも嘘をつく少年がいてみんなを困らせていたが
、ある時、本当に狼がやってきて、その少年は必死に「狼がきたぞ」と叫んだ
が誰にも信じてもらえず少年は狼に襲われてしまう、、これは『ピーターと狼
』の話である。私たちの身の回りには良いのも悪いのも様々な情報が氾濫して
いる。マスコミは情報を発信するものであり、私たちは、そん情報をキャッチ
する『受け手』である。『受け手』である私たちは、情報を単純に受け入れる
のではなく、情報を吟味し、真の良い情報だけを得る努力が必要である。
 
 少々、古い話になるが川島紀子さんのお父さんが「うちにはテレビがない」
といったのを強く覚えている。現代における最大の情報の発信源であるテレビ
を拒絶することは、余計な情報を受け入れないですみ、かえって物事の本質が
つかめるかもしれない。私たちには『知る権利』がある。私は知る権利は、ど
んな情報でも知ることができる権利、というものではなく、真に良い情報を自
分の力で見極める権利だと思う。私たちが、この『知る権利』をもっと行使す
れば付け焼き刃のマスコミは姿をけすことになるだろう。狼はすぐそこまで迫
っているのである。