先頭ページ 前ページ 次ページ 最終ページ
我が国の教育制度
アジサイの広場
JIROあすな中3
 この3年間私の人生は勉強のみだったのかと思うほど勉強をしていたわけで
はないが、基本的にはそうだったといえる。小学生の頃は塾に行って、中学生
になったら朝起きて、着替えて学校に行って部活して帰ってきてあと何かして
寝る。そんな生活でテストになったら死にもの狂いで勉強……していたわけで
もないが、まあ大体そんな風に過ごしてきた。しかし特に不満も無く今まで過
ごしてこられたということは、それなりに生き抜きもしていたのだと思う。こ
れは「勉強と遊びとの両立」といえるのだろうか。勉強しなければ学校に行っ
ている意味が無いし、遊ばなければ子供でいる意味が無い。しかし学生の本分
は勉強であって……、と思考は堂々巡りを繰り返す。両立は難しいのかもしれ
ない。けれど両立して生活することほど生きがいを感じることはないだろう。
けれど私は生きがいを感じていない、いったいどういうことなのか。
 
 学校でのとある授業である教師が「50分勉強をしたら10分休みを取る」
とかほざいていたくせに学校は「50分勉強して、5分休む」というローテー
ションがくまれている。いったい我が国の教育制度はどうなっているのか。十
分に休みをとらせないくせに勉強勉強と追い立てているのに
 
 「よく遊び、よく学べ」などとよく言ったものだ。
 
 「桃太郎」というお話で、桃太郎は英雄だが、実は桃太郎は仲間になって欲
しい人に「きび団子」をあげるしか能が無かったという恐るべき事実が隠され
ていたのだ。それはお爺さんやお婆さんがあまりにも過保護すぎて桃太郎を社
会に出さずに可愛がっていたから力しか能の無い人間になってしまったのであ
る。このようにどちらか一方に片寄ってはいけなくて、どちらにも対応できる
柔軟な「からだ」を持たなくてはならないのだ。
 
 「夢があるから行動するのではなく、行動するから夢が生まれる」という言
葉があるように、勉強とか遊びとかどちらが大切かということではなくて、ま
ず行動して自分の目標を決めてからあと何をしたら良いのか考えていけば良い
と思う。