ひとこと(5月3週)
『ああすれば』を読んで
イチゴの広場
ペー吉うき中2
 
 本当の未来とは、何が怒るかが分からない時間である。だが、子供が育ちは
じめると、親は子供の進路を考え出す。漠然たる未来はうしなわれ、拘束され
ていく。しかし、意識はくるべき不幸を無視しようとする。それを行なうため
に、自然は徹底的に排除される。人の生老病死は、不自然になる。日常の世界
ではそれは「見えない」ことになる。子供たちは、そうして唯一の財産である「
定まらない未来」を奪われていく。
 
 私は、未来を一つに固定するのはどうかと思う。高度に管理された社会では
、管理がいきとどくあまりに、行くべき方向が定まってしまう。それではいけ
ないと思うのだ。何故なら、子供たちは管理され、一本道を歩かせつづけられ
た結果、人生が一定の方向性を持つと誤解する。しかし、人生とは試行錯誤・
行き当たりばったりの連続であるはずだ。それを理解できないまま大人になっ
ては、人生の予測不可能な動きに疲労してしまうのではないかと思うのだ。
 
 小学校から中学校、そこから高校、大学などのしっかりしたラインがあれば
、就職も楽だし会社でもうまくやっていけるはずだ、という意見もあるだろう
。しかし、最近話題になっているのが所謂「燃え付き症候群」である。いい中
学に入り、いい高校に入り、いい大学にはいり、いい会社にはいる。そして会
社を定年になったとき、どうすればいいかが分からなくなってしまうという現
象だ。未来を一本道としてしか知らない人間の、典型的な結末であろう。
 
 現在は未来のための準備時間ではないと思う。未来は未来としてしかそこに
存在しない。未来のために現在を犠牲にするのではなく、今を生きることが大
切なのだ。「人が旅行するのは、到着するためでなく、旅行するためである」
という言葉もある。人が生きるのは、未来のためではなく、現在の瞬間を生き
ていくためだと、私は思う。