ひとこと(4月4週)
アジサイの広場
さやかあおべ中3
 
 子供の世界は「不思議」に満ちている。自分の「不思議」に対して、大人に
答えを聞いたり、自分なりに考えたりして、子供は自分の知識を蓄え、人生観
を築いていく。時には自分の「不思議」に対して自分なりの説明を考え付くと
きもある。そしてその説明は物語になっている。物語はかつて存在全体にかか
わるものとして、その存在を深め、豊かにする役割を持つものであった。しか
し、現在の世界は「不思議」の説明に対して普遍的な、物理学のはなしを生み
出してくる。この物理学の話によって自分の心の中のことや、自分と世界との
関わりが無視されている。私は教科書の丸暗記だけをする人間ではなく、もっ
と経験を大切にする人間になりたい。
 
 人間は頭で理解するよりも心から納得できるほうがいいと思う。もちろん知
識というのは人間に大切であると思うけれど、教科書通りではなく私たちは経
験などという心から納得することが大切だと思う。たとえば不思議に思うとい
うことは私達の心に残るものである。例えば、「どうしてお月さんはいつまで
もおいかけてくるんだろうか?」などという疑問があるとする。人に聞いたり
自分なりに考えてみた結果、答えが出ればその時に得た答えは一生心に残るも
のとなるだろう。
 
 また、科学技術が発展している今、何でも科学で解決してしまうかもしれな
いけれど、人間の心の中というのは、科学技術では解決しないというのも確か
である。「どうしてお月さんはいつまでも追いかけてくるんだろうか?」とい
う質問に対し、科学的説明をすることは出来るが、果たしてその科学的説明は
人間の心に残るだろうか?もしかしたら、残るかもしれないが、もっと夢のあ
る話のほうが、良いのかもしれない。
 
 確かに、知識を得ることは人間にとって、大切である。けれど、「自分の心
のうちに持っていないものは何一つ自分の財産ではない。」と言う言葉がある
ように、なにかを経験したり、心から納得するほうが良いと思う。