ひとこと(4月4週)
疑問を持つことの大切さ。
アジサイの広場
まゆみひう
 
 私は、現在、短大生である。このことは、日本の今の十九歳では、よくある
進路である。みんな、高校へ行き、何も考えずに、大学に進むことがいいとさ
れている。だから、今の学生は、たるんでいるように写るのだ。なぜ、どうし
て、という疑問をもたずに何事も、通りやすい道を選んでしまうのだ。これで
は、これからも、日本が現在かかえている問題は、解決できずに悪化する一方
だろう。
 
 よく、私の家に、叔母の英会話の先生が泊りに来る。彼は、ニュージーラン
ドから日本の歴史に興味を勉強しに来ている。彼は、とても親切でいい人だが
、しつこいくらい「なんで」という言葉をつかう。私が、高校生のころは、ル
ーズソックスをはいていたら、なぜ、ずらすのかと、質問してきた。私は、靴
下をずらすことに、その時までなんの疑問も感じず、みんなと同じようにして
いた。確かに、靴下は、校則で決められていないで、自由なのに、みんな同じ
であることは、個性がない話である。日本人は、だから他の国から、みんな同
じに見えると言われるのだ。
 
 我々は、何の疑問をもたずに、みんなが歩いている大通りを歩いてしまうの
だ。誰も歩いたことのない道に、興味を持ち歩いてみて、新しいものを発見す
るということをする者が少ないのだ。エジソンや、ニュートンは、小さなこと
に疑問をもち、すばらしい道をみんなに教えてくれた。新しい道はこそ、文化
や歴史をつくりあげることにつながるのだ。
 
 確かに、何でも素直に受け入れられることのできる協調性も社会の中で生き
ていくためには重要なことである。しかし、今の日本の社会には、自分なりの
疑問をもち、解決するという、小さな疑問から、自分自身を見失わないという
ことが大切ではないか。私も自分なりの疑問をもち納得した道を歩きたい。