ひとこと(4月4週)
認識と知識
イチゴの広場
ペー吉うき中2
 
 子供の世界は不思議に満ちている。その不思議に答えを返すとき、その現象
を説明するための話は、なるべく人の内的世界を関わらせないほうが正確にな
る。しかし、近代人は物語を放棄し、自然科学で世界を見すぎた。科学的説明
とは間違っているかもしれないが、「世界」とのかかわりを示す物語の方が、「
納得できる」答えを得られるのである。
 
 私は、知識で物事を伝えるよりも、認識、実感で伝えた方がいいと思う。正
確な答えにはなりにくいが、知識と比べて心から納得しやすいからである。し
ばらく前に読んだ本に、理科の実験で、教科書の実験内容が書かれているぺー
ジだけを読んで「では、これで実験を終了します」といった女性教師がいたそう
だ。これは、「知識」を伝えるという点では非常に能率がいいが、理解しにくい
。実際に実験を行い、試行錯誤を繰り返し、失敗をしながら得た知識のほうが
、自分の本当の知識として心に残ると思う。そこから、新たな出発を行うこと
も可能なのだ。
 
 だが、知識を正確に伝えるということも大切だ。認識だけで情報を伝えては
、正しい知識として頭に入っていかない危険性がある。学習で知識を正しい知
識を伝えず、間違ったことを心にとどめてしまっては、元も子もない。やはり
理科の実験の話になるが、私は、理科の実験の結果が正しく得られなかったた
めに、熱と水の関係を間違って理解してしまい、テストの点数はさんざんだっ
た(…半分言い訳が混じってるかもしれない)。一度間違った認識を行うと、矯
正が非常に難しい。これは、私のテストの点数を見ればわかる(…あんまり見
せたくはないが)。
 
 つまり、知識と認識は、どちらかを排斥してどちらかが正しいというわけで
はないのである。大切なのは、どちらが大切か、ではなく、どちらをメインに
情報を伝えるのが理解しやすいかであると、私は思う。「自分の心の中にもっ
ていないものは、何一つ自分の財産ではない」という言葉がある。自分の心の中
に、より大きい「財産」を持てる方法を捜すのが、最も良いのではないかと私は
思う。