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豊か?
アジサイの広場
さやかあおべ中3
 アジアやアフリカなどいわゆる第三世界に行けば、日本の今の生活がどれほ
ど反自然的なものであるかがわかる。アジアやアフリカなどにいって何より思
い知らされたのは、人間は生きて行く上でなんとわずかなもので足りるかとい
うことである。文明の利器なしに自分の身を自然の中に置いたほうがどれほど
今自分が生きていることかがわかる。日本人の中でシンプル・ライフを実践し
た人の一人に良寛がいる。彼は恐ろしいほどの無一物の生活を送ったが、彼の
詩や歌をみれば彼が毎日の生活のなかでどれだけ充実していたかがわかる。私
たちは今彼のような生活はできないが心は彼のようにすることができるのでは
ないか。確かに私たちの日常生活の中で無駄な物はたくさんあると思う。例え
ば食器洗い機などは手でやれば良いものをいちいち機械にしているのだから、
無駄である。
 
 わたしは外国にいったことはないし、もしいったとしてもいく場所はいわゆ
る先進国といわれる国(イギリス、フランス、アメリカなど)の観光名所ぐら
いだろう。しかし、本や写真を見たりするだけでもアフリカなどの生活はかな
り私たちと違うなあ(貧しいなあ)と思い日本はとても豊かだなあとつくづく
思う。例えば私たちがよく利用するコンビニ。お弁当を買おうと思っていった
ときにお目当てのお弁当がなかったら「なんでないのーーー?」と思うだろう
。しかし私たちがわがままであるために明け方のコンビニの前のゴミ場にはた
くさんの賞味期限切れのお弁当が捨ててあるのだ。しかもそのお弁当はまだ十
分に食べられるものなのだ。なんともったいないことか。私たちはもので満た
されているかわりに、わがままで自分勝手な心がまずしい人になってしまって
いるのだ。
 
 童話に「青い鳥」という話がある。幸せの青い鳥を探しにいったが実はその
青い鳥は身近な所にあったという話である。この話のように私たちは科学に頼
って一生懸命に研究してものを豊かにするよりも、身近にあるちょっとした自
然などでこころが豊かになれるのである。
 
 日常生活で無駄な物はたくさんある。私たちは自分自身一人一人が生み出し
ている無駄な物を極力減らそうと努力するべきである。「自分の心のうちに持
っていないものは何一つ自分の財産ではないあ。」という言葉があるように、
機械がかんがえたものに頼ってばかりいないで、自分が毎日生きていると感じ
られる生活をできれば良い。