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父が父で
アジサイの広場
蒲原らつ中2
 近頃家族を統合し、理念を掲げ、文化を伝え、社会のルールを教えるという
父の役割が消えかかっている。その結果善悪の感覚のない人間が成長し、全体
的視点のない利己的な人間や無気力の人間が増えている。そして、現代社会の
せいで立派な父が育ちにくくなっている。『立派』などというものが流行らな
い世の中なのだ。『立派な』人格は尊敬の対象になりにくく、だらしのないく
らいの父親のほうが親しまれやすい。父でなくなった父の典型が「友達のよう
な父親」である。彼らは上下の関係を意識的に捨ててしまい、価値観を押し付
ける事は絶対しない。実は彼らは父でない。
 
 私の父は、恐ろしいほど恐い。私はそんな父が大嫌いだ。今、私の父は単身
赴任で家にいないので家は居心地がいいが、父が家に帰ってくると家出したく
なります。だから私は将来このような父親にはなりたくありません。でもこの
話を読んで「立派」と言う父親のほうが社会的にも良いという事が分かった。
 
 「立派」というものは社会的にも子どもにも良いというものなので、私はこ
れからこの言葉を頭に入れて自分を立派にしていきたいと思う。